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愛した君への最初で最後の手紙  作者: 幸(ゆき)
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信念を持って病気と闘医者う医者  

 週に1度のやなだクリニックのリハビリと2か月に1度の星野脳神経の通院が始まった。

 

 久しぶりにやなだクリニックに行くと、山本さんに「やなだ先生が本を出していて、受付で売っているから読んでみたら」と勧められて読んだ。

 

 その本には高次脳機能障害の事を詳しく書いていて、やなだ先生の事も書いていた。

 息子さんが大学院生の時に交通事故によって重度の高次脳機能障害となり今も苦しんでいる事、奥さんまでもが癌になった事も書いていた。


 障害がある本人だけではなく、障害がある人が家族に居ていると言う事での家族の苦しみ、悲しみ、辛さが読み取れる様な事も書いていて、その本を読み終わると、やなだ先生が自分の人生と命を懸けて病院を経営しているように思えた。


 診察中に本を読んだ事を話すと「星野先生も本を出しているよ、本名ではなく、東肇一と言う名前で出しているけど」と教えて貰い、


 その本を読むと、その本からは星野先生がなぜ医者になったのか、医者としてどう患者と向き合い病気に立ち向かい治療をして行くべきなのかと言う真剣な思いと生き様を感じ、やなだ先生と同じく人生と命を懸け医者をしている様に思え、本当にこんな医者達がいているのだと思った。

 

            ・・・・・ 


 1年が過ぎた頃、


 斎藤さんは体調が悪くなり余り、なやだクリニックにあまり来られなくなっていた。

 

 裁判の方は進んでいたようだが、


「病気の事を相手の弁護士に『脳の病気が原因で今も働いていないし、当時も5日しか働いていないので休業補償は払えない。

 事故での通院代は払っているが、今回の事故が原因での痛みかではないと思われるので、慰謝料も払えない』と言われて、物凄く腹が立ったが病状も悪化していて体調も悪くなってきていたので判決を待たずに和解をした。

  ただ村西弁護士が毎回の裁判日の後、事細かく説明をしてくれて、意見を聞きながら助言をしてくれ、一緒に裁判を進めて行ってくれたので、裁判の結果は悪かったが良い弁護士と出会いう事が出来て大満足だった」と、話してくれた。



 癌で医療訴訟をしていた山本さんはその2か月後に亡くなり、医療裁判は子供たちが引き継いでいて、まだ続いていた。


 それから3か月が立った頃に両親が残してくれたお金で、10坪少しの3階建ての小さな店舗付き住居を翼の名義で買い、今まで住んでいた両親が残してくれていた家の名義を妹の名義にした。


 1階が店で17時から22時までの営業時間、客席は8人、カウンターだけで、予約のみのお店を創めた。




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