4
彼は殴っても斬っても傷一つつかないことから、兵の訓練に参加させられていた。
彼は素手、こちら兵は武器を持って、実践さながらの戦闘を行う。
普通であれば斬り捨てられ再起不能となるところ、倒れるわけもなく平然と全力の拳が飛んでくる。
回避が甘く、何本の剣が彼の拳によってへし折られたか。
彼に剣が当たった際に出る音、振りが甘いと音はそれほど出ず、会心の一撃となると音は大きく訓練場にこだまする。
音の変化に気が付いた後は、次第に斬っても油断することなく、確実に仕留める一撃をどのような体勢や状況においても振り下ろせるように兵たちが成長していった。
熊とスライムとは距離が縮まらず、彼以外触ろうとすると威嚇し攻撃体勢になる。
彼らの日課としているのは近くに流れる川で魚を取ることだった。
最初、城から出ようとして門兵といざこざになり、門を叩き壊されてしまったことがあった。
もう戻ってこないかと思ったら魚を大量に抱えて戻ってきて、そのまま厨房に魚を持って行き、焼き魚を作らせて一人と四匹で魚を食べる。
それからというもの、彼が外に出るため門にやってくると何も聞かずに城門を開けて出入りを自由にさせている。
彼が城に来てしばらく経って、私もずっと城内にいることが退屈になってきたおり、彼に言葉を教えて暇を潰そうと思いつき、訓練の時間以外は城内を自由にしている彼を捕まえて私の部屋に侍女を伴って招き入れた。
熊とスライムが部屋に入るなりずっと私に威嚇をしていたが、殺気は何故だか出さないでいた。
小さな子供に教えるくらいの簡単な言葉、例えば私は女、彼は男、部屋、ベッド、数字、などを教えていく。
彼の物覚えはあまり良くないようで、見た目もそう、あまり若くないから覚えられないのかもしれない。
-
そんなことをして数ヶ月が過ぎた。
その間も他国からの攻撃が激化し、より巧妙により狡猾に、私たちのいる国を侵食していった。
ある日お父様から私にお話があると呼ばれ、応接間に向かうと、お父様お母様が先にお座りになられていた。
お母様の俯いた顔がとても印象的だった。
「リリアナ、呼び立ててすまないな。どうしてもやってほしいことがあるのだ。最近の我が国の情勢は、わかっていると思うが芳しくない。そろそろ潮時かと思う。降伏の条件として、彼の国が突きつけてきたものは、リリアナ、お前を国に差し出すことだ。我が国の兵も民も続く戦闘に疲れ切ってしまっている。
いくら我々の兵力は上がったとしても、数の暴力には太刀打ちできん。すまない、リリアナ。どうかこの国の民を守ってくれ。頼む。」
お父様が全てを話し終わり、お母様が泣き出す。
上の空で話が頭に入っていかず、入っても落ち着かない。
人質、なんでぴったりな言葉だろう。
断ることもできない。
もうすでにこれは決められたこと。
「わかりました。引き渡しはいつですか?」
自分自身をモノのように扱うなんて、滑稽。
「・・・向こうに使者を出して迎えにこさせることになっておる。それまでここにおってくれ。」
「わかりました。話は以上てしょうか?」
「ああ、すまん。」
部屋を出た後、あまりにも他人行儀な私に自己嫌悪をした。
嫌、本当はここにいたい。
侍女とも離れたくない。
言葉も文字もまだ全然上達していないのに。
熊やスライムと仲良くなれたと言うのに。
部屋に戻ってベッドに突っ伏し、ジタバタと暴れて泣いてしまった。
この部屋の同居人のことなど忘れていた。
熊とスライムが私に近づき、熊は頭を押し当ててくる。
私の悲しみを共に悼むように、でも熊やスライムには、自分たちではどうすることもできない、と言うように、優しく私に寄り添った。
ガチャリとドアの開く音がする。
「シュン、ですか?」
ここ数ヶ月での成果、私は彼から名前をやっとの思いで聞き出していた。
ここにきたあの服はもう着ておらず、この城の使用人たちと同じ服を着せている。
まさかパンツを履いていなかったのには驚いたけれど。
「シュン、あなたに言葉や文字を教えることがもうできなくなってしまいました。」
私はシュンに話をした。
彼に言っても状況は何も変わらないのは知っている、ただ話を聞いて欲しかった。
話せば話すほど涙が溢れ出てくる。
いつの間にか彼に抱きつき、彼を両手で叩き、やりきれない悲しい気持ちと自分が売られたやるせない怒りの気持ちをぶつけてしまった。
でも彼は、何も言わずに、ただ私のしたいようにさせている。
話ができないのだもの、当然ね。
今話したことでさえ、シュンに伝わっていないかもしれない。
シュンが頭を撫でる。
泣いている女を宥めるために、よくわからないけどとりあえず頭を撫でて落ち着かせてやろう、とか思っているのかしら?!
余計なお世話よ!!
私はシュンの手を払ってしまった。
それでも彼は、私にあの眠そうな目で優しく微笑みかけてくれた。
彼の胸を借り、泣いてしまった。
そしてら泣き疲れて、寝てしまった。
熊とスライムはいる、でも彼はいない。
いっそ、襲ってくれたら良いのに。
私の初めてを貰ってくれれば、売られる先の国に対して少しの抵抗にでもなっただろうに。
-
この国を出て行く日となった。
お父様の話があってから3週間ほどで、彼の国からの馬車が城内に到着した。
「ほほう、これはこれはおひさしぶりですねぇ、王女様。」
馬車から出てきたのは、シュンと出会った日、私たちに襲いかかった野盗の頭だった。
何も言わず、何も持たず、ただ煌びやかな衣装を着せられ野盗の頭に手を引かれて馬車に乗り込む。
「良い決断だな。それじゃあ娘さんはもらって行く。」
シュンはどこにいるのかしら。
熊は。
スライムは。
熊にもスライムにも、名前つけてあげたかった。
シュンは、お父様の近くにいるのね。
そんなところにいては首を刎ねられてしまうわよ。
「王。」
「うん、誰か呼んだか?」
「王、あれ、リリアナ?」
「・・・貴様か。リリアナのおかげで話せるようになったか。だが今ただ、忌々しいだけだ。」
「王、あれ、敵、国、ですか?」
「貴様、何を言っている!!」
「馬車、中、敵、国、ですか。」
「・・・ああ、馬車の中はもう彼の国と言っても過言ではない。だが、それがなんだと。」
「わかった。ました。」
馬車が走り始めた。
窓から外を見ると、城門が一番上まで上がっているのが見える。
ここを出れば、私はもうこの国の王女ではない。
ただの他国の人、人質。
城門を過ぎようとした時、馬車の上に音がした。
何?
と思った瞬間、馬車の天井から轟音と共に粉塵が舞う。
馬車を引く馬が驚いたのか嘶いて急に止まった。
私は背もたれに押し付けられるように体が浮く。
粉塵が収まると天井に大穴が空いているのがわかった。
何?
「リリアナ、行く。ます。」
私の手を優しく取ると、そのまま抱きかかえられた。
ゴツゴツした手と腕、白い頭に眠そうな目。
私のことを抱いたまま、馬車のドアを蹴破って外に出る。
「リリアナ、攫う!お前、悪い!王!リリアナ!死の大深林、連れる。ます!」
「待てこら!おい!」
速い。
人一人抱いているのにこんなにも速く走れるの?
いつの間にか横に熊とスライムがいる。
城門を越え、跳ね橋を渡った先に、誰かいる。
「待ちたまえ。君、何をしているのかわかっているのかい?」
何、あの格好?
とても良い武具に身を包んでいかにも勇者、勇者?!
シュンが立ち止まって、私を下ろした。
シュンが何か言葉を発した。
-
「よう、お前、勇者か?」
はは、驚いてやがる。
まさか日本語をここで聞けるなんて思ってもないだろうからな。
それにしても日本人離れしたイケメンだなあいつ。
ムカつくな。
「どうして、日本語を。いやそれよりも、君は一体何者なんだ?」
「おいおい、見るからにお子ちゃまなお前が年配の俺に敬語を使わない理由はなんだ?勇者様よ。勇者だから偉いのか?この世界で何が起こっているのか、ちゃんとそのオツムに入ってんのか?」
「なんだと?俺は魔王を討伐せんとこの腕を磨いてきた。諸国に蔓延る悪から救いだし、国をまとめてきた!俺のやることに意味はある!世界のためにもなっている!お前こそ、今まで何をしてきたのだ?!」
「俺か?なんもしてねーな。なんせ、死の大深林とやらに言葉も文字もわからん状態で放り出されたからな。温室育ちのお前とは違うんだよ。それになんだ?魔王?悪?俺にはお前がまさにそれに見えるぜ。この国の悪とは、一体なんだ?魔王は一体どこにいる?」
「こちらが手を差し伸べているのに邪険にし断る。国王が我々に従わなければそれはもう悪だ。俺らが善だ。正義だ。善を正義を受けないものは悪だ!」
「その若さで、頭凝り固まって馬鹿じゃねーの?お前どこ中だよ。」
「それを聞いてなんになる!東京区立の○中だ!」
「治安の悪さで有名な東京区の○中といえば、後輩じゃんよ・・・。」
こりゃ何言ってもダメだな。
こんな奴が勇者として選ばれたのかよ。
勇者の周りは美女ばかり。
さてはあてがわれてチヤホヤされてその気になっちゃった系か。
まあリリアナは出会った時から絶世の美女だと思ってはいたが、熊のメスとスライムの多分こいつらメスの気持ちを持ってるやつ。
こちらも美女なら揃ってるんだぜ。
もしかしたらこの俺の防御のスキル、勇者なら突き抜けるんじゃないかな。
まあいい。
女の子を泣かしたまま、何もせずに見て見ぬ振りをしてやり過ごすのは俺の美学に反するからな。
どんなに気持ち悪がられても、泣いてる子には手を差し伸べる。
手を差し伸べてさらに泣かれて警察呼ばれてもへこたれない!
声をかけたくらいなら厳しく尋問されるくらいで結局釈放されるからな!
そのイケメン面、見れば見るほどムカついてきたぜ、特に二重のところがなぁ!
「リリアナは渡さねーよ。一度お前の国の馬車に乗ってお前の国の持ち物になったリリアナを俺が攫う。もうリリアナの母国のことは関係ない。そうだな、お前からしたら俺が悪だ。リリアナを攫ったんだからな。俺を倒せばリリアナは渡してやるよ。それが叶わなければ、というか叶わない時はお前ボコってそこにいる美女に国に帰ってもらうわ。俺に勝てないなら何度来ても一緒だ。金輪際手を引いてもらおう。いいか?」
「ああ、お前が悪ならやりやすい。ここで引導を渡してやる!」
「はは、それ言いたかっただけだろ。引導とかこの世界で通じないからここぞとばかりによぉ。・・・面白くねえから話はこれで終わりな。」
-
「僕が奴を倒す!奴が魔王、そうだ!魔王だ!この国を解放しろ!魔王。」
シュンが魔王?!
だいぶ二人で話し込んでいたけど、魔王だったの・・・?
「リリアナ、守る、ここ、動く。ないで。」
熊とスライムにする合図を私にもした。
素直に従う四匹に私も合わせた。
両者とも歩いて距離を詰める。
先手は、勇者の魔法!
シュンに当たって!
平手打ちで全部弾いたわ。
「なっ?!反則だろうそれ!」
反則?
何を言っているの?
「魔法が効かないのなら、近接攻撃だ!くらえ!」
あの剣、学院で見たことがあるわ。
魔を断つ宝剣。
この世界の技術の推移を結集して作られた最強の剣!
ガイィン!
この音!
この音は・・・。
城の兵がこの音を越えるか越えないかで剣の力量が分かれるとされた音。
つまりシュンには全く攻撃が通っていない。
城の兵よりも、弱い?
「なん、だと?!」
距離を詰めすぎね。
もうシュンの間合いの中。
シュンの右拳が勇者の左脇腹をとらえた!
斜め上に飛ばされた。
剣で対応もできていない。
あれくらいなら、城の新人と同じ。
剣で捌いて折られるくらいからが私の城の普通。
私でも目で追えるのに。
「ぐはぁ?!」
次はもちろん、左の直線の拳!
顔面にそのまま、突き刺せ!
「んぼぉぁ。」
勇者が転がって女たちのところまで戻された。
シュンが上半身裸になる。
あれが何の意味があるのか最近わかった。
皮膚は守られるけど、服は守られない。
服が斬られてしまうともう着れないから、脱いでいるだけ。
でもその服を脱ぐ行為が相手にどれほどの威圧感を与えるか。
あの体、やはり、良い!
女たちも参戦するようね。
「私たちも行きましょうか。」
熊とスライムを見ると、熊は丸くなって寛いでいて、スライムは体表を波打たせて遊んでいる。
この余裕、私も見習わなくては。
ここでシュン一人が勇者たちを圧倒すれば、立場は大きく変わってくる。
お父様もお母様も、この対戦を見ているはず。
数の暴力、そう仰いましたね。
もし彼の国の戦力が勇者より弱いと言うのなら、我が国の防衛はもっと少数精鋭で国土全域を防衛することができるはずです。
「回復を、補助を、僕に。僕に力を!」
勇者に様々な魔法がかけられる。
方やシュンは魔法なし。
この次の一撃で、勝敗が決まる!
シュン!
「魔王!くらええぇぇぇ!」
ガキィィン!
やはり、勇者はシュンを越えられなかった。
何度も何度も、シュンを斬っても傷一つつかない。
左脇腹、溝落ち、右脇、胸、右頬!
シュンの動きに合わせて私も拳を勇者に当てる真似をする。
鼻先を潰して右瞼、よろけたところで右手の直線!
シュンの拳で無残な顔に作り替えられた勇者がまた転がって行く。
今度は起き上がらない。
回復魔法をかけられても、顔がみるみるうちに治っていっても、起き上がらない。
「終わり。」
シュン、シュン!
頭で考えるより先に足が動いていた。
頭で考えていても同じことをしていたと思う。
彼が勝った!
彼の背中に抱きつく。
固くて広い大きな背中。
「リリアナ、帰る。ます。」
「はいっ!」
シュンは、私との勉強をちゃんと理解して覚えていてくれた。
「シュン、私の言葉、わかりますか?」
頷く。
「これからも勉学に励みましょうね。」
微笑んで頷く。
「待て!貴公ら、そこで止まれ!」
何?どうしてのお父様。
急に大きな声を出して、驚いたじゃない。
「なんてことをしてくれたのだ。これでは、これでは我が国の安寧の約束は無くなってしまった。してそこの者、勇者より魔王と称されておったな、それは誠か。」
シュンは、お父様を見て明るい顔をしている。
魔王は。
「陛下、この者が魔王です。私は魔王に生かされている身ですが、魔王に代わりお伝えいたします。この国は魔王が占拠することといたしました!」
「はあ、ついにわたくしどもの国は魔王に占拠されてしまいましたわね。仕方ありません。魔王様も武力というよりは議論にて今後のこの国についてお話しいたしたく、応接の間にて協議いたしましょう。さあ、みなのもの、魔王様を案内して差し上げなさい。」
久々見た両親の満面の笑み。
これから今後のことについて兵長と話し合いをする。
でもそれは多分今までどおりで、何も変わらない。
魔王の庇護下で私たちは幸せに暮らして行く。
-
結局あのあと何度か勇者が訪ねてきたけれど、その度シュン、魔王が相手をして勇者を蹴散らしていた。
私はまだ、シュンに自分の気持ちを伝えていない。
いつも眠そうにしていて、私が夜待っていたとしても私より先に寝てしまいそう。
だから今度は私から夜に、魔王に会いにいく。
-
夜会いに行ったあと、熊とスライムが死の大深林で人化して、さらに国の戦力を底上げしたのと、シュンの取り合いになってみんなでシュンを日割りで独り占めすることになったのは、また別の話。
-
おわり