第5話:神託
「あなたがに自我が芽生えた頃、この録音は再生されているでしょう。結論から言いますと、あなたを小動物にするのはあの時点では不可能でした」
女神の録音は、無慈悲な通告を俺に突きつけて来た。話が違う。
「……なので、あなたを最強の帝王竜にしておきました」
何が『なので』なんだ。俺はそう突っ込みたかったが、これは録音らしいので言っても無駄だ。
まずは状況を把握せねばならない。俺はなけなしの理性を総動員し、堪えた。
「人間から小動物になりたがる方は思った以上に多いようで……ああ、現代人はなんと疲れ切っているのでしょう……不憫な事です。人間から人間になるより、人間をやめたがる人間が予想以上に多かったのです」
女神は頬に手を当て、困ったようなポーズを取った。いや、困ってるのは俺の方だよ。
「ペットショップで大量に押し込められているハムスターなら空きがあったのですが、『心優しい美少女に飼われる』という条件が難しかったのです。皆、同じような事を考えるので枠が一杯だったのです」
俺と同じような考え方の転生者って意外と多いのかよ。みんな大変だ。
だとしても、何がどうなって帝王竜にされたのか、まだその説明を受けていない。
「あなたは人間は絶対に嫌だと言いました。ですが、約束を守れないのは私のプライドに反します。なので、せめてもの補てんとして、いっそのこと最強クラスの生物に一時的に転生して貰うことにしたのです。外敵に怯えなくなるという点では一緒ですし、一度くらい王者を体験するのも悪くないのではないでしょうか」
なるほど、女神なりに気を使ってくれたというわけだ。
でもねえ……それってどうなのよ?
例えばだよ? 俺がせんべいをお店に注文したとする。で、たまたまその店に在庫が無かった。店長は申し訳なく思い、代わりに最高級のケーキをホールで用意してくれた。
大抵の奴は得したと思うかもしれない。でも、もしも客が卵アレルギーだったとしたら、いくら豪勢なケーキをもらっても嬉しくないわけだ。むしろ、豪勢な分だけ扱いに困ってしまうだろう。
ちゃんと客の要望を聞いたうえでカバーして欲しい。俺はハムスターとかオカメインコとか……とにかくそういう小動物がよかったんだよ!
「もちろん、あなたの希望は叶えます。今は枠が一杯でしたが、来世では美少女に愛される可愛らしい小動物の枠を優先して確保しておきましょう。それまで、帝王竜として、王者の生を楽しんで下さいね。あなたが天寿を全うしたら、またお会いしましょう」
それだけ言うと、女神は微笑を浮かべながら、光の粒子になって消えた。
なに勝手に消えてんだ。
後に残されたのは、呆然と立ち尽くす俺。そして、不安げな表情でこちらを窺う白い少女だけだった。
「……なんという事だ」
俺はそう呟いた。それ以外の言葉が出て来なかった。
自我が芽生えるっていうのは、多分、反抗期の事なんだろう。反抗期って書くとあんまりいい響きじゃないが、それまで当たり前だと思っていた世界に疑問を持つようになる時期。つまり、『自分』という存在を確立する年代だ。
(……って事は、俺は今、ドラゴンの思春期真っただ中って事か?)
恐らくそうなんだろう。竜の自我の覚醒と共に、魂の奥底に眠っていた人間の記憶も引っ張り出されたのだ。ちょっと待て。そんな事より重大な事がある。
反抗期ってのは若い時期に起こる。人間基準で考えるなら、帝王竜の二千歳が、人間でいう十五歳くらいだとしよう。
仮に七十五歳で寿命を全うするとして、今から五倍すればいいから……一万年!?
あと八千年もの間、帝王竜として過ごさねばならない事実に俺は愕然とした。
帝王竜だった頃は時間の感覚が違うせいか、二千年は大して気にならなかった。
だが、人間の意識を取り戻した俺にとって、八千年は長すぎる。
ブッダだって生きてる間の数十年で悟りを開いたのに、凡人の俺が数千年過ごすとかどんな苦行だ。
これはもう速攻で女神にクレームを入れるべきだが、連絡方法が無い。
サポセンを通り越し、消費者センターに訴える案件なんじゃないだろうか。
ちくしょう。クーリングオフ期間が過ぎた後に商品を送りつけてくる悪徳業者に騙された気分だ。
何とかして一刻も早く帝王竜をやめないとならないが、俺はこの二千年で怪我も病気もした事が無い。
しかも、この世界には大気中に『魔力』と呼ばれるものがあり、帝王竜はそれを全身で吸収する事が出来る。趣味以外で飲食の必要が無いのだ。逆に言うと、断食して餓死する方法も使えない。
「……ならばやる事は一つしかない」
俺は覚悟を決めた。こうなったら……死ぬしかない!
俺は確かに最強クラスの種族『帝王竜』だ。だが、帝王竜の中ではもっとも弱い存在だ。
「奴は我ら帝王竜の中では最弱……」とか言われて、主人公達のかませになるポジションなのだ。だが、俺より強い同族は勝手に全滅した。俺を殺せる奴がいないのだ。
ここはポジティブに考えようじゃないか。俺は頂点の底辺なのだ。
ならば、俺より多少劣る種族の中でも、その中の最強の奴なら俺を殺せる奴もいるんじゃないだろうか。
だが、いかんせん情報が足りない。俺は生まれて千年間の間、ずっと幼竜として火山の近くで眠るように過ごしていた。動物の赤ん坊が身体を作るために寝るのと同じだ。
それから千年間は、この廃都でずっと寝て過ごしていた。これは俺の魂が怠惰だったせいである。
つまり、周りにどんな種族がいて、俺を倒せる種族がどういう奴なのかがほとんど分からない。
風の噂で聞いた、人間が竜殺しの剣を持っているという事くらいしか知らない。
その時、俺の視界の端に、白い少女が居る事に気付いたのだ。これが後のサキである。
顔を合わせて千年にもなるが、彼女に俺が話しかけるのは、この日が初めてだった。
「貴様に聞きたい事がある。答えろ」
「は、はい!」
俺はなるべく丁寧な口調で少女に話しかけた。少女は緊張のあまりガチガチに固まっていた。
俺の口調がおかしいのか、それとも外見が怖いからだろうか。
俺は「ちょっと聞きたい事があるんですが、教えてくれませんか?」と言ったはずなので、多分後者のはずだ。
「我は強者との戦いをせねばならなくなった。お前の知っている事を、我に伝えるのだ」
「え? い、いきなりどうされたんですか!?」
少女は困惑した表情で俺を見上げる。そりゃ、千年間無視し続けて、しかもほとんど寝てた奴が強い奴を知らないかと尋ねてきたら困るだろう。
信じてもらえるとは思えないが、俺は女神の話を包み隠さず伝える事にした。本当の自分――小動物になるためには必要な事なのだ。
「我は今、神託を受けた。我が目的を果たすため、我は強者と戦わねばならない運命にあるのだ」
「帝王竜様の目的ですか……」
白い少女は目をぱちぱちさせ、食い入るように俺を見ていた。
女神に転生させてもらうため、強い奴に倒されたいなんて伝えたらこういう表情にもなるだろう。
……伝わってるよな?
「それで、貴様の名はなんという? 我は帝王竜ドヴェルグだ」
「私は……名前はありません。そういうものは必要なかったので」
少女は頭を振った。何て呼べばいいか分からないと今後困る。
確か、この子はこの廃都の防衛システムだったはずだ。
何だっけ? そういう外敵から身を守る役とかあったよな……そうだ、防人だっけ。
「ならば我が名前を付けてやろう。サキ、というのはどうだ?」
「……サキ、ですか?」
防人だからサキ。ネーミングセンスが無くて大変申し訳ない。
でも、俺が彼女にそう伝えると、何故か彼女の眼から、一筋の涙がこぼれた。
え!? そんなに嫌だった!?
「初めて……名前を呼んでもらえました」
サキははにかむような笑みを浮かべながら、目尻の涙を拭った。
俺はテキトーな名前を付けてしまい、なんだか申し訳無い気持ちになった。
そして、それから千年間の無礼を詫びた。
これが、俺が帝王竜ドヴェルグとなった大体の顛末だ。
さて、昔話はこれくらいにして、これから俺は、俺を倒せる奴を探すために奮闘しなければならない。
最強の中で最弱な俺を殺せる奴は、広い世界にきっといるはずだ。
待ってろ世界。今、俺が死にに行ってやるからな!
次回はサキ視点になる予定です。




