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「ようやく追い詰めたぞ!ははこれでお前らも終わりだ!」


「我々は貴様らなんぞに屈しない!!なんとしてでも王女殿下をお守りするぞ!」


私の乗る場所の外で声がする。


「リリアナ様、身を低く、屈んでください。」


侍女が私の体にかぶさりながら小さくつぶやく。

勇者を召喚し、その有能なる者の陰で召喚した国が勇者の威を振りかざして領土を広げていっている。

勇者のせいで世界の均衡が崩れて私たちの国は陸続きの国としては最後の国、最後まで抵抗を続けている。

半島となっており切り立った崖に囲まれた私の国は、地形のおかげで一方向からの攻撃から身を守るだけで済んでいる。

私は勉学に長けた隣国において学院に就学して寄宿舎にて余暇を過ごしていたところ、この隣国が早々に陥落してしまい、隣国から逃げ帰っているところに襲われて囲まれてしまった。

窓に近づくことができず馬車の中、ちょうと真ん中に座って震えている。

情けない、怖い、もはやここまで、消極的な想いが私の中を錯綜している。


「おい貴様!何者だ!どこの者だ?!」


誰か来たの?

我が国の兵?

民?


「貴様、何者だ!そちらの増援か?!一人か?お粗末な増援だな!」


兵長の声。

誰がいるの?

誰か私に教えてちょうだい。


「ふん、増援など要らんだろう。貴様らはもうこちらの手に落ちたも同然!さあ、貴様ら全員殺して馬車にいる姫も殺せば我々の仕事は終わりだからなあ!」


「何を寝ぼけたことを!我々を舐めるな!」


「邪魔だぞぉ?お前ぇ。そっちの増援でもないなら、まずはこいつから始末してしまえ!」


善良な民、かどうかはわからないけど、民を手にかけるというの?

外で剣が何かを斬る音がする。

民が、斬られたの?


「小癪な!!かかれ!」


これは我が国の兵長の声。


「はっはっはっ、これはこれは、戦力がみるみる減っていくな。おい、今はこいつを見学しようじゃないか。」


何が起きているのかわからない。

剣できる音じゃない、なにか硬いもので人を殴りつける音がする。


「ちっ、不死身か?!」


「弱いなあ、脆いなあ!残り一人となったなあ!そろそろこちらも攻撃させてもらうぞ。死ねぇ!」


銃、何発もの音がこだまする。


「な、なぜ効かん?!撃てっ、撃てぇぇ!」


効かない?

効かないとは。


「き、貴様、なに、も。」


銃声が止んで鈍い音が一つ。


「き、貴様はなんだ?!一体何者だ!」


兵長が最後に残ったのかしら。

貴様、先程の民が何かしたということ。

恐る恐る、馬車から外を、兵長の声がする方の窓に顔を近づけた。


「リリアナ様、いけません!」


侍女の声を無視して窓から外を見る。

窓の外には、地面に倒れ込んでいる自軍と野盗の入り混じった光景。

兵長は、いたわ。

一人の白髪の男に剣を向けている。

敵意?

何かしら、不思議な感じがする。


「兵長!お待ちなさい!」


「で、殿下。危険です!中に!」


しばらく兵長と男の睨み合い、いえ、睨んでいるのは兵長だけ。

男の方はただ兵長を見ているだけだわ。


「兵長、剣を下ろしなさい。そしてここで何が起こったか説明してちょうだい。」


兵長も私と同じ考えなのか、攻撃を加えなければ襲いかかって来ない男を不思議そうに、警戒しつつ剣を納めながら見ている。


「正直、わかりません。この男が現れて、まず我々がこの男を敵勢力と認め斬りかかりました。ですが、斬っても射っても突いても、この男に傷一つつけることができませんでした。そして敵襲が始まり、結果はご覧のとおりです。」


本人に話を聞くのが一番ね。

それにしても不思議な身なりをしているわ。


「もし?あなたはどちらの国のお方ですか?」


男は腕組みをして首を傾げている。

一向に答える気配がない。


「おい無礼だぞ!さっさと答えんか!」


兵長が男を捲し立てても、男は長く伸びた髭に手を当てているだけ。

反応がない。


「この身なりの国を私は存じ上げません。そして顔の作りも、私たちの作りとは異なるもの。どこか眠そうな顔をしています。」


侍女の言うとおり、この服と顔は見たことがない。


「確かに間抜けづらですね。」


「おやめなさい、兵長!もしかしたら、異国の者で言葉がわからないのかもしれません。こういう時どうすれば・・・。」


どうすることが最適なのかしら。

話が通じないとなると、まずは敵意のないことを伝えなければ。

手を、取ってみようかしら。


「あ、リリアナ様?!近づいては危険!」


侍女が言い終わる前に男の手に触れる。

何か振動が。


「殿下!早く馬車の中に!!」


後ろから大きな振動を起こして近づく影。

あれは!!


「ブラッディグリズリー!それと、ヘルスライム?!」


「大きい・・・。殿下!早く!!」


死の大深林に生息する魔物。

ブラッディグリズリーはその爪で引き裂けないものはない、ミスリル装備ですら切り裂く最強の熊の魔物。

ヘルスライムは出会ったが最後、取り込まれてなんでも溶かしてしまう溶解液に浸されてしまえば一瞬で、もちろん骨まで残らない。

そんな魔物が二頭と二匹!

男から手を離して馬車へと急いで戻らなければ!

でも馬車の中は安全なの?

乗り込もうとして男の方を振り返ると、俄かに信じがたい光景が眼前に広がる。

男に背を向けて魔物たちがこちらを向いて威嚇している。

男は後ろからブラッディグリズリーの首に腕を回して首筋を引っ掻いている。

何をしているの?

男はまるで猫を撫でるようにして、ブラッディグリズリーはその腕にうっとりと首筋を伸ばして寛ぎ始めた。

ブラッディグリズリーが大人しくなると次はスライムを撫で回して、溶解液が充満しているその体の中に男が腕を突っ込んだ。

核を握ろうとしているの?

するとスライムの核の方から男の手に擦り寄ってくる。

いままで経験のない光景に唖然としながらも、強者弱者の前に他者を慈しむ愛に満ちた男の行いに、私は見惚れてしまった。

スライムから手を抜くと、その手は何事もなかったかのように残っている。


「リリアナ様、私は一体、何を見ているのでしょうか・・・。」


私も全く同じ気持ちだった。

何を見せられているのか検討もつかない。

ただ、私たちに向かってきた魔物にもうこちらに対して敵意がないことが分かったくらい。


「あの、もし、もしよかったら、私の国にいらっしゃいませんか?いえ!是非おいでください!この言葉が分からなくても!私はあなたをお連れいたします!」


「殿下、何を・・・。あの男が、我が軍に加わるのなら・・・。殿下、一刻の猶予もありません。あの男を馬車へ。私は倒された仲間を起こします。」


「ええ、お願いします。」


男に近づくと熊とスライムから殺気が私に向かって放たれる。

男が手を広げて、待て、と魔物たちに合図を送った、のだろうか。

魔物たちと話ができるのでは?

まず私は、学んだ所作を駆使すべく男に深々とお辞儀をした。

次に片手を差し伸べて、男が手を取るのを待つ。

男は簡単に私の手を取り、馬車の方に向かって私が歩き始めると表情ひとつ変えずに後ろをついてくる。

馬車に一緒に乗り込むと、男は身を乗り出して何かをしている。

すると熊とスライムが馬車に乗り込んできたではないか。

ぎゅうぎゅうの車内で私と侍女は隅っこに押しやられてしまった。

背筋の伸びた熊、変形したスライムを見た男が笑い出す。

男の隣に座っている熊は男にもたれかかり、恥ずかしがっているの?

一方スライムの方は楽しげに伸び縮みしている。

出会えば死を覚悟する魔物がこんなにも表情豊か人懐こいとは考えもしなかった。

この男は人なのかしら?


「殿下、出発の準備ができました。」


「ええ、出してちょうだい!」


「全体進め!」


兵長の声に呼応して揃った足音が馬車の外から聞こえてくる。

もうすぐ国境を越え、越えれば城がじきに見えてくる。

馬車の揺れが心地よいのか男は熊にもたれて寝てしまっている。

私はこの状況で寝るなどそのような命知らずなことをできるわけがない。

私と侍女は緊張を続けたまま、ようやく城に辿り着いた。

どれほどの時間が経ったのだろう、いえ、それほど時間は経っていないのだろう。

いつ命が取られるか分からない状態が続き、時間をとても長く感じただけに過ぎない。

その長く感じた時間の分、寿命は確実に縮んでいると思う。


「到着しま、うわっ?!」


不用意にドアを開けた城の兵が開けた瞬間スライムがいて驚いた声を出す。

男が起きた。

スライムがぬらりと馬車を降り、続いて熊、男と降りる。

ようやく生きた心地のする空間になった馬車の中で私と侍女は同時にため息をついて胸に手を当てた。

心臓は動いている、これは現実。


「おい!これはどう言うことだ?!ラングラー兵長!!」


お父様の声。

そんな声を出すのも無理はない。

魔物が乗り合わせているのだから。


「陛下、私はこちらです。」


先に降りた侍女の手を取って降り、お父様に無事を知らせた。


「おお、おおお、リリアナ、よくぞ戻った。しかし、これは、馬車から出てきたのは何者だ?」


「兵長、陛下に説明を。」


「はっ!」


兵長がお父様にことの顛末を説明している間も、男は不動で立膝をついて説明する兵長とその説明を受けるお父様の方を眺めている。

熊やスライムも男のそばから離れない。


「うむ、その男、その力、勇者と共に召喚された者やもしれん。しかし死の大深林の魔物がなぜあそこまで懐いているのか・・・。勇者の一行にこの男のような情報はない。」


「陛下、実際にご覧いただきたく。」


兵長が立ち上がり様に剣を抜いて男に構えた。

一気に殺気が強くなり威嚇を始める熊とスライム。

腕組みをしながら兵長のことを見つめる男。

思考が読めないのは私ばかりではなく、目の前で対峙している兵長も感じているのではないかしら。

男が動いた。

馬車に乗る前の、熊とスライムにまた合図を送って、熊とスライムの威嚇と殺気がおさまった。

男が兵長の前に歩み出た。

これから何をするかわかっているかのように、組んだ腕を解いて上半身の服を脱いだ。

なぜ服を脱いだのかしら。

あ、なんて、良い体なのでしょう。

お父様の隣にいるお母様も、扇を広げて口元を隠した。

あれは恥ずかしいけど見たい時にする仕草。

少しお顔も赤くなっている。

私の隣にいる侍女も一緒ね。

男の兵からも感嘆の声が上がる。

兵長が構え直し、男を見つめている。

男が、両腕を開いてさも、斬ってこい、と言うように立っている。


「ふん、そおりゃぁ!!」


左肩から右の脇腹にかけて斜めに斬り捨てた。

大きな音を立てて振り切られた剣の軌跡は、男に何も残らなかった。


「ほう、これは。」


「全く、傷すらつかない・・・。」


お父様に実演を申し出た兵長があまりに驚き、周りにいた者たちの心の声を代弁するように声を漏らす。

私も全く同じ感想。

先程まで体を見て顔を赤らめていたお母様も扇が胸元までずれてあんぐりと口を開けている。

兵長もその腕が見込まれ、その愛刀で斬れないものはないと豪語し、それを実践して名実ともに剣豪として、城の兵長としての地位を獲得した。

その兵長の腕を持ってすら傷がつかない。

いつ間にか握った私の拳はじとっと汗が滲んでいる。

男が徐に服を着た。

熊とスライムのもとに戻ると、またそれぞれに愛撫をする。


「あっぱれ、見事だ!兵長、この者を我が軍に引き入れようと言うのだな?」


「ええ、お許しいただきたく存じます。」


「構わん。好きにせい。しかし、言葉も通じないとは難儀であるな。意思疎通の方法はいずれ考えるとしよう。とにかくみな中へ。今日はリリアナの護衛、大義であった。次の戦闘に備えて英気を養っておくように。」


お父様とお母様が城内に下がっていく。

見物で出てきていた城の者たちもそれぞれ持ち場に戻っていき、人の気配が少なくなっていった。


「おい、お前、こっちだ。」


男の腕を掴んだ兵長が兵舎に連れて行こうとしている。

男はすんなり兵長について行き、城の奥へと熊とスライムを連れて消えていった。


これが、私と彼との出会い。

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