表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

レイニーヘヴン

作者: 九藤 朋

 雨が降っていた。

 冷たくもない、温かくもない雨が、ただ淡々と。


 それは今の彼の心境に相応しく思えた。

 ビルの屋上から曇天を見上げる顔は傘に守られるでもなく濡れている。

 雨のシャワーを諾々と享受する彼に声が掛かる。


(きょう)


 叱るような、或いは懇願するような声に、恐は顔を向ける。緩慢に。


「風邪をひくわよ」


 そう言った(かおる)が投げて寄越したのは、傘でもタオルでもなく、ホット缶コーヒーだった。

 恐の行為が、一種の儀式であることを、郁は理解していた。

 即ち、妹を殺された復讐心を忘れない為の――――。


 恐も郁も、組織内におけるコードネームだ。本名はもう、互いに遠い過去に置いてきた。

 

 十年前、妹を暴力団に殺害された恐は、その復讐の為だけに裏社会に身を投じた。

 郁は恐の、まだあどけないような顔を眺める。

 両親を亡くしたあと、二人三脚で生きてきた、仲睦まじい兄妹だったと聴いている。妹はある日、図書館に本を返すと言って出掛け、そしてそのまま帰らなかった。永久に。冷たくも温かくもない、こんな雨の降る日の出来事。


 恐はプルタブを開け、コーヒーを口に含んだ。

 濡れながら妹の最期の笑顔を想う。


「取引場所が解ったそうよ」

「――――どこ」


 雨と同じく淡々とした恐の、その問いだけは、鋭利なナイフのようで、郁は内心、固唾を呑んだ。

 メモを渡す。受け取った恐は、天使のような笑みを浮かべた。



 ガーネンは倉庫で取引相手を待ちながら、嫌な雨だと思った。どうせ降るなら、豪雨であれば良い。街を蒼く染め上げれば良い。こんな雨の日が昔もあった。民間人の少女を、組織絡みの抗争に巻き込み、死なせた。だからと言って、ガーネンに別段、悔いはなかった。自然淘汰だ。必要な事象であったのだ、と自分を納得させる。彼女が死の直前、お兄ちゃん、と呼んだ声は、なぜだか耳から離れないが。


 薄手のコートの懐に忍ばせた、M3913を布地の上から撫でる。日本のSATなどがよく利用する自動拳銃を、ガーネンは愛用していた。寂れた倉庫の中は、湿気が籠り、その癖どこかうすら寒く、季節感を麻痺させる。ガーネンは今朝、起きた時からの違和感をまたも感じていた。


 いつもと異なる一日となる。そんな予感にも似た確信。


 倉庫の扉が、開く音がした。

 錆びついた蝶番(ちょうつがい)の奏でる耳障りな不協和音。

 ガーネンの他の仲間たちも、この空気に()んでいたと見えて、やっと来たかという弛緩めいた気持ちを、誰しもが抱いた。


 だがそこに立っていたのは、取引相手ではなかった。

 

 死神だ。


 ガーネンは瞬時にそう思った。


 まだ二十歳そこそこと見える、若い青年が構えるコルトガバメントが咆哮を上げる。彼の後ろに続く仲間と思しき男たちの手にも自動拳銃はあった。凄まじい銃撃戦となったが、戦いを制したのは、先手必勝のセオリーに則った青年――――恐たちだった。ガーネンは、今朝、成行きで面倒を見ている老犬が、彼のコートの裾を(くわ)えて離すまいとしたことを思い出していた。薄れゆく意識の中。普段は聞き分けの良い犬が、この日に限って。


 恐は微笑を浮かべてガーネンに歩み寄る。

 まるで慕わしい旧友のようにガーネンの背に手を回し、抱き締め、彼と自分諸共、コルトガバメントで撃ち抜いた。逢いたかったよ、という囁きが、誰に対するものなのか、ガーネンには解らない。



 一足遅れで現場に着いた郁は、ガーネンと重なるように息絶えた恐を見て、髪の毛を搔き(むし)り、声にならない声を上げた。

 最初から恐は、絶望の縁に佇んでいたのだ。

 妹を殺した世界に背を向けて、その目は生や未来を見てはいなかった。


 恐の唇には微笑の名残があった。


 雨が降っている。

 冷たくもない、温かくもない雨が、ただ淡々と。





挿絵(By みてみん)






この作品を書くに当たりまして、恐怖院怨念さんには「恐」の、EXITさんには「ガーネン」のモデルとなっていただきました。御礼申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ・ぐうの音しか出ない描写の綺麗さ ・M1911は知名度がすばらしい ・警察なのか暴力団なのか、暈してあるところもグッド ・復讐を果たした主人公の悲しさと涙の出てくる美しさ [気になる点] …
[良い点] 描写が的確で、心理描写にもなっている所、とにかくどう考えれば、淀みない情景描写ができるのか、いろいろ考えさせられます。恐の感情も、死後に浮かべた微笑も、納得できます。 [一言] 私も、こん…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ