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ああ、よく寝た。
はあ、そういえば熊たちは?
まだいた。
腕時計を見る。
ああ、見ても意味ないんだった。
少し日が傾いてきたって感じ。
寝てたのは三十分か一時間くらいだな。
服は、まだ靴下が乾いてない。
靴下乾かないと歩く気にならないな。
パンツと肌着だけとりあえず着て、下流に向かって歩きながら服を干すか。
流木を拾って服を旗のように括り付けた。
「お前らもいくか?」
この世界に来て初めて喋ったかも。
母熊は立ち上がった、子熊も。
のっそりと俺の方に近づいてくる。
よしよし、頭を撫でてやろう。
言葉は通じてはいないのだろうけど、この熊、魔法を使えるのだから比較的頭はいいのだろうな。
俺が火を起こそうとしていたのも理解していたし。
川下の方に行けばそのうち森が開けて海に出るだろ。
そしたら人でもゴブリンでも何かしら居るだろ。
流木を担いで川沿いをただひたすら、裸足のまま無言で歩く。
話す相手もいないのだから当然だし、俺自身、そんなに話しながら歩くのが得意じゃない。
気を遣わないといけないからな。
ねえちゃんと聞いてるの?なんてよく怒られる。
正直、あんまり聞いてませんでした。
とりあえず可愛いって言っておけばいいんだよね。
男だったら生返事でも。
景色が本当に綺麗だな。
俺の住んでいた場所も川沿いだったが、薄汚れた川に青いビニールハウスが見える土手、一年中飛び回る蚊、景色なんてあったもんじゃない。
ここは自然が豊かで手付かずだ。
気持ちがいい。
段々川幅が広くなってきた。
ここら辺が向こう岸に渡るか渡らないかの境目くらいだろうな。
さて、このまま川下か、渡ってから川下か。
熊たちの方を振り返っても答えは返ってこない。
縄張り的にこちら側の方がいいだろう。
渡らずに川下だな。
森も高い木から背の低い木に変わっていく。
地面も雑草が多くなってきた。
なんだ、もう森を抜けるのか?
平原、木はあることはあるが目に見えるのは一本か二本。
うん?何か動いているな。
熊たちは、もうなんだかわかってるらしい。
ぐるぐる威嚇の声を出してる。
ぐきゃ!こぎゃ!みゃが!
人の言語ではないな。
ただ言葉で意思疎通がとれる奴らといえば、ゴブリンか?
この茂みの奥だな。
中腰になり草の背丈から体を出さないようにして、ゆっくり音を出さずに覗いてみよう。
ファンタジーの世界へ、ようこそ!
・・・くっさ!
なんだよこの臭い、何食ったらこんな臭いになるんだよ。
排泄物と性の臭いが混ざって、鼻が曲がりそうだ。
そういえばゴブリンにオスとかメスとかあるのかな?
見てみるか。
お?ちょうど交尾してるじゃん。
交尾の仕方は人間と一緒だな。
背は小学校低学年くらいの高さ。
でも、ご立派におっ勃ててメスの中をかき回してやがる。
ああ、あんまり見るもんじゃないな。
動物の交尾もあんまり見るもんじゃないし。
性交で快楽を感じるのは人とイルカくらいだっけ、もっといたっけ?
目の前のゴブリンは快楽を感じるようだな。
オスがイッたな。
メスの股間からドロドロと液体が流れ出てくる。
ゴブリンもこうやって営みをしてその数を増やしているのか。
そう考えると生産効率悪そうだな。
あの体であの行為でどれだけのスピードで出産まで至るのか。
種は限られているだろうし。
よく女の子をゴブリンが襲うシーンがあるが、種が違い過ぎると受精できないんじゃなかったか?
人で数を増やすというよりも、快楽の吐き捨て場、と考える方がいいのか?
まあここは異世界だ。
受精するのかもしれんな。
さてさて、ゴブリンの貴重なセックスシーンを鑑賞したところで、この集落潰すか。
熊たちが襲われるのはごめんだし、こちらにその気はなくてもあちらさんがノリノリでやってこられてはかなわん。
熊たち、俺の言葉はわからないだろうが、止まれ、ここで待て、とジェスチャーなりなんなりで説明して、服を干すための流木を地面に突き刺した。
ちょうど草の背丈と一緒で隠れている。
さあて、やりますか。
ちゃんと立てば草の背丈などゆうに超える身長の持ち主ですぞ、はははは。
180に届かなかったから大したことないけど。
179!
惜しい!
んなこと考えてる間に武装したゴブリンが奇声を上げながらこちらへやってくる。
俺からも近づいて、試しにゴブリンからの攻撃を受けてみた。
ドゴっ!バキッ!ヒュン!
棍棒で殴られたり、刃渡りの短い剣で斬られたり、弓矢で射抜かれたり。
だがダメージはない。
替わりに服がダメージを負ってしまった。
服はやっぱりダメだな。
奥から装飾の施されたサイズの合っていない服を着たゴブリンが出てきた。
杖を持っている。
ゴブリンメイジ?
火の魔法や水の魔法は気をつけよう。
燃えるし濡れるからな。
案の定、火の玉や水の玉、電気の玉に氷の尖ったやつ、紫色の見るからにやばい玉も放ってきた。
放たれた魔法の玉は羽虫を払うように平手打ちで全部かわしていく。
やばい玉も触ってみると気体なって俺の体を包み込んで充満する。
毒は流石に死ぬかな、なんて思っていたが何も起きない。
そんなに毒の周り遅い?
まあいいか、この毒吸い込んで魔法放ったやつに吹きかけてみよう。
大きく息を吸って!
走ってぇぇぇ!
肩を掴んで!
口元で吐いてー。
泡吹いて倒れちゃったよ。
やっぱり毒か。
見ていたゴブリンたちが後退りをし始めた。
まあ俺も目の前でこんなことされたら恐怖でちびっちゃうだろうし。
また殴る斬るをしてきた。
衝撃はある、でも痛くない。
ゴブリンの顔面を殴ってみる。
痛くないけど顔面を破裂させられるほどの腕力はない。
当たり前だ。
棍棒を奪い取ってバックスイング。
血を吐いてその場に倒れた。
オスもメスも武器を持っているが近接攻撃を仕掛けてくるのは基本的にはオスらしい。
メスは弓矢でもって攻撃してくる。
これも種の保存として最適解なんだろう。
オスが前に出ている間に身重のメスは逃げる。
今回妊娠しているメスはおらず全員で俺を攻撃していたみたいだな。
とりあえず、オスは金的しとくか。
ガニ股だから狙いやすい。
おら、おら、おらぁ!
あー痛そ。
メスは、どうするかな。
オスもメスも容姿に大差がなく、ついてるかついてないかで判断。
もうほぼ全裸で部分が隠れていればいいという布面積だな。
いつでも交尾が可能って感じだ。
そんなことを考えているのが伝わってしまったのか、仰向けに寝転んで秘部を差し出してきた。
いやいらねーよ。
この世界で歯とか新品になったから多分俺の分身も新品の童貞なっちゃったけど、お前らに初めてを捧げたくはないわ。
さっきやってたメスはだらだらなんか出てるし。
ゴブリンは放っておいて、流木のところまで戻ってくると、ちゃんと熊の親子は待っていてくれた。
よかった、伝わった。
流木を地面から抜いてまた熊たちを連れて歩き始める。
ゴブリンメイジの服、持ってこうかな。
明らかにゴブリンの作ったものではなさそうだし。
作ったやつから奪い取ったものだろうな。
強者が奪い取っていいのなら、俺もその権利はあるはずだ。
倒れて動かないゴブリンから服を剥ぎ取る。
こいつ、メスだったのか。
他のメスよりも明らかに体の大きさが違う。
進化ってやつか?
それとも突然変異か。
臭いは、もう嗅がなくてもわかるやつ。
ゴブリンの巣を後にして川下へ。
熊たちはついてきているが少し遠い?
あ、これ?
仕方ない、洗うか。
水につけると、水につけたところから変色した流れができる。
どんだけ汚いんだこれ。
だーっともみ洗いして、ザーッと絞って、まだだーっともみ洗いして。
5回くらい繰り返してようやく水が変色しなくなった。
洗濯洗剤使ってたらもった早かっただろうな。
でも川に洗剤を流すのは良くないな!!
結構な重量だなこりゃ。
服が男ものか女物かすらわからん。
ズボンやスカートといった履き物というよりも、マントとかコートとか、体が大きく見えるものを二重くらいにして体を大きく見せていたようだ。
見た目は大事。
サイズ感は俺とちょっと違うみたいだな。
袖がツンツルテン。
コートの裾の部分がズタズタになっている、切ったのかね。
寝る時熊たちの上にかけてやろう。
乾いて臭みが取れたらね。
下流への旅、しゅっぱーつ。
だがもう暗くなってきたな。
そらそろ寝るところの準備か。
ここなんかで休むか。
川の方に向かって木が葉をおい繁らせている。
葉の下で休もう。
木に流木を立てかけて、木下で丸まる熊たちに俺も寄って寝ることにした。
-
次の日!
晴れ。
熊たちは川で魚をとっている。
子熊に火をつけてもらって、焼いて食べる。
靴下がようやく乾いた。
五本指靴下だから、穴が空いたらそれで終了。
普通の靴下なら左右逆に履けるけど、この靴下はそうもいかない。
だから履くのを躊躇う。
裸足のまま革靴を履きたくない。
どこぞの不倫の文化人のようにはしたくない。
やっば履くのをやめた。
革靴は靴下と一緒に流木に引っ掛けて、シャツとスーツの上下を裸足で着る。
ゴブリンの服も乾いたけど、乾いたら乾いたで臭いが復活した。
どうにかなんないかな。
平原をすたこら歩いていると、また森だ。
どこまでこの川流れてるんだ。
森に入ってしばらく行くと、はああ、これは大きな湖ですね。
川がここで途切れる感じか。
深い森の中に現れた大きな湖。
この湖絶対何かいる、泳いじゃいけないやつ。
湖畔を歩く。
砂の粒が小さく、素足に気持ちいい。
すると前からぽんぽん跳ねてくる謎の生命体。
スライムだ。
目はないんだな。
水の塊みたいな中に核かな、がある。
大きい、高さは俺の胸くらい、横幅は俺が横に寝た時くらい。
観察しているとスライムの体が大きくなって俺を丸ごと飲み込んだ。
やばい、溺れる。
何か掴むもの、核!
掴んだ!
おら、握りつぶしてやろうか!
ぎゅーっと手に力を込める。
スライムと俺の我慢比べ。
さばーん、俺の勝ちー。
スライムから俺を吐き出した形だ。
またスライムと睨み合い。
服がまた濡れてしまった。
じゃあこれでも食べてろ!
ゴブリンの服をスライムに突っ込む。
臭いも消えて、スライムも食べるものができて両者にっこり。
熊たちを不安にさせたかな。
近づいて二頭の頭を撫でる。
向こうから頭を押し当てるようにしてきた。
不安にさせてごめんなー。
母熊の首に抱きついて体を撫でる。
子熊も抱っこしてやろう。
やめ、舐めるな、痛い、辞めろ!
子熊を下ろす。
スライムをそのままに湖畔を再び歩き始めた。
お、おお?!
人工物!
家だ!
湖畔のすぐ近くに家がある!
ちょっとテンション上がって走り始めた。
家に近づけは近づくほど、ああ、これ廃墟だわ。
窓という窓にガラスはなく吹きさらしの状態、ドアは観音開きだったのだろうか、一枚が地面に転がって出入りし放題、家の中にまで蔓が絡んでいて、どれほどの期間、放置すればこのようになるのだろう。
流石に裸足で入るのは怖いな。
靴下と靴を履いて、中を調べることにした。
熊たちには外で待っていてもらう。
裸足だしね。
やはりら窓ガラスが床に散乱していて尖った部分が鈍く光る。
二階建てのようで階段が途中崩れているがなんとか上がることができる。
二階もガラスが散乱。
家具の中身は空っぽ、何もない。
一階に戻ると、熊たちの後ろにスライムが!
慌てて階段を降りて熊たちとスライムの間に割って入る!
しばらく沈黙。
あれ、攻撃してこない?
心なしかスライムの中で洗濯機のようにぐるぐる回っているゴブリンの服が綺麗になっている気がする。
どうしたスライム、食べ物が入っているから何も食べないのか?
そういえば母熊威嚇してないな。
敵意がないのがわかるのかな。
スライムを指でツンツンすると、ポヨンポヨンと波打ち、全身に揺れが広がる。
ものは試しだ、スライムの上にダイブ!
ボヨオンとスライムが歪む。
すごい、ウォーターベッドだ。
「お前も俺らの仲間にならないか?」
通じもしないだろうが話しかけてみた。
しばらくスライムの上でゴロゴロして、一旦降りて子熊を胸に抱きながらまたスライムにダイブ。
子熊と触れ合いながら、恐る恐る子熊をスライムの上に立たせてみる。
立った。
はは、怖いか。
スライムから降りて子熊を母熊に渡す。
どうするかな、この家、綺麗にしてみるか。
一階のキッチンであっただろう場所に掃除道具のようなものが壁にかけてあった。
キッチンは雨にさらされておらず、落ち葉は入っているが他の部屋よりも綺麗だ。
箒、だろうか。
まずは散らばったガラスをまとめて足場を確保する。
よし、ひとまとめにできた。
次に階段。
上から落ち葉はなどを一階に落としてまとめたところに全部持っていく。
熊たちとスライムが部屋に上がり込んできた。
するとなんとスライムがゴミの塊を吸収し始めた。ガラスなんかも体内でクルクル回ってキラキラして、ああこれすごい綺麗だな。
続けて二階も作業に取り掛かる。
スライムも二階についてこようとしたが、どうしても崩れた階段のところで落ちてしまうみたいだ。
ならば、二階のゴミも一階に落とすべし。
階段近くに全部まとめて、雑に下へと落としていった。階段下でスライムが待機していて落ちたゴミが次から次へと体内に吸収されていく。
こいつは便利だな。
床が綺麗になったところで、改めて部屋の中を物色。
お、本だ。
本か、何が書かれているかわからんだろうな。
念のため開いてみたが案の定何が書いてあるかさっぱりわからん。
ただ文字がびっしり書かれている。
梵字のような、ヒエログリフのような、死海文書のような。
二階の収穫はこれだけだ。
一階に降りると、熊たちとスライムが寄り添って寝ている。
スライムは寝ているかどうかわからんが、熊たちは寝ているのがわかる。
鬱蒼と木が生い茂る湖畔で、背の高い木が枝を伸ばして湖で抜けた空を覆い尽くそうとしている。
一筋の光が湖の中心に差し込みキラキラと光る、とても幻想的な水面を演出している。
まだ空は明るいのだろう。
しばらくここを拠点にするか。
便利なスライムもいるし、熊たちもいるから生活には困らないだろう。
逆に、こいつらがいないとなるとゾッとする。
もしかしたらゴブリンの王になってたかもな。
-
そんなこんなで2年が過ぎた。
子熊も母熊と遜色ないほどに成長して、狩りに二頭揃って出てくれている。相変わらずスライムは雑食で、俺らの排泄物も全部キレイに飲み込んで、二体に細胞分裂をした。
子熊から成長したので出る量も多く、助かっている。
ゴブリンの服は見違えるほどキレイになり、臭いも消えた。
今は部屋のキッチンにかけている。
相変わらず、魔法は分からず、言葉も知らず、文字も読めず、人とも出会わず、ただ筋トレを日課としていたため、ぽよんぽよんの腹も引き締まり、そこら辺の40歳とは比べ物にならないほどいい体になった、と思う。
あと、白髪が結構増えたかな。
この世界にきた時は黒々としていた髪も、半分以上が白くなっている。
変に色のついていない、真っ白な白髪でよかったな。
眉毛はまだ白くないんだよな。
太いから余計眉毛が強調される。
二年前一緒に転移してきた勇者たちはもう魔王を倒したかな?
なんて妄想しながら時を過ごしていた。
G-SH○CKはさすがというべきか、全く壊れずソーラーバッテリーで日本の時間を刻み続けている。
結局ストップウォッチ使ってないけど。
この二年、筋トレ以外していないかというとそうでもない。
森の中を散策して人工物がないか調査をして回っていた。
結果何も見つけられずに現在に至る。
今日はもう少し奥、湖を隔てて真反対の場所を熊たちとスライムたちを連れて、二日かけて散策するつもりだ。
「準備はいいか?」
もちろん返事はない。
でも目線や表情で意思疎通はできるようになった。
スライムも波打つ感じて表現をしていることが分かり、スライムたちをよくみていると結構おしゃべりなのがわかる。
服は踵の部分や襟袖が破けておりボロボロだが、靴下は二年の掃除以来履いておらずまだ健在、靴も靴下と同様に健在。
久々に履いてみたけど違和感がすごくて履くのを諦めた。
下着は一年目の冬、雪がちらついてきたから分かったのだけれど、冬にゴムが切れてダメになった。
それ以来履いてない。
この世界にも春夏秋冬があるらしく、特に春と冬がわかりやすい。
母熊は春が発情期で一回目の発情期はもう大変だった。
俺をオスだとして襲いかかってくるんだから。
どうやら、どうやら、子熊もメスなんだよな。
いつこの子熊が大人になるのか、発情期がいつから始まるのか。
二匹相手だと大変になるんだよな。
甘噛みもしてきたり爪で引っ掻いたりと、俺自身は大丈夫だけど服が。
母熊は純粋に俺よりも力が強く、押し倒されて陰部を俺の分身に押し付けてくる。
モノは一緒かもしれないがそれをしてしまったら人でいられなくなるような気がして、なんとか阻止して貞操を守ってきた。
今年はつい最近ようやく発情期が終わって落ち着いてきた。
よし、反対側に到着。
家があんなに小さく見える。
今日はここをただひたすら真っ直ぐ、少し小走りに進む。
熊たちもスライムも慣れたもんで俺にちゃんとついてくる。
湖畔から二時間、ここからが初めて踏み入れる。
風景は全く変わっていないが、初めての場所はドキドキしてワクワクする。
走り始めてジャスト二時間、ようやく人の作った道を見つけた。
真新しい轍がある。
どっちに行った?
馬の蹄の跡だ、進行方向は、Cの字の空いている方が馬のケツだけら、こっちか。
なかなか場所に追いつかないな、当たり前だけど。
お?あれは、馬車が襲われている、んだよな?