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ん?あ、ここはどこだ?

確か会社からの帰り道だったはずだが。

最近は帰る頃には店も閉まっていて呑んだくれることもなくなったな。

だから酔っ払って公園に寝てるなんてことないはずだ。

そもそもこんな深い森のようなところ、自宅の近くにない。

これは、神隠し!!

・・・現実を見るか。

草、木、見たってわかるわけないな。

学生時代は農学を専攻してたが、勤続15年ずっと事務をしてきた俺に今までの知識なんかぽろりと抜け落ちてるわな。

なんもわからん。

服はスーツ、じゃないんだよね。

ユニ○ロのスーツに見えるセットアップ!

靴下、下着、全部ユニ○ロで揃えるところ、ブランドもののスーツに身を包んで女にモテまくりの同僚と差が出るところはこういうところだよな。

着れりゃそれでいい。

靴は革靴、左右で大きさが違うし右足がきついんだよな、でもなんだか今は違和感がない。

革靴でこんな森の中じゃ疲れてしょうがないな。

しっかし、ここはどこだ?

通勤に使ってたリュックはどこにもない。

あん中に財布も携帯も身分証明書全部入れてたから無いのは痛い。

腕にはG-SH○CK。

社会人にもなってG-SH○CKて痛くないすか?

新人め、痛くないだろ。

時刻は、20:15?太陽の雰囲気から昼前だろ?

飯はどうするか。

まあ腹減ってから考えるんでいいか。

さて、とりあえず真っ直ぐ。


ぐるるるるる・・・


これは、獣の声!

しかもかなりでかいやつ!

後ろから!

ああ、これはやばい。

熊、だよな?

額に一本、角が生えているがその立ち上がった時の大きさ、焦茶の毛むくじゃらで大きな手に出された爪、威嚇の時に見せる鋭い牙。

これは完全に、餌として見られているな。

神隠しにあってその先の森で野獣の餌かよ。

享年38歳、短い人生だったな。

頭脳は大人で見た目は子供の主人公と誕生日が一緒だったな。

どうでも良いことばかり思い浮かぶ。

熊の腕が俺に振り下ろされた。


バギィン


・・・

・・・・

・・・・・

ん?

どうした?

もう死んだか?

死んだにしては地面の感触が生々しいな。

まだ目の前に、熊がいる。

熊がいる?!

どこも痛くないぞ?!

ああ、これはあれか、痛すぎて脳が麻痺してるやつか。

傷を見れば痛みが蘇るか?

右腕、爪で切り裂かれているな。

服がボロボロだ。

腕を捲ると、なんともなってない?

なんでだ?

理解できん。


バギィン


おっと、次は頭に衝撃、ここらで血が頭からたらーっと。

・・・出てこないし血が視界を埋め尽くすなんてこともない。

どうなってんだ?

とりあえず立つか。

うーむ、この熊がとんでもなく非力、だとしてもあの爪、殺傷力はあるだろう。

傷がつかない。

そしてこの。


バギィン


なんだこの音。

顎に手を当てて考えてるその腕に爪で攻撃されたんだが、服は破けも傷つかない。

試しに自分で引っ掻いてみる。

ちゃんと痛いし赤く腫れる。

うーん、この熊からの攻撃は受け付けない体、そうとしか考えられない。

熊も攻撃をやめて威嚇だけになってるな。

そういえば、違和感といえば歯だ。

全部揃っていて処置した歯がない。

下の奥歯はこの歳で部分入れ歯だったのに、ある。

そして歯並びも良くなってる。

しっかり噛み合わさるし、舌での歯触りがツルツルだ。

視力がいい、だけが取り柄だったからな、少し嬉しい。

そして気が付いた。

神隠しじゃない、これは異世界転移だ。

熊から傷がつかないのもスキルかなんかだろ。

しかしな、こういう転移もの、神様とか女神様とか転移前に絡みがあるだろ。

俺には何もなしかよ。

しかもこの年で、この中途半端な年でかよ。

顔は、まあ地元の女の子からは普通、という評価だったな。

一重でイケメンでもなく少し太ったパッとしないおじさんが転移か。

一重で普通ならだいぶ頑張ってる方じゃない?

これはあれだ、別に魔法陣とか何かで召喚された勇者がいて、それに巻き込まれたやつだ。

でもそれだと魔法陣の中にいるもんじゃないの?

なんでこんな森の中なんだよ。

これがネットに挙げられたとして誰が好き好んでこんな設定の転移ものを読むんだ?


がああああああ!


うるさい、ちょっと待ってろ、今考え事してるんだ。


がるあ!


うわ!

熊が飛びかかってきた!

後ろに押し倒される!

さっきからぶん殴られてるのに全然痛くないな。

顔が衝撃で左右に振られるだけ。

あーわかったわかった。

こういう時は強く叱ってどっちが偉いかわからせる!

シートン動物記とかファーブル昆虫記を読んでた俺に抜かりはない!

馬乗りになっている熊を天地返しにしてこっちが馬乗りになる。

えい!

あら、殴ってるのに拳が痛くない。

殴っているという感触はある、相手の体温も触覚も失われていない。

ただ、痛くない。

ああ、顔を手で覆っているな。

可哀想に見えてきた。

痛ぶるつもりはあっても殺すつもりもない。

わかればいい。

それと、何故この熊が俺に襲いかかってきたかを考えようか。

繁殖期?

子育て期?

腹が減ってる?

確かこの3つだったな。

どれだろうな。

がさっと音がした方を見ると、この熊と同じ色をした小さい体のやつが見え隠れしている。

子育て期で気が立っているのか。

熊か、猫科だったな。

首とか気持ちいいのか?

試しに猫と同じように首を引っ掻くようにすると、首を伸ばした。

猫と同じ反応だな。

さて、もういいだろう。

立ち上がって小さい奴のいる茂みに視線を落とす。

母熊が威嚇してくるがこちらに襲いかかる様子はない。

まあこちらも何かするつもりはない。

茂みに手を入れて子熊を抱っこする。

母熊と同じで首をくすぐると気持ちよさそうに首筋を伸ばす。

おしまい、ほらよ、じゃあまたな。

母熊の足元に子熊を置いて、熊たちに背を向けて歩き出す。

考える時間ができた、スキルの整理だな。

まあ単純に攻撃を受けないってことにしておこうか。

熊からの攻撃は防ぐことができた。

だが安心してはダメだな。

きっとこのスキルに限界があるはず。

例えば銃で攻撃されたら貫通するとか、爆撃されると衝撃は防げても燃やされるとか。

できることとできないこと、不明な点が多い。

この森でそんなことに出会うかわからんし、今色々考えても仕方がないか。

この世界に人などがいるかどうかもわからないのだから。

お?

後ろから音がするな。

さっきの熊か。

ついてきたのか。

なんか用か?

俺には用はないぞ。

子熊が駆け寄ってきた。

抱き上げると俺の顔を舐める。

痛い痛い、猫の舌痛い。

あ、痛い?!

どういうことだ?

なぜ痛みを感じる?

この子熊は挨拶で舐めてきたのだろう。

挨拶、母熊は害意や敵意がむき出しだったな。

この防御、害意や敵意の攻撃のみ防ぐことが可能って感じか?

あと自分からの攻撃も防げない、自殺が可能。

おそらく敵対している相手を殴る時もこのスキルは発動する。

子熊を地面に置くと母熊の元に戻っていく。

今度は母熊が近づいてきた。

4足歩行で歩いてくるからさっきよりも視線が低い。

しゃがんで視線を同じくして角を避けて頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を瞑る。

なんだ、案外悪い奴じゃなさそうだな。

着いてくるというのなら構わない、来るもの拒まず。

森はどこまで行っても道という道はなく、苔と下草が茂り大きな木が自然の遷移に従って大きく上へ、下からまた小さな木が上と伸びようと世代交代も整っているようだ。

俺と熊たちはただひたすら歩き、川にたどり着いた。

熊たちの縄張りは大丈夫だろうか。

熊は群れる動物でなかったはず。

人の何倍もの嗅覚で侵入者を発見した追い出し、自分よりも弱者であればその肉に食らいつく、そんなイメージがある。

俺一人なら攻撃は受け付けないからなんともないが、この熊たちはそうもいかない。

なんだかんだで段々可愛く見えてきたし。

俺が守ってやんなきゃな。

さて川だ。

川には魚がいる、はずだ。

しかし綺麗な川だな、湧き水でもあるのだろうか。

そこまで透き通って見える。

深いところは、異世界でも一緒か、深い緑色をしている。

母熊が川に入っていく。

ヒグマが鮭を狩る場面は何度もテレビで見たが、まさにその姿で川下に頭を向けて水面をじっと見つめる。

お、腕を振るった。

魚がこちらの方に飛んでくる。

子熊が魚を見ながらウロウロして、口でキャッチ、上手なもんだ。

そのあと何匹もの魚が宙を舞う。

子熊は一匹おきに食べて、食べなかった魚を地面に並べていく。

母熊の分だろうな、俺も食べたい。

火で炙ったら美味しそうだな、ここまで綺麗な川なら肝を出さなくても食べられそう。

枝を探してこよう。

生きてきて全くやったことはないが、これはまさにサバイバル。

美味い飯にあずかるには火を起こさなければ。

乾燥した枝と木の皮、綿がないからそれっぽいモサモサしたやつ。

摩擦で火起こしチャレンジ!

子熊がいる場所に戻ってきた。

木の皮を手頃な岩の上に置いて乾いた木屑をパラパラして棒を突き立てて、擦る!

うろ覚えだがこれでいけるはず!

数分が経過した。

全く、まっっっったく火がつく気配がない。

母熊と子熊は食事が終わってのんびり昼寝。

平和なもんだ。

魚を少し残しているところ、俺のなんだろうな。

あれを焼いて食う!

更に数十分が経過したことを腕の時計が示す。

こういう時意味もなく時計が気になる。

そしてこの世界でこの時計は全く役に立たないのだろうな。

だがG-SH○CKのカウントアップとかストップウォッチ機能は使えるかもしれない。

アホみたいに高い時計だけがステータスじゃないんだぜ。

実用性も兼ね備えての時計だろ。

でもHYTの時計はつけてみたかったな。

熊たちが起きてきた。

俺はまだ擦り続けている。

よし、煙が、煙が上がってきた!!

木屑を足して、モサモサするやつ置いて、ふーふーしながら擦る!

どんどん煙が上がってきた!

ん?子熊の様子が。

ダメだ、これは遊びじゃない!

触らないでぇぇぇ!

角が、光る?!

角の先から火の玉が出た?!

俺の集めた木に目掛けて火の玉を子熊が放った!

燃え盛る木の皮。

俺の努力も燃えてなくなる。

だああああ!

この火を絶やしてはならん!

岩から下に、火のついた木を移動させて、拾ってきた太い枝を放射状に並べて火が燃え広がるようにする。

地面に落ちた太い枝も火の中にくべる。

安定してきたな。

細い枝に魚を口から刺して火の周りに並べた。

魚の焼けるいい匂いがする。

四本あるから二本はお前らな。

両面に程よく焦げ目がついた。

まずは熊たちに与えてみる。

熱いから気をつけろよ。

ああ、子熊よ、熱すぎて口から魚を出してしまった。

猫舌か。

よく冷ましてから食べような。

母熊は様子を窺っているな。

俺は全然猫舌でもなんでもないから、腹から焼きたてを頬張る。

ぼえー、肝が。

背中はどうだ。

うーん、ほくほくしてていいんだがな。

何が足りないかはもうわかってる、塩だ。

どうやって塩を精製する。

岩塩か?

そもそも塩化ナトリウムはこの世界に存在するのか?

ああ、存在するな、俺の汗でなら精製できるな。

おそらく塩味がしないだけで塩自体はこの魚にも含まれているのだろう。

しょっぱいのが好きだから、薄味はな。

わがままが過ぎるか。

背中の肉だけ食べて、母熊に残りを枝から外して与えてみる。

おお、舌がざらざらしてて俺の手まで持っていかれそうなほど力強い。

一瞬で魚がなくなってしまった。

そろそろ冷めた頃だろ。

子熊が手をつけた焼き魚も枝から外して食わせてやる。

結局俺は一匹の背中だけ食べてあとは熊たちにあげてしまった。

ふう、食べたところで子熊が放った火の玉だ。

魔法、だよな?

地球じゃ無理だからそうだよな。

俺も使えるのかな。

魔法みたいな効果はもう獲得しているからこれ以上は望まない方がいいか。

今のように子熊が火をつけてくれれば、俺が使えなくても問題ない。

今だけはな。

結構汗かいたし、服でも手洗いするか。

天気もいいし、速乾性だから干せばすぐ乾くか。

とりあえず全部脱ぐ。

下着から洗っていって、絞ってそこら辺の手頃な木に干す。

うん、社会人になってすぐに一人暮らしを始めた俺にしたら手洗いなんて速攻終わるぜ。

ちょうどいいから水浴びもしてしまえ。

水の中に入って泳ぐと、さっき食べた魚が素早く上流の方へと泳ぎ去ったのが見えた。

深いところは何がいるかわからんし、いくら攻撃が効かないとはいえ、水の中に引きずりこまれたら息ができなくて死ぬな。

あの緑のところには近づかないようにしよう。

少し一人で川の冷たさに震えながらも遊んでいると、子熊が俺の方に寄ってきた。

一緒に遊ぶか?

ただ泳ぐだけだけどな。

水の流れるスピードに合わせて、流されず、上流に登らず、一定の場所で泳ぐ。

子熊も俺の真似をして犬かきならぬ熊かきで泳ぐ。

上手だな。

背泳ぎで空を仰ぐ。

冷たい水、高い太陽、心地の良い風。

地球よりも過ごしやすく穏やかな気候かな。

子熊は泳ぎ疲れたのか川岸に上がって身震いをして、母熊に寄り添った。

日向ぼっこか。

確かに気持ちよさそうだな。

岸に上がり、子熊の横にある芝生の上で大の字になる。

寝てる間に何かあっても、この熊の親子の命さえあればそれでいい。

ふあぁ、心地いいな。

素っ裸のまま寝てしまった。

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