第4話:誇り高き竜の滅びの歴史
あえて言おう。帝王竜は馬鹿である。ホームラン級の馬鹿である。
俺も帝王竜だし、同族を貶めるような事は言いたくない。
俺だって人間の記憶を取り戻しても、元々あんまり頭がいいとは言えない。
だがしかし、それを差し引いても帝王竜の滅び方は間抜けすぎた。
そもそも動物がなぜ頭を使うかというと、頭を使わないと生き残れないからだ。
弱い小動物がたくさん集まって群れを作ったりするのも、いっぱい居ればバラバラに逃げたり、相手が的を絞りにくくなるからだ。つまり、知恵を使って弱さをカバーするわけだ。
で、帝王竜っていうのは生まれついての強者だ。種族のステータスの暴力で大体の事は解決出来る。ウサギはしょっちゅう標的にされるけど、ゾウに喧嘩を売る奴はなかなかいないって言えば、ある程度想像しやすいだろうか。
帝王竜は喋れるし、中途半端に知性があるから、力も相まって他種族から過大評価されてるみたいだが、俺からするとチンパンジーは五歳児並の知能があるからすごいとか言われてるように感じる。
だって五歳児だぜ? 全然すごくないだろそれ。
そんな帝王竜という種族――この世界で最強クラスの奴の最大の敵は……そう、帝王竜である。さっき話したが、帝王竜ってのは、身体も魔力も態度もでかい。
敵もあんまりいないから、帝王竜の中で誰が最強なのかという論争が起こったのだ。最強対最強である。
こうして千年前、怪獣大バトルが開戦となったのだが、その頃の俺は……逃げた!
やっぱり記憶は失っても魂は俺である。当然、俺は日本でドラゴンと戦った経験はない。
売られたケンカは買わねば恥がモットーの帝王竜の中で、俺は笑い者にされたが、そんな事はどうでもよかった。生きねば。
それで俺は廃都アドミラルに逃げ込んだ。本当はもっと険しい山脈や谷底のほうがよかったのだが、そういう場所は既に他の帝王竜が陣取っていたので、仕方なく廃都を巣にせざるを得なかった。
俺がそこに居る事は帝王竜の全員が知っていたが、俺は一番後回しにされた。戦う前から逃亡するチビ雑魚野郎。それが俺の評価だった。
加えて、当時の俺はまだ幼い竜だったし、後でいくらでも倒せると思ったんだろう。
帝王竜は目の前の事しか考えられない直球種族なので、雑魚の俺よりも、隣に入るライバルをぶっ倒すほうが優先順位度が高かったらしい。
俺は周りから最低辺と呼ばれていた。当時の俺は気にも留めていなかったが、これはあんまりなので、自分で『ドヴェルグ』と改名する事にしたのが一週間前だ。
一応、千年間呼ばれたあだ名の名残は残しておいた。みんなは気軽にドベさんと呼んでくれていいぞ。
一方、帝王竜同士の玉座の争いは苛烈を極めた……らしい。
俺の人間時代の引きこもり気質の魂が、外に出る事を拒んでいたのだ。
帝王竜の覇権争いは他の種族の噂にもなっていて、廃都周辺の情報はサキが常にアンテナを張っていたので、俺の耳に入ってくる事も多かった。
もっとも、サキが報告に来ても俺は返事すらしなかったのだが。ごめんな……サキ。
そして滅びの時がやってきた。「こんな不毛な争いやめようぜ」って、誰か止める奴はいなかったのかよって思うだろうが、いなかったから滅びたのだ。
帝王竜はとにかくプライドが高い。戦いを挑まれて「やめる」なんて言うくらいなら死んだ方がマシなのだ。そして死んだ。馬鹿だ。
そんな敵前逃亡をしたのは、人間の魂を心の奥で眠らせていた俺だけだ。
で、帝王竜連中は軒並み死に絶え、俺ともう一頭のチャンピオンだけになった。当然、チャンピオンは俺を始末しにやってきたのだが、ここで悲劇が起こった。
奴がいた位置から、廃都に向かうまでには人間達が住む街――サキが言っていたので思い出したが、グランツ王国を通らねばならない。
チャンピオン帝王竜は、たび重なる激戦を勝ち抜いたものの、一人で同族相手に無双してたんだから、体はもうボロボロだった。
少し休んで俺を殺しにくれば、奴が帝王竜最強の座に君臨していたはずだ。
でも、帝王竜はとにかく最強にこだわる。一分一秒も我慢出来なかったんだろう。それに、いくら俺が雑魚でも、成長すれば倒しにくくなると少ないオツムで考えていたのかもしれない。
というわけで、チャンピオンは瀕死の身体に鞭打って、廃都の俺を殺しにきた。でも、さすがにしんどかったのか、人間達の住む街で一息入れる事にしたようだ。
今の俺は違うが、基本的に帝王竜は、自分達以外の種族を全部「劣等種」のカテゴリーに入れている。人間から搾取なんて当たり前だが、色々と考えが浅かった。
人間からすれば、帝王竜が攻めて来たんだから全力で抵抗しないと国が滅びる。で、帝王竜側も人間楽勝と舐めきっていた。自分がボロボロでも、負けるはずが無いと思っていた。
でも、そこでそいつは討たれたのだ。窮鼠猫を噛むなんていうけれど、多大な犠牲を出しながら、人間達は瀕死の帝王竜を倒したのだ。
例えるなら、体力99パーセント削られてるボスモンスターを、無茶苦茶頑張って残り1パーセント削ったみたいな感じだろうか。
そして、こいつの素材を使って作られたのが「竜殺しの剣」だ。厳密には当時の武器に、帝王竜の素材を使って強化したものになっていたんだろう。細かい事は俺も知らない。
――そんなわけで、俺は戦わずして帝王竜の中の覇王になった。すげえな、全然締まらない話だ。
王位継承権を持ってる連中がみんなで旅行に行ったのだが、一人だけ除け者にされ、上位陣が乗ってたバスが事故って全員死んだから王様になった漫画を読んだ事がある。まさか現実に起こるとは思わなかった。
まあ、俺は帝王竜の中では変人――いや、変竜扱いだったし、現代に至る千年間のうち九百五十年くらいはずっと寝て過ごしていた。
そして、つい一週間前、俺の意識は霧が晴れるように急にクリアになった。俺は最初困惑した。頭がぐちゃぐちゃで、何が起こっているのかすら分からなかった。
それが数日続いた後、ようやく俺は、自分が元々、現代日本の人間であった事を思い出したのだ。そして、ハムスターでもオカメインコでもなく、帝王竜とかいうふざけた奴になってる事に違和感も感じた。
「え!? なぜ我は小動物になっておらんのだ!?」
俺は絶叫した。多分、言葉になってなかっただろう。ねぐらにしていた建物の壁が粉々に砕け、サキがびくりと身震いしたのを俺は覚えている。
そして、俺の咆哮が終わるのを待っていたかのように、あのクソ忌々しい女神がやってきた。
「こんにちは。あなたを転生させた女神です。お加減はいかがでしょうか?」
「我はこんな状況を望んではいない! 一体どうなっている!?」
俺は目の前に現れた女神ににじり寄った。サキには見えていないのか、困惑した表情で隅っこでおろおろしていたが、それどころではない。
「あなたがこれを見ているという事は、私はもうあなたの前に居ないという事でしょう。ですが、状況を教えるため、あなたの意識が覚醒すると録音が発動するよう細工しておきました。言っておきますが、これはあくまで録音なので、質問には一切答えられません。あしからず」
女神――の録音は、実に事務的な表情で、それから俺に絶望を突きつけて来た。