ケース3 哀川 愛理 二人目
「今日、行きますぞ」
そう、唐突に告げられた。何があったのかな?
昨日、タイミングを見計らう、って言われたばっかりなのに、昨日の今日っていうのはまさにこのことなのかな?
少しお嬢様っぽく振舞ってみたくなったから、口調を変えてみよう。なんか楽しそう。
「近隣の村が壊滅でもされましたの?」
「いえ、その逆、襲撃したどこかのダンジョンマスターのモンスターが大量に倒されました」
そう、告げられた。これは口調を変えて遊んでいる場合ではない。もしかしたら!
「ちなみにイケメンは」
「すべてゴブリンですから、なんとも......それと、村の被害が一人、出ていたようなのでそっちも試していきましょう」
イケメンはいないか。ちっ。けどまぁ、仕方ない。それに、戦力がほとんどない今は猫の手も借りたい、ゴブリンの死体も欲しい状態。もらっておいて損はなさそう。
っと、それと、村の被害が一名......案外少ない。大量のゴブリンも、そこまで強くないのかな? 物量作戦って言葉もあるくらいだし、もっと被害が出てそうだけど。具体的には美女を守ろうとしたイケメンとか。けど、未だに躊躇いがある。
「ついに人に使うのですか......まぁ、もう生きてはいないので人かどうかは怪しいですね」
思い切ってやってみろ、それが私の生き方だ!
人間に対しての成功率はモンスターに比べて低いようで、アンデッドになってもこちらの傘下になってくれない場合もあるらしい。
とりあえずゴブリンをアンデッドにするだけで兵力確保になるらしい。だから、人間の一人や二人、気にはしないけど。
そう思いながらも、村への遠征準備を行う。
ダンジョンを留守にすることになるのは結構不安要素だけど、それに見合ったリターンがある。というかそうしないといずれ野垂れ死ぬ。さっさと覚悟を決めろってんだ!
服は変える余裕なんてないからケチって、あとは水と、食料......カロリーフレンドと、あと......
思いついたものを片っ端からバッグに詰め込んだ。
もう大丈夫だろうと思ったので後ろを振り向く。そこには腰に剣を刺した執事が立っていた。カッコいい!
なにはともあれ、私も執事も用意を済ませた。
「それではお嬢様、作戦決行は今夜で」
「わかったわ」
二人は、それぞれ別の作業を始めるのだった。
執事は剣を研ぎ始める。
私は今回使ったポイントを帳簿にして管理するために一つ一つ書き記していく。
そして今夜。
大量のゴブリンの死体が転がり、村では一人の男の死に皆が悲しんでいるところだった。
この悲しんでいる人たちに悪いことをするとは思っているが、自分が生き残る第一歩なので仕方がない。
というのは名目で、イケメンだったらぜひとも侍らせたい。その一心だった。そういえば、この世界も火葬が一般的らしいけど、骨壺に入った人に魔法を使って、イケメンに戻るのかな? いくら何でも魔法でそれは無理があると思うんだけど、どこまで行けるんだろう......
そんな考えをしているうちに、そのなくなった一人の男性の墓へとついていた。
もう火葬は終わり、あとは聖職者の祈りでアンデッドにできなくなるところだった。
が、どうやら聖職者がまだ祈りをしていないようで、可能性としては微妙ながらも存在していた。
「さて、ゴブリンの死体は私がダンジョンに運んでおきますので、お嬢様はこちらの墓の子に魔法を」
「わかったわ」
目の前にある墓、その土に埋まっている骨に、魔法をかけるイメージ。
「我は願う 汝が魂 現世に残り力を示せ」
その瞬間、土の中から魂魄が突然、その骨のところへと宿った。
執事に聞いていた魔法の効果は、手から出た小さな青い球が中に入ると聞いていたのだけれど......
どうやら、アンデッドが出てこない当たり、力にはなってくれなさそう。
けれど、この魔法で確かにアンデッドが誕生した。野良と呼ぶべきか、はぐれと呼ぶべきか、私の初めてのアンデッド。
彼があの魂の中に宿る自我をもし取り戻したら、どんな物語があるのかしら?
私は、その墓に背を向けて歩き出す。
なんで、執事に抱き着くイベントを逃してしまったのかと、後悔の念に駆られながら。
月光が強く光る。
教会の隣の墓は白く光り、一本だけ生えた木は影を伸ばす。
魂が木々に集まっている。青い球が幻想的に空中を舞う光景は、この世ならざるものがこの世に遺す最後の舞踊のようだった。
あいにくと、魂を縛り付けて味方になってもらう、ゴースト化魔法は魔法の詠唱も魔力量も、いろいろと足りない。
仲間になってもらえないのは残念だけど、今はこの光景を楽しむとしようか。
会社漬けの世界から別の世界へと移動させられた彼女は、こんなスローライフも悪くないと、そしてあわよくば世の死したイケメンたちをわが手に、その野望を胸に、これからの生活に思いを馳せるのだった。
「どうだった、たろー」
「こいつを選んで正解だった。こんな面白い理由でアンデッド使いになることは滅多にないだろう! しかもこいつのおかげとは......」
たろーはどこか遠いところを見つめ天を仰いだ。
「そうだね。とりあえずこの子は生き残ったほうが楽しそう」
後々に起こそうとしているのは、我が物顔で世界を破壊するヒト族なのだ。面白くないやつが残ったって、対策はすぐに考えられて踏破されるだろう。
面白い、奇抜な奴が残れば、俺たちも楽しい、ダンジョンも踏破されにくい、ヒトの間引きができるとよいことづくめだ。
「いいことづくめだけど、問題も起きてる」
「どんなもんだ?」
「領地問題、ここは俺が先に取った、でも俺が欲しい、とか、そんなしょうもない三下どもの諍いが多発している」
「そうか......あれだな。ダンジョンバトル、実装するか」
「ダンジョンバトル?」
たろーは説明をする。
ルールはとりあえずダンジョンタイムアタック、モンスターコロシアム、資産運用等々。
ダンジョンマスターがもう一人のダンジョンマスターに戦を申し込める。申し込まれたダンジョンマスターは断れるが、断りすぎると罰則が生じる。
何かを賭けて戦っても良し。
「こんなものだろう」
「またダンジョンマスターの欲望が直に出るようなシステム......たろーの世界って、どうしてこんな欲望まみれなのにいまだに崩壊しないんだろうね、魔法もないのに」
「むしろ、魔法がないから欲望をかなえる術がないってことだろ。そう考えたら、あの世界に魔法がなくて、よかった」
きっと、あの世界に魔法があったら、今頃戦争でもおっぱじめてるだろう。なにせ何も持っていないのに銃に匹敵する武器を持っているようなものだ。不意打ちはもちろん、その多種多様性をほぼノーコストで出せる、管理も人だから兵器に比べて楽だ。
前書いた魔力極振りでは、主人公の才能が才能だったからあの結末だったが、あれが全部に才能が有りましたなんて言うものだったら、いわゆる典型的なろう小説、俺TUEEEをしてハーレムとかそういうまだ優しいほうの野望で済んだのだろうか。もしかしたら、国家に反逆して一人で建国でも始めていたかもしれん。
何が言いたいのかというと、一歩間違うだけで、醜い人間の欲求を満たそうとする戦いを描いていた。
そう考えただけで、今見ている世界は表には出てないにしてもどれだけ治安が悪いのかと心配になってきた。
「治安は王都ならまだいいほう」
「どうしてだ」
「銃を持って銃を制す、なら、魔法をもって魔法を制す、スキルをもってスキルを制す。力をもって、力を制す。そういうことだよ」
遠回しな言い方をしているが、つまるところ、誰もがその力を持っているから、力あるものがしっかりとその力を暴走しないように制御しているということだろう。
「そう考えると、俺がスキルを追加したのも良かったのかもな」
人が欲望を満たすために、力を振るう。己が成り上がるために、他人を平気で蹴落とす。
スキルという新たな力が登場したからこその、醜く美しい世界だ。
そう考えていたが、ぜっちゃんはそこまで喜んではいないようだ。
「処理的には結構食うからほかの方法なかったのかと問い詰めたいけど、実際見ていて面白いから許す」
「うっ......処理の話をされると耳が痛い」
あの頃は俺も若かったってことだ......
「それはともかくとして」
「お、おう、どうした?」
「この人、まだ見る?」
「そうだな。どうせこの後は襲撃来てないだろうし、イケメンも一人いたらいいほうだろうから、ちょっと飛ばしてから見るか」
「分かった」
少し飛ばして、限りなく今に近い記録を確認する。
「よ、よし、やっと終わった......」
大量のゴブリンをゴブリンゾンビへと変える作業、かかること丸一日。
失敗したものも少なくないが、それでも三十を超えるゾンビを手に入れた。これがダンジョンマスターの苦労だけで、お値段プライスレスだというのだから、魂魄魔法はずいぶんと便利みたい。
さっき見たタブレット端末も、死霊が異常な上がり幅を見せていた。一つに特化するというのは天敵にあったときに怖いが、天敵以外にはめっぽう強いから変えられない。まぁ、イケメン逆ハーレムするためにも、これからも特化しよう!
目指すはイケメンの集うダンジョン!
そうやって、私のイケメン逆ハーレム建国日記は、幕を上げた!
「そうだな、まぁ、強く生きてほしいな」
「そうだね」
たろーとぜっちゃんはそう話す。
イケメンを狙っているにもかかわらず、人の多い王都から直線距離で徒歩一日以上かかる、辺鄙な村の近くで、しかもあそこには強力なスキル持ちがそろっている。
イケメンは遠く、されど危険はすぐそこに。獣を揃えていた彼よりも環境的には厳しそうだ。
というか、ゴブリンの胸糞悪いやつの軍を自身の戦力に出来ているあたり、運は持ち合わせているのだろう。それがどこまで続くか、見ものだな。今はもう全部見てしまったけど。
「それじゃ、また仕事するか」
「わかった、がんばって」
そう言って、二人はまたやるべきことをしに行くのだった。




