第7話:侵入者
サキが人間の美少女の姿をしていて本当によかった。
うたた寝から目を覚ました俺は、心からそう思った。
もしもサキがR2D2みたいな姿だったら、俺はためらいなく破壊していたかもしれない。
仕方が無いんだ。可愛いは正義なんだ。
元々、俺は可愛い小動物に生まれ変わり、美少女に愛されて暮らすのを渇望している。
帝王竜とかいう変な生き物になってしまい、人間の記憶を持ったままなのに、人間の美少女に接せないというのはつらいものがある。察してくれ。
そういえば、グランツ王国の「くっ殺せ」とか言いそうなあの剣士もなかなかの美人だった。
どうせ殺されるなら、不細工なモンスターより美少女剣士とかに殺されたい。
その願いは叶わなかったが。
そんな中、サキは俺にとってマスコットであり、癒しであり、魂の救済に一役買っている大事な存在だ。
防衛システムの戦闘能力とかはぶっちゃけどうでもいい。
可愛い女の子が傍にいる。それだけで俺は生前より幸せなのかもしれない。
おっぱいが小さいのが俺としては多少不満だが。
しかし、当初の目的を忘れてはいけない。
俺はあの誤発注女神にもう一度会い、今度こそ小動物にしてもらい、暖かく幸せな暮らしをするのだ。
そう……春の日差しが差し込む真っ白な部屋の中、大和撫子のようなお嬢様が本を読んでいて、俺はその膝の上にそっと寄り添うんだ。そして、たまに頭を撫でてもらったり、キスをしたりするのだ。
以前の俺だったら、美少女にキスなんかしたら警察が飛んできて拘置所まっしぐらだろうが、愛らしい小動物ならば全てが許される。なぜなら可愛い小動物だから。
というわけで、俺は絶対に帝王竜をやめねばならない。
でも、一つだけ懸案事項が出来てしまった。サキの扱いだ。
ここに住んでいたサキを強引にねじ伏せ、俺はこの廃都アドミラルに居候させてもらっている。
その非礼を詫びた俺を、サキは優しく許してくれた。
俺が死んだらサキはまた一人ぼっちになってしまう。
俺の方が強いからサキは従ってくれているんだろうけど、それは上司と部下の関係に近い。
そして、俺はあんまりいい上司じゃない。
そう考えると、やっぱりこの廃都からあの子を連れ出してやりたい。
いや、サキはここの生まれなんだから、やっぱりここに住んでいた方がいいんだろうか。
よく分からない。ただ一つ言えるのは、サキには幸せになってもらいたい。
俺はハムスターとして幸せを掴み、サキは沢山の仲間に囲まれて幸せに暮らす。
それがお互いのゴールとして一番だろう。
「となると、やはりサキに必要なのは……仲間、友達のような存在か……」
サキとまともに話し始めたのがここ一週間くらいだから、正直彼女の事は詳しくない。
でも、俺の事を様付で呼んだりするあたり、誰かに依存したいのかもしれない。
そう考えると、俺はやっぱりいい相手とは言えないだろう。
小動物になるために殺してくれる相手を探している竜なんて異常だ。
そもそもドラゴンだし、サキは人間ではないけど、俺は彼女を人間として扱っている。
だったらやはり人間の……少なくとも人間に近い同性がよいのではないだろうか。
「確か『亜人』と呼ばれる種族がこの世界には居たはずだが」
俺は二千年も生きている癖に、驚くほどこの世界の事を知らない。
生まれて千年間は人間で言う乳幼児みたいなものだったし、その後はずっとこの都市に引きこもっていた。サキがたまに漏らす周辺情報は、竜時代の俺は虫の鳴き声程度にしか考えていなかった。
だからもう、本っっ当にどんな世界が広がっているのか分からない。
かろうじて知っているのは、帝王竜ほどではないが強大な古代種が存在している事と、さっき言った『亜人』という、人に似た異種族がいる事くらいだ。
「お休み中失礼します。ドヴェルグ様。ご報告したい事があります」
どうしたもんかと思い悩んでいると、当のサキがやってきた。
辺りは既に夜になっていて、小柄な体躯から伸びる短く白い髪が、月の光を反射して輝いているように見えた。
「……何の用だ?」
俺が問うと、サキはちまちました足取りで俺の目の前に来て、片膝を付いた。
「その姿勢はやめろと言っただろう。我はお前に敬意を払われる存在ではないと言ったであろう」
「いいえ、私が敬意を払うお方は、ドヴェルグ様のみです」
俺は内心で頭を抱えた。
これは『刷り込み』という奴じゃないだろうか。
生まればかりのアヒルが、動く奴を見て親だと思い込んで付いてきちゃうアレである。
サキは俺と戦った日に初めて起動したらしいし、それ以降、都市の外部には情報収集や見回りでしか出ない。他の生物とコンタクトを取った事が無いのだ。俺もだけど。
「それで、用件は何だ?」
この辺りはおいおい何とかしていくしかない。
とりあえず、俺はサキの報告を聞く事にした。
「実は、森の外れに亜人の集団の気配を感じました。帝王竜ドヴェルグ様の縄張りに入り込んだ不届き者です」
サキは事務的に答える。
え? この辺って俺の縄張りだったの?
この都に居候させてもらってるけど、俺はこの都市の内部でしか暮らしてないぞ。
そもそも、この都市の主はサキなんだから、サキの縄張りと言うべきでは。
「ま、まあいい、その亜人たちはどのあたりに居るのだ?」
「ここから十数キロ離れた場所に気配があります。数は数十程度でしょう」
縄張り広くね? 俺、この巣で充分なんだけど。
ていうか、森には沢山の獣がいるはずだが、そんな離れた場所に居る集団よく感知できたな。
俺もやれば出来るのかもしれないが、やり方も分からないしやる気もない。
多分これからもやらないだろう。めんどくさそうだし。
「亜人か……」
サキのチート性能はさておき、これは渡りに船なんじゃないだろうか。
亜人は文字通り、人に近い生態を持っている。サキの友人としてはぴったりなのではないだろうか。
ただ、人よりも野獣に近い存在も多いらしいから、その辺りは確認しないとな。
「その亜人の種類は分かるか?」
「恐らく、エルフだと思われます」
「……エルフだと? エルフというと、人間に近くて長い耳を持ち、美貌を持ったあのエルフか?」
「人間の基準で言えば美しいのでしょう。エルフを愛玩動物として欲しがる人間も多いと聞きます」
マジかよ俺も欲しいわ。
……いかん。つい素が出てしまった。ここは冷静になるんだ。
これは本当にチャンスではないか。エルフはかなり人間に近く、それでいて人間ではない。
俺はさらにサキに情報を促す。サキに友達が出来るチャンスだ。
「その中に、女子供は混じっているのか?」
「魔力量や熱量から察するに、ほとんどがその類だと思われます。理由は分かりませんが、男性はほとんどいないようです。妙といえば妙です。普通、そういう弱者を護衛するのは男エルフですから」
イヤッホー! ……と俺は叫びたくなった。
男が存在しない。素晴らしい。いや、全然素晴らしくないんだろうな。
護衛がいないままサキ……じゃなかった帝王竜の縄張りに入り込むなんて、絶対何かあるはずだ。
「それで、ドヴェルグ様の許可が下りれば、殺処分しにいこうかと思っていたのですが」
「……何?」
え? なにいきなり怖い事言ってるの、この子。
だって、女子供だけで森の中を進んでるんだよ?
それを殺しにしくとか鬼畜の所業やんけ。
俺は困惑していたが、サキは淡々と言葉を紡いでいく。
「愚かにもドヴェルグ様の縄張りに土足で踏み入ったのです。ここに元々住んでいた獣たちはドヴェルグ様の温情により生存を許されていますが、奴らは侵入者です。ならば排除するのが一番かと」
「待て」
いやいや、ちょっと待って下さいサキさん。
「何か問題でも?」
サキは不思議そうな表情で俺を見上げたが、問題大ありである。
まいったな。このままサキに任せておいたら、起こる必要のない惨劇が繰り広げられる可能性がある。
「……私が直接出向こう。サキよ、場所を教えるがよい」
「え!? ど、ドヴェルグ様がですか!?」
サキは元々大きい目をさらに見開き、驚愕の表情を作る。
だって、俺が行かないと絶対ろくなことにならない。
どんな馬鹿でもそれくらい分かる。
「我に考えがあるのだ。まあ、黙って見ているがよい」
「……承知しました」
多少不満げではあったが、俺がそう言うと、サキは大人しく引き下がった。
そうして俺は、ねぐらにしていた建物から出ると、翼を羽ばたかせ夜空に舞い上がった。
「何とかして、エルフがサキに殺されないようにしないと……」
俺はアドミラルを飛び出し、サキに教えてもらった方角へ飛んでいく。
考えがあるのだとサキには言ったが、実は何にもいいアイディアを考えていなかった。