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ケース2 遠藤浩二 其ノ参 そして朽ちる世界

「おはよ」


「おはよう、コージ。二人、縄で縛っておいた、けど」


「わかってる、殺しはしないって」


 そう言うと、彼女はやっと落ち着きを見せた。


「うん......?」


 お、やっとか。

 この純粋で無垢なこの二人の姿を見ていると、自身がどれほど汚れた行為をしているか、否が応でも感じさせられ、心に罪悪感を抱えた。きっと、生きると決めても、一生付きまとう感情なのだろう。

 俺は改めて二人を見る。これが俺の行ったことだと、目に刻み付ける。


 白髪の二人。少し開いた瞼からは赤い目が覗いている。

 整った容姿、整えらえれた髪。そして長い髪から覗くようにして伸びたその長い耳がその二人を小説におけるエルフに当たる種族だということを認識させる。だが、その服装はまるで奴隷といった、汚れた布一枚だった。


「あなたたち、だれ?」


 二人が完全に目を覚ましたようだ。二人は互いに抱き合って、見知らぬ二人と熊から怯えるように震えている。

 目じりに涙がたまってきた。どうにかしないと......


 そう思っていた時、動いたのはピクシーである彼女だった。

 彼女は何も言わずに、二人を抱きしめた。ただ、抱きしめた。

 少し感じるぬくもり。新しい衣服のにおいがする。珍しい、そして丁寧に整えられた、美しい黒髪が目の前に来る。



「「あなた、だあれ?」」


 その問いに、彼女はためらう。

 今までならピクシーだ、そう答えていただろうか。何か彼女に、心情の変化でもあったのだろうか。ともあれ、名前、名前......


「ヨミ」


「?」


「彼女は、ヨミだ」


「「ヨミおねぇちゃん!」」


「!」


 ヨミ。彼女の名前と考えたとき、結局前も今もこの名前しか思い浮かばなかった。

 時を止める魔法が使えるわけでもない。魔法より筋力と言わんばかりの動きだ。けれど、宵闇とかけるには、髪は暗すぎるし、性格は明るい。


 けれど、なぜか。彼女には、この名前が合う気がした。

 ファンタジーの主人公ならもっと簡単に、もっと良い名前でも思い浮かぶのだろうが、あいにく主人公になれない俺にはこれが限界だ。


「......うん、私はヨミ。よろしく」


 その笑顔を見るに、彼女も嫌だったというわけではなさそうだ。たぶん。きっと。


 ぎゅう、と抱き着く二人を、抱き着かれるヨミを眺めていると、少しほっこりする。が、ほっこりしている場合ではなかった。

 さっそくタブレット端末を確認すると、侵入者が二人と表示されていた。これは。成功したようだ。毎時で計算が出るようで、毎時五と表示されていた。これでやっと、というほど時間苦しんだわけではないが、ポイント枯渇から脱出できた。これは大きな一歩だ。


「それじゃ、ヨミ、そいつら頼んだ」


「分かった」


 二人の世話を任せる。

 命令した張本人が今日からよろしくだなんて、どの面を下げて言えるのだろうか。あの二人が正真正銘、己が生き残るがために犠牲にした最初の二人なのに。あの二人の日常を―――――


 もうやめだ。この感情にはけりをつけると決めたばかりなのに。またこうやってうじうじと悩んでしまう。

 一応ショップを見た。確かにこの感情を抑制することのできるスキルはいくつも存在する。他者にかけられる、自己で完結するなど、小さな差異はあるものの、総じてポイントが高い。最初のポイントを全てつぎ込んでやっと、最下級、制限が多いスキルを獲得できる、というものだった。


 が、俺はそのスキルを買わないことにした。

 これからポイントがたまると、きっと買うことができるようになるだろう。

 けれど、今感じているこの感情が、きっと俺の唯一の罪の償い。唯一俺を罰してくれるもの。


 だからスキルは買わない。二人の世話もヨミに任せる。

 俺は一人タブレット端末を操作し、コアの部屋から三つ、部屋を伸ばした。


 一つは俺の部屋、一つはヨミの部屋、そしてもう一つは名前も知らない二人の部屋。


「ほら、こっちにおいで」


 ヨミがそれを察してくれたようで、二人を部屋へと案内していた。

 その部屋は六畳ほどに設定しておいた。

 ヨミの部屋も同様だ。ポイントがたまればまた拡張をしたらいい。そう考え二つの部屋は同じにしておいた。

 そして俺の部屋は俺だけが開けられ、ヨミの部屋は俺とヨミが、エルフ二人の部屋は全員が開けられるように権限を変更しておいた。


 俺は一人、やっと手に入った自室で、何もない、畳一枚しか入らないその自室で、横になるのだった。

 今頃、三人は喜んでくれているだろうか。喜んでくれていると信じよう。


 そうじゃないと、心が押しつぶされそうだ。



 とはいえ、先ほど起きたばかりで眠れそうにはない。部屋の様子を確認だけして、俺は元の部屋へと戻る。


 既に三人ははボスの熊と仲良く遊んでいた。

 俺は......混ざらなくていいだろう。


 タブレット端末の電源をつける。

 もうポイントがほとんどなくなってしまったので、とりあえず買えそうなものをいくつか印付けておくか。


 そう思い、ショップを見ていく。


 やはり、有能なアイテムは結構な高ポイントで取引されていた。

 どうしようもないので、ページを閉じ、電源を落とそうと思った、その時。

 ページが一つ、増えていることに気づいた。


 それを開いてみる。そこに載っていたのは―――――種族の傾向値?

 それが何かはわからないが、グラフは一つだけ少しだけ上に伸びていた。名前から察するに、俺が獣系のモンスターしか召喚していないから、それで何かメリットでも発生するってことだろう。これはまたじゃんけんみたいなことになりそうだ。だが、じゃんけんになるのは戦力が五分五分だった時。戦力が同じ出なければ、いくらでも勝ちようはある。


 これからは、獣を中心に召喚するか。

 今後の方針が決まり、ポイントも少量ながら確保のめどが立った。


 やっと一息、と思い、大きなため息をついた。


 まだ三人は熊の毛をモフモフして遊んでいた。戻ってきたウルフたちにもしてやったらどうだろうか、その時は疲れているかな。そんなたわいもないことを、ダンジョン経営とは全く関係ないことを、やっと考える余裕ができた。


 さて。


 そう気を引き締める。戦力は手に入れた、ポイントは少量ながら確実に手に入る。ならば、次は。

 ポイントをもっと獲得して、戦力の増強だ。

 侵入者を増やす方法は、十分使えると思ったが、よくよく考えると食費が増えてしまう。維持費が増えてしまって結果赤字でした、では意味がない。


 ―――ん? 食費?


 俺たちダンジョンのマスターや、ピクシー、熊やウルフなどのダンジョンの魔物が食事を必要とするのかは全くわからない。けれど、そこのエルフ二人は必要だろう。となれば、次に行うのは食事をはじめとする維持費の削減。果たして、自給自足のほうが安く済むのか、それを計算していかねばならん。


 俺は一人、ショップにあったパソコンが欲しい。ポイントがたまったら買おうと決意するのだった。






「ねぇたろー」


「どうしたぜっちゃん」


「これ見るのもいいけどたろーのダンジョン、大丈夫なの?」


「まぁな。蟲毒システムはずっと見ないと落ち着かないからもう止めた。そんで今はゴーレム大量生産中」


「おお、楽しそう」


「これな、思考能力を持つのは中隊長以上で、小隊長はただのケーブルの束ね役、兵士が手と足みたいになってんだよ」


「へぇ、楽しそう」


「ちなみに新型機作れて結構楽しい」


「それで、何体いるの?」


「......」


「聞こえない、はっきり言ってみて」


「さっき千体超えました」


「全く......」


 この男、自重を覚えるような素振りは一切なかった。

 もう、この先も自重することはないのだろう。


「ってか、ぜっちゃんのほうは調子どうなんだ?」


「こっちはひたすらエイリアンを量産」


「エイリアン......あぁ、作ったな。あの触角が生えた」


「知能が高くて助かる。それに一人生きていたら卵産めるし、卵一回で三個ぐらい産むし、一週間くらいでふ化するし、そのこともは環境に適応してるし」


「なにそのチート」


「こういうの作るの基本たろーのしごとだったよね?」


「そうです、私の深夜テンションが起こした悪しきプログラムです」


「たのしいからいいや」


「助かった......」


「それよりたろー、前言ってた小説、書けてるの?」


 ガチャ、と許可なくたろーの部屋に侵入し、パソコンを覗き見る。


「できてはいるんだが、どうも納得いかなくてな。八月十三日に投稿するといった手前、取り下げるわけにもいかないし、けど最高傑作にならないと納得できないし」


「作家って、難しい生きものだね」


「そうだな......力不足を恨むばかりだ」


 ぐぬぬぬぬぬぬ、とたろーはうなる。それはもうエンジン並みの爆音で。

 ぜっちゃんはもうその光景は何度も見たためあきらめてはいるが、だからと言って爆音で至近距離でうなられることを許容できるわけではない。


「うるさい」


 雷雲が呼び出され、たろーの頭上へとセットされる。


「いっかい黙れ」


 激しい稲光と、大きな音を轟かせる。


「くぺ」


 たろーは、そのまま数分何言わぬ屍のようになっていた。

 数分経った後、騒がしくなるのは確定だった。


「そーだ! 放置してた世界をかこっと」


「なんで放置......仕事は管理だって言ったよね」


「そうだけどさぁ、実際何も起きない世界を管理って、めんどくさくね?」


「そういう世界は気まぐれで消してる」


「こわっ それなら俺もこの世界消しとくか、特に何もなさそうだし」


 そう言って、たろーはおでこに人差し指と中指を両手で計四本当て、思考を集中させる。

 権限不足で、まだ世界を消去させることはできない。ならば、管理の手間がなくなるぐらいに壊滅させよう。


「一番拡散......音に属性......いや、時間過速付与。この音を......風に乗せて......当たったら加速、聞いた生命体は消滅、ってとこか。完成。権限名称『腐朽の風音』発動」


 その瞬間、その世界は一気に壊滅した。まぎれもない神の代行者の気まぐれによって。


「って、生存者いるじゃん......失敗失敗。いやー、風が完璧に届かない地下で、しかも音を遮断するイヤホンをつけてたとは。しかも無機物の壁に何重にも囲まれて結果シェルターみたいになっていたと。これはやられた」


 頭を抱えたたろー。一度どじったらとことんミスを積み重ねる彼の悪い癖が顔を出す前に、と、次の策を考える。


「いや、生存者二人って、楽しそうだな、しかも降りた駅の近く、いい感じに老朽化してるし。これなら書けそうだ」


「どうしたの、新しい題材?」


「まぁな。タイトルは―――――



 ―――――『朽ちる世界の明日から』ってとこか? 変えてるかもしれないけど。」


「そう。それで、やっと定期更新完結したと思ったらなんか急に増えて、今ちょうど定期更新一つあるくせに不定期二つになった、今のお気持ちは?」


「もっと長時間寝たいです! 寝たいですぅ!」


 空しい声が空中へと反響することなく、空間を振動させるだけだった。

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