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ある商国の働きたくない社畜=2

 最初の侵入者はみすぼらしい格好をした少女だった。


「ここ......どこ......」


 その疲れきった声とは正反対に走りながら迷宮を右に左に移動していく。

 その後、迷宮に入ったのはちょび髭を生やした小太りの男だった。


「ちっ、私の商売道具が! 追え、追え!!」


 必死に少女を商売道具としてとらえようとしているあたり、この男は奴隷商で、彼女が奴隷なのだろうか。

 俺には彼女を保護するメリットもそのための資源も余裕もないので、残念ながら迷宮内で運よく奴隷商が諦めても、そのまま迷路で朽ち果ててもらう予定だ。


「あの子、かわいそう......」


 隣にいるピクシーがどうやら感情移入しているようだ。

 実を言うとあんな可愛いロリっ子見逃すのは俺としても惜しい。だが、その少女を仮に保護したとして、俺たちの命を懸けてまで保護することが可能かどうか、なのだ。

 そのうえ、次もまた来るだろう。

 次に来たのが少女じゃなくて同情すらされなかったら朽ち果てるのだろうか? 少女だけど可愛くないから見捨てるのだろうか? それじゃあ、やっていることは奴隷商と何ら変わりはない、命を道具として、命を選別して。命を軽視する行いだ。

 だからこそ、一つ一つの枯れ行く命に、潰える思いに、誠実であるべきなのだ。


「下手な同情は己の首を絞めるだけだぞ」


 ラスボスになり切れているからかもしれない。この世界で命を賭けた経営をしているからかもしれない。平和な日本で生きていた人間の発想ではないだろうが、それでも裏にはこういった感情を燻ぶらせていた。

 自然の摂理に従わせ、俺たちが何も手を伸ばすことなく。一人で立ち上がって、一人で紡いでいくその物語に価値がある。別に誰かに手を伸ばされたからクソだ、なんて話じゃあない。ただ、一度助けてもらったらそれが癖になる、というだけなのだ。

 自身が何もしなくても何かが変化する、自分の都合の良いように動いてくれる。

 そんなもの、自分で何もしなくなるに決まっているだろう。自分で何かするのはいつだって自分にしかできないと考えたからだろう。誰かの手を拒んだか、誰かの手にはできないか、そんなことはどうだっていい。ただ、その手で、自分の手を伸ばして、自分の手でつかんだ何かが。その何かこそが、俺の求めている『物語』。


「迷いの森をどういった方法でもいいから一人で抜けて、この第三階層に到達したら、俺はピクシー、君の保護の提案を受けても良い」


「! ほんと!」


「しかし、君の手助けは一切認めない」


「わかった!」


 だからこそ、森を抜けたという結果を残したのならば、その手につかんだ結果を、俺は称賛し、正当に評価するべきなのだろう。命を狩るというのであれば容赦なく排除するが。

 とは言っても、未だ一階層。奴隷商から何かしらの理由で逃げ出したのだから、彼女にも覚悟はあるだろう。志半ばで捕まる可能性も、自由を手に入れられずに朽ち果てる可能性も。

 だから今もなお、必死に、息も絶え絶えになりながら走っているのだろう。道はそっちではないが。


「道を教えたくなっちゃう......」


「わかってるよな」


「わかってる、手助けをしたらだめなんだよね」


 必死に走っているが、もう奴隷商はここが迷宮だと分かっているからか、それともまた別の理由かはわからないが、彼女を諦め撤退している。


「後は彼女がどこまで来れるか、だ」


 くすんだ金髪に、どこか光を見つけたかのような大きな青い双眸。

 ひたすらはだしでかけているところを見ると、それだけで感動してきた。


「これだよ、これ。生を渇望して、生に執着して、そして目の前に映る絶望に、どう立ち向かうのか! それが物語なんだよ!」


 やっと、やっと見られそうだ。この世界に来て早々に最高の物語を見ることが出来そうだ。

 この世界に呼び出した神を最初は身勝手だと罵ろうと思っていたが、もうやめた。満足だ。この物語が見られるだけで、これからもっとたくさんの物語の可能性を与えてくれるのであれば、俺は喜んであいつらの傀儡にでもなろう。


「さて、見せてくれ。君の生への思いを!」


 モニターに目が釘付けになる。

 少しづつ彼女は正規ルートを通り始め、やがて次の階層へと向かう階段を見つけた。

 しかしそこは二階層へと続く階段。決して次のほうが楽なんてことはない。

 しかし彼女は足を踏み入れる。

 その目に覚悟を宿しながら。


「これだよ、これぇ!」


「ねぇ、もう助けてあげようよ!」


「そうだな、今日は満足した。けど、手は出さなくてよさそうだ」


「どうして? あんなにふらふらなのに!」


 もう彼女は疲れ切って走ることが出来なくなっていた。

 奴隷、というだけあってどこかに監禁でもされていたのだろうか、どちらにせよ良い待遇ではなかったのは間違いないだろう。

 その状態からここまで走ってきた。ならばあとは決まっているだろう。


「......あ」


 薄汚れた体から、初めて声が漏れた。


 迷いの森。それはランダム転移。

 その階層のどこに転移してもおかしくないのだから、スタート地点からゴール地点まで転移しても、何ら不思議なことではない。ただ、どこまでも強運だっただけだ。


「もしかして助けてくれたの!?」


「いんや、そうじゃあない。こういう時は相場が決まっているんだ」


 ぼろぼろの主人公は、運よく認められ、安全地帯にたどり着いた――って。


 きっと彼女は、主人公になる。

 これから彼女を連れているだけで、もっと災難が来て、もっと物語は加速する。

 それだけが、俺の望み。俺のこの世界での目標。


「それだけが、俺の生きがいなんだ――――」


 彼は、天を仰いだ。

 この世界に感謝を、転移させたあの爺さんに感謝を、そして――――


「君に、感謝を」


 こうして彼は、夕凪 幸助は、初めて少女を迎え入れる準備をした。

 これからの生活に想いを馳せながら。






 数日後。

 見違えるようにきれいになった、というよりは奴隷商がいかに劣悪な環境に置いていたかわかる結果となった。

 食事は腐った野菜を使ったスープとネズミの肉、それ以外はずっと手すりに拘束され用は垂れ流し。そりゃあ悪臭も漂うし宝石もくすんでしまう。

 だからこそ彼女には、可能性の塊には俺が全力投資――――とまではいかないが、できるだけ普通の生活を送らせてやろうと、そう思った。

 しかしここで間違えてはならない。その奴隷の少女がかわいそうだから保護する、だなんて甘っちょろい話ではない。その主人公体質を存分に発揮してダンジョンに貢献してくれ、という何とも自己勝手な都合の話なのだ。もちろんピクシーはそんなこと気付いてはいないだろうが。

 しかし、今のところは彼女を捨てることはなさそうだ。


 その理由は、今もなお探索を続ける大量の冒険者にあった。

 ひたすらに迷いの森をさまよい続けている。答えを引いた彼女がとてつもない強運だった、という話をしただろう。実際に同じような部屋がいくつも、同じように連なっており、方向感覚も大いに狂わさせられていることだろう。

 そして余ったポイントをつぎ込んで三階層、四階層を同じ迷いの森に、そして設置型アイテムとして植物の幻草、というのを設置した。

 効力は一定以下の生物に幻を見せるらしいが......

 と思っていた矢先、冒険者が味方内を始めたときは始まった、と思った。

 味方の裏切りはこれまた楽しいからな!


 そうだ、ポイントがたまったから、思い切って十階層まで迷いの森を伸ばしてみよう!


 パソコンを操作し、保存を押した瞬間、無慈悲にもダンジョンが一気に倍の大きさになった。


 迷いの森。たくさんの冒険者を抱え、今日も転移を続けている。

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