ケース3 哀川 愛理 一人目
「ダンジョン、どう?」
「前の種族傾向値アップデートを済ませてから、みんな何かに特化してるみたいだ。ちなみに俺は妖精族のくくりだったりする、そっちはどうだ?」
「悪魔族のくくりだった、エイリアン、悪魔じゃないのに」
「まぁ、くくり上そうせざるを得なかったとこもあるがな......」
「処理が増えるくらいならこっちのほうがいい」
「そうか」
今現在、この世界の演算をこの少女、とはいっても全能神の脳を借りる形で演算を行っている。つまり、俺が操作をミスったら最悪この子が廃人ってことだ。そんなことするわけがないが。
そのため、世界のルール一つ追加するのさえ、本当は結構ためらうのだ。今回はこれ以上何もしなかったら人類だけの星が誕生して面白くないから、という理由でダンジョンマスターを追加した。苦肉の策といえば苦肉の策。結構なルール追加があったろうに、それでも平然としている彼女、大丈夫だろうか。きっと顔には出さないのだろうが。そしてきっと、顔に出すときはもうどうしようもないときなのだろう。
「あいつはもう大丈夫そう。三人の大切な仲間を手に入れた。それならあの環境で生き残れないわけがない」
「ん、そうだな。大丈夫だろう。俺も因果律操作のやることは済ませたし、次見るか?」
「そうする」
二人は、また新しい人の記録を見始めた。
私は、ただのイケメンアイドル好きの乙女だった。
そう思っていた。
毎日毎日早朝から深夜まで会社へと勤め、金を稼ぎ、最低限の金を残して微量を貯金へと回し、そのほかをすべて推しへと貢いだ。後悔はしていない。毎日が生き生きとして、この垂らした汗水の、流した血涙の分だけ、彼らが喜んでくれると思ったから。
その毎日の崩壊は、思わぬところで起こったが。
「ふぉっふぉっふぉっ、よく来てくれたの。ここは神の世界、とでも言うべき場所じゃ。おぬしたちにはこれから異世界へと行ってもらって、あることをしてもらう」
その老人、どう見てもイケメンには見えないその容姿に、少しも聞く気が起きなかったが、この不可解な現状を理解するためには、彼......と呼ぶよりおじいさんと呼んだほうが良いのではないかというレベルの人の言葉に耳を傾けた。
しかし、具体的な説明は何もなく、気が付いたら草原にいた。
「こんなとこ、いつ以来だろ......」
イケメンアイドルに声を上げ、クソ上司に声を上げられ。車、バイク、コンビニ、スーパー、電車、飛行機、テレビに至るまで、いつも騒がしく、いつも大音量。いつも周囲は、自身は、自分の意見を知ってもらうために、あるいはそんなことに関係なく、ひたすらに音を発し続けていた。
なのに、この風景。
草は風に揺れて、激しい主張をすることなく、音をささやくように伝えてきた。
太陽はまぶしいぐらいにあたりを照らして、だが不思議と嫌な感じはしなかった。
空には見たこともないような鮮やかな青色の羽をした鳥が、いつも見なかった、澄んだ青空を飛んでいた。
......別の世界へ来た? 一度だけ読んだことがある、異世界転移というものに、状況はよく似ている。むしろ、似すぎている。
そう彼女は考えたが、その考えは風と共にどこかへと流れていった。
「推し、悲しまないかな......」
それが、彼女、哀川 愛理の、この世界での初めての感情だった。
ともあれ、ここで突っ立っていても、何も起きない。
そう考え、周囲を見回した時、見つけたのは一つの小さな村と、ぐにぐにとした物体だった。
「情報受信中――――――完了。」
その物体は機械的な声でそう言った後、形を変えていき、ついには人の形をとった。
「おはようございます、私はダンジョンマスター支援用ピクシー第90号です」
白髪の老人は、そう言った。
とはいっても、白髪の老人では先ほどのおじいさんとは違って、タキシードを見事に着こなした、おじい様、といった容姿だった。まさに、私がお世話されたいと思う容姿。こんな執事がいたらなぁランキングの第一位だ。こんな執事カフェあったら即行く。
「よ、よろしくお願いします。」
「なんとお呼びしましょうか、哀川様、愛理様、お嬢様、マイマスターなど、何でも構いません」
「お、お嬢様で!」
反射的にそう言った。最高かよ、異世界。
「かしこまりました、お嬢様。お嬢様には、これからダンジョンを作ってもらいます。」
「ダンジョン?」
「そうです。敵が出てきたり、罠が仕掛けてあったり。迷路になっていたり、侵入者を奥に通さない、そんなものを作ってほしいのです」
「わ、わかったわ」
「では、この場所にダンジョンを作ってもらいますので、こちらの端末をお持ちください。」
「わかった」
渡されたのはタブレット端末。
「それでは、こちらの紹介動画をご覧ください」
そう言って、執事の彼が何度か操作をした後、出てきたのは一つの動画、これが紹介動画ってものだろうか。
私は、それを黙ってみるのだった。
「見終えたわ。これを私も作ればいいのね」
「さようでございます。それで、何か作りたいものはございましたか。一応特色が乗っていたと思いますが」
「そうね、アンデッド、というものに非常に興味がわいたわ。どうかしら。」
「そうですね......理由をお聞かせ願えますか?」
「イケメンを撃退して、アンデッドにしたら侍らせられるじゃない!」
そう、草原に響き渡るぐらいの大音量で叫んだ。
「そうですね。それは良い目標です。それでは、実際に作っていきましょう。作り方は紹介動画の通りです」
「わかったわ」
私は操作をしていく。
出来上がったのは一階層、部屋がいくつかあって、コアの前に自室があるといった、オーソドックスな形だった。
「ポイントが安定供給されてない今、一度限りの罠が多用されていないのは良い点です。ポイントも十分量残されているようで。良いですよ」
「ありがと。それで、一つ聞きたいのだけれど」
「何でございましょう」
「このスキルってものなんだけど」
「スキルですね。それはこの世界の住民は一つ、最初に必ず持っているものです。例外はありません。そしてダンジョンマスター、お嬢様のことですが、スキルを購入、習得することで、五つまでスキルを獲得することができます。ちなみに原住民や、モンスターもスキルスクロールを使えば習得できますが、まだ流通はしていないですな」
「本当! それなら、もう一つ聞きたいのだけれど」
「どうされましたか」
「私たちって、食事、必要かしら?」
「生きるという意味では、必要ありません。最も、娯楽という意味では必要ですが」
「それなら大丈夫よ」
そう言って、残りのポイントのほとんどをあるスキルにつぎ込んだ。
「お嬢様、一体何を?」
「何って、魂魄魔法を習得したのよ、これでアンデッド、作れるのでしょう?」
「そうですが......過酷かもしれませぬぞ」
「何が?」
「まぁ、今は大丈夫でしょう。いざとなれば私も助力します。さて、この後の話はダンジョン内部でしましょう」
何かを伝えようとしていたようだが、結局口を濁してしまった。
ダンジョン内部に入る。すると、先ほど画面越しに見ていたものがそのまま置いてあった。
ほしいものが手に入る。それはつまり、推しのグッズも......世界超えて買えるのかな?
「さすがに世界を超えて推しのグッズは恐らく買えません、何故競争率が高いですからな」
「あ、そこなんだ」
競争率さえ無視すれば購入できるということに驚きは隠せそうにない。これでまた彼らを応援できるってこと!
「そして、お嬢様にここで悪い知らせが二つほど」
どうやら、ようやく彼が隠している何かを話す気になったようだ。
「まず、このダンジョンが攻略された時点で、お嬢様と私は、息を引き取ります」
え、なんて? 息を引き取る? それってつまり、死ぬってこと? 死ぬ? 死ぬ?
唐突な死の接近に、当然、あの平和の象徴であった世界で暮らしていた彼女は驚く。
しかし、執事はそれの落ち着きを待つことなく言葉をつづけた。
「そして二つ目、もし誰か侵入者が現れたとき、そして仮に撃退―――いえ、殺した時、と言いましょうか。その死体に魔法をかけるのは、魂魄をこの世に縛り付けるのは、手を下すのはあなたとなってしまいました」
二度目の衝撃が彼女を襲う。
安直にスキルをとってしまったが故、こうなってしまった。
「それで、どうしたらいい?」
「せいぜい獲得当初では確立を上げる程度しかできないでしょう。使い方は教えます。それで近隣の村の死体相手で練習をしましょう」
「わかったわ。任せて頂戴」
二人の、魔法の特訓が始まった。
とはいっても、魔法の感覚自体はすぐにつかめた。このこっぱずかしい詠唱に目をつぶれば。
「わ、我は願う 汝が魂 現世に残り力を示せ!」
「上出来です、お嬢様。それでは近々、そうですね、祈りのかかっていない死体にでも、試し打ちしに行きましょうか」
こんなおじい様執事にエスコートされるとか、完璧だろ......
「そうですね、深夜に、墓場が妥当でしょうか」
―――デート場所がくそ過ぎて.....
何だよ墓場って! いや分かるよ! 魔法の練習だから、そりゃあ死体いるだろうよ! けどさ! 深夜墓場とか肝試しかよ! 中学生かよ! 夏休みかよ!
とはいうものの、正直このおじ様に抱き着けそうでいいかも。
すらっとした肉体、その下には筋肉がきっと。
あぁ、抱き着きてぇ、その筋肉をすりすりしてぇ。
顔には出さないが。声にも出さないが。心の奥には野望が三つぐらいあってもよさそうだ。そのほうが貢ぐものがあって仕事に精が出るってもんだ。
「さて、いつ行きます?」
「そうですね......まぁ、これに関しては聖水のかけられていない、祈りもされていない死体という厳しめの条件ですからそろい次第でしょうな」
なん......だと......
早く来い! 具体的に言うと明日の夜とかに来い!
心の中はいつも騒音でいっぱい、本人も叫び放題、そんな、騒がしい彼女であった。