翼への思いと、翼の思い
屋上の扉を開けると分厚い雲がどんよりと広がっていた。
中に入り遠くを見ながらここから落ちたら楽になれるのだろうかと考え思っていると、体に水滴がかかり下を向くとコンクリートにぽつりぽつりと雨粒が落ちてゆっくりと地面に広がり、数人いた人達が慌ててこっちに向かって来て階段を降りて行った。
誰も居なくなった景色を見渡し1度大きなため息を付き、死を決意して車椅子を真っ直ぐに進ませた。
2か月が過ぎた頃、やせ細ってしまった翼の姿に耐えかねて城が車を走らせ周参見に向かい、水中ポストの中に1通の封書を入れ、3日後にそれは翼に届いた。
翼へ
この手紙は、もしもの事があって翼が落ち込み苦しんでいて立ち直れそうになかったら出してくれと城に頼んでいた手紙です。
周参見に行った時に字が汚いのと筆不精を言い訳にはがきを書かなかったけど、今回は頑張って書きました。
君の事を愛していました。
世界で1番誰よりも愛していました。だから幸せになってほしい。
自分自身の弱さのせいで君を傷つけ苦しめて、ごめん。
左手足が動かなくなり、出血率も前よりも高くなると言われ絶望を感じ生きる気力を無くしてしまいました。ごめん、君を傷つけ苦しめて。
はじめて君を見たのは小学校に入ったばかりの時だった。何故だか赤いイチゴの様に可愛く感じ思い好きになっていて、よくちょっかいを出した。嫌がっていたよね、でも好きだったから構ってほしくてした事だから許してね。
頭痛があって保健室に連れて行って貰う度に、優しい言葉と励ましの言葉を掛けてくれて心が休まり、好きと言う気持ちがどんどん大きくなりました。
告白が出来ずに過ごしていましたが、中学を卒業する時に高校には行かず就職をすると言う事もあって気持ちだけは伝えようと思い、思い切って告白をしました。独り善がりな告白なってごめん。
城からダイビングの誘いがあり君が来る事を聞かされてドキドキが止まらなく、彼氏はいないのかな、などと色々考えました。
ダイビングに一緒に行くようになって、彼氏もいてない事が分かって1人で浮ついた気持ちになり、付き合う事が出来た時には宙に浮くような気持ちで、世界で1番の幸せ物だと思いました。
和歌山の沈潜や水中ポスト、テーブルサンゴのある海や沖縄にも一緒に行きました。
結婚式とハネムーンをかねてモルディブにも行きました。籍を入れられなくてごめん。
いっぱい楽しい思い出をありがとう。
苦しい時にそばにいてくれてありがとう。
辛い時に寄り添ってくれてありがとう。
悲しい時に一緒に泣いてくれてありがとう。
青春をありがとう。
やすらぎをありがとう。
愛してくれてありがとう。
愛させてくれてありがとう。
「私が守り支える」と言ってくれてありがとう。
いつも笑顔で励ましてくれてありがとう。そしてそんな君を傷つけ苦しめて、ごめん。
最後に君を心から愛していました。だからこそ幸せになってほしい。
子供の頃、保健室で寝ていた僕に優しい言葉と励ましの言葉を掛けてくれて本当に心が安らぎ助けられました。
大人になって出会い、「僕の事がきっかけで看護師になり多くの病気やケガで苦しんでいる人の為になりたい」と聞いて、素晴らしい人になっていると思い誇らしく思えました。
僕は弱さに負け君を幸せにする事は出来なかったけど、君の幸せを誰よりも望み祈っています。どうか前を向いて未来に進み新しい道を歩み、誰よりも幸せになって下さい。
・・・・・・
50年後
翼は末期の食道癌に侵され病院を一時退院して、家の寝室の電動ベッドに横になり一人でテレビを見ていた。
画面の上に(緊急速報)と文字と、ピピピと音が流れて(ノーベル賞受賞、夏月太陽さん50歳がノーベル医学賞を受賞しました。)と、流れた。
翌日の夕方17時にテレビを付けると、夏月太陽のインタビューが始まった。
「ノーベル医学賞おめでとうございます。病気や怪我をしている多くの人々の為になる新しい細胞を発見してノーベル医学賞受賞、本当におめでとうございます」
「ありがとうございます」
「色々と聞きたい事はあるのですが、このノーベル医学賞を受賞した事を1番に誰にご報告したのかと、TAIYOUと名付けた事に付いてお話しを、頂けないでしょうか」
「TAIYOUとは私の名前で、母から
『太陽の様に全ての物に温かく朗らかで強い大きな心を持ち、多くの人を温かく照らし包み込める様な人になってほしい』と付けられた名前なので、この細胞が1人でも多くの人の為になるようにと、母から付けて貰った名前と同じ意味と気持ちを込めてTAIYOUと言う名前を付けました。
ノーベル医学賞を受賞した事を1番に報告したのは母です。
幼い頃から『病気や怪我で苦しんでいる人の為になれ』といつも言われて、私が生まれる前に難病で亡くなった父の事を話し、愛情を持って1人で育ててくれノーベル賞と言う偉業を成し遂げる道に歩ませてくれた母です」と、話していた。
そのインタビューをテレビで見ていた翼は、大粒の涙を零し
「松、偉業を成し遂げてくれたよ。私達の息子が」と呟き、ゆっくりと目を閉じ永遠に起きる事のない安らかな眠りについた。




