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第2話:帝王竜の過去

「ンンンンンーーーーー!! 人間ンンンンーーーーッ!!」


 ナントカ王国から遥か離れた山岳地帯に辿り着くと、俺は怒りの雄たけびを上げた。

 その衝撃波でごつごつした岩山の一部が砕け散る。


「いかんいかん。環境破壊は良くない。でもなぁ、叫びたくもなるんだよ……」


 帝王竜の力は強すぎて、正直、俺はかなり扱いに困っている。


 気合を入れて叫ぶだけで大木はへし折れる、岩は砕ける。森に住んでる凶暴そうな怪物も蜘蛛の子を散らすように逃げる。ちょっと身じろぎするだけで地形が変わる。とにかく気を使う。


 人間にだって危害を加えるつもりはなかったのに、着地しただけで建物をぶっ壊した。正直すまんかった。


 俺の死骸を素材とかにしてくれれば、充分お釣りがくると思ってもいた。駄目だったから帰り際に謝ったけど、謝って建物が直るなら大工さんはいらない。


 でも、ぶっちゃけた話、人間が俺を殺せる可能性はほぼ無いとも思っていた。


 数千年前に帝王竜を倒した種族の末裔だし、数千年経ってればワンチャンあるかと思っていたが、全然駄目だった。むしろ劣化したのかもしれない。


 最後の帝王竜が死んだ経緯(いきさつ)を俺は知っているので期待薄だったが、そのへんに関してはおいおい説明しよう。


 そもそも、なぜ俺が人間の街に向かったかというと、それは殺されるためである。


 別に俺は自殺志願者ではない。痛い思いをして死ぬのは嫌だ。だが、これはどうしてもやらなければならない事なのだ。俺が本当の俺を取り戻すためには、どうしても死なねばならない。


 ――つまり、生きるために死ぬのだ。



 俺は肩を落としながら、背中の翼を羽ばたかせ帰路に就いている。今でこそ帝王竜ドヴェルグなんて名乗ってはいるが、俺の前世は何の変哲もない普通の人間だったのだ。


 誰も聞いちゃいないだろうが、誰でもいいから俺の身の上話を聞いてくれないだろうか。


 まず、俺が現在に至るまでには、二千年と一週間前まで遡らねばならない。


 前世の俺は、どこにでもいる普通……もしくは普通よりちょっと下の男だった。秋葉原の雑踏に紛れ込むと、枯れ葉とかに擬態する動物よりも目立たなくなる、いらないパッシブスキル持ちだった。


 そんな俺だったが、ある日突然死んでしまった。死因は覚えていない。日頃からあまり運動とかしなかったからかもしれないし、事故だったかもしれない。まあ、もう済んだ話だ。


 俺は気が付くと不思議な空間に居た。辺りは乳白色の(もや)に覆われていて、どこか幻想的な雰囲気だった。


「よくぞいらっしゃいました。迷える魂よ……」

「だ、誰だ!?」


 靄の向こうに人影が現れ、ゆっくりと俺に近付いてくるのが見えた。それは美しい女性だった。銀色の輝くような髪を持っていたが、それよりも特徴的なのは、顔よりもでかいんじゃないかと思える乳だった。


 女神――俺の頭の中にそんな単語が浮かんだ。彼女は俺から二メートルくらい離れた場所に立つと、慈しみを湛えた表情で俺に微笑んだ。


「警戒する必要はありません。私は転生を司る役割を担っている女神です。私が来た理由は、あなたの来世の行く先を決めるためです」


 いきなり電波な事を言われたが、俺は不思議と慌てなかった。自分が死んだ事は何となく理解していたし、生前はあまりいい人生とは言えなかったから未練も特に無い。


「来世の行く先って、俺が選べるもんなの?」

「はい。人間として生を受けたものであれば、来世も人として生まれ変わる権利があります。同じ世界に生まれ変わる場合、記憶は消さねばなりませんが、別の世界に行くのであれば、記憶を引き継ぐ事も可能です」

「へぇ……」


 確かに、俺は腐っても大人なんだから、今の記憶を持ったままで赤ん坊として現代に産まれ直したら色々問題があるだろう。他の世界ならそういう奴を受け入れる場所があるのかもしれない。


「さらに、現代日本人は色々と疲弊しているので、他の世界に産まれるのであれば、神の加護を与える事も可能です。加護を受ければ、その世界では相当優位に立ち回れるでしょう。まあ、補てんのようなものですね」


 女神は一息にそう言った。要するに、強くてニューゲームをする事が可能という事だ。それを聞いた俺は、早速女神に要望を出した。


「じゃあ、元の世界で、心優しい美少女に飼われるハムスターにしてくれ」

「……は?」


 俺の言葉の意味が分からなかったのか、女神は空気が抜けるような返答をした。だが、俺は大マジだった。


「俺も数十年人間やってきたけどさ、ぶっちゃけ人間って疲れるんだよね。だってさ、どんだけ優秀でも成長したら受験とか仕事とか、あと人間関係とか面倒だし、仮に石油王とかになっても、石油王なりの苦しみみたいなのがあるわけじゃん?」

「はぁ……」


 女神は目をぱちぱちさせながら、俺の話に首を傾げていた。偉大な神様には凡人の思考回路など理解出来ないという事か。仕方ない。ここはもっとかみ砕いて話すしかないだろう。


「だからさ、何が大変かって言うと、人間であることそのものだと思うわけ。人間っていう種族、激レアかと思ったけど、実は地雷種族だと思うんだよね。知性が無ければ余計な悩みとかないわけでしょ? だから俺は……ハムスターを望む!」

「ええ……せっかく人間に産まれたのに、自ら畜生道(ちくしょうどう)に身を落とすんですか?」

「人間は一回やればもういいよ」


 そもそも、俺は人間ガチャの中では比較的当たりを引いたほうなんじゃないだろうか。全世界70億人の中には、紛争地帯に産まれたり、ろくに食べ物も無く餓死する地獄みたいな場所だって沢山ある。


 色々と不満はあるが、いちおう日本という、割と文化的で平和な国に産まれ、大人になるまで生きられた。人間の中でかなりいいのを引いたはずだ。だというのに、やっぱりもう一度やりたいとは思わない。


 この点から考えて、人間という種族自体がハズレだったと言わざるを得ないだろう。


「それにほら、ちょっと考えればわかるでしょ? 例えばネコ。人間が社会の荒波に揉まれてる間、飼い猫が何をしてるかっていると、家でゴロゴロしてるだけだ。別に家事手伝いとか、家計簿を付けたりしない。むしろ家で破壊活動をしているだけだ。でも許される。何故なら……可愛いから!」


 俺はさらに言葉を続ける。


「おネコ様によりよい生活を送ってもらうために、人間は身を粉にして金を稼ぐんだ。つまり、人間よりネコのほうが格上なんだよ!」


 俺はつい力を籠めてそう叫んでしまった。だってそうだろ?


「だから俺は、もう人間はやめるんだ! ハムスターになって、心優しい美少女に愛されて飼われるんだ。手の平の上でひまわりの種とかを食うだけで『いい子だね~』って優しく声をかけてもらうんだ。で、俺は彼女の細い腕を登って、温かくて柔らかい胸元に潜り込んで、丸くなって眠るんだ」


 最高だ。最高すぎる。


「あの……一応言っておきますが。異世界転生の際、スキルやチートを持たせる事も可能なんですよ? その世界の王になることだって可能かもしれません。大体、動物に転生したら記憶はほとんど引き継げませんよ?」

「覇権とか王者とか、そういうのはもういいから。俺は知性を捨てる。そんなものは拘束具に過ぎん。あ、ハムスターが駄目ならオカメインコがいいな。とにかく、なんかこう……可愛くてみんなから愛されて一生を終える。そういうものに私はなりたい」


 これは紛れもない俺の本心だった。もう人間にはこりごりだよ。


 ハムスターはちょっと寿命が短いから、オカメインコのほうがいいかもな。あれは二十年くらい生きるから、美幼女に飼ってもらって幸せな家族の一員になって、幼女が少女、そして乙女から淑女へと成長していく様を傍で見守るんだ。


 それで、美しく成長し、素敵な旦那さんに貰われていく直前、俺は寿命で死ぬのだ。美少女は俺の死を心から嘆き悲しむ。


 俺は鳥頭だからよく理解出来ないんだけど、彼女が自分を愛してくれた事と、自分も彼女を愛している事は心で通じ合っている。そして俺は、彼女の幸せを心から願って死ぬのだ。


 ヨウムっていう種族の鳥が死ぬ前日、「明日また会おうね。君を愛しているよ」って飼い主に喋りかけるエピソードがある。実に感動的だ。俺もそういうのを目指したい。


 素晴らしい。素晴らしすぎる。


「というわけだから、俺の来世を決められるなら、可愛らしい小動物にして欲しい。あ、心優しい美少女に愛されて飼われるっていうのは絶対条件で」

「あの、今なら異世界ですごいスキルを付与する特典なんかもあるんですけど……」

「いらねーって言ってんでしょ。ハムスターかオカメインコ、なんかまあ可愛くて美少女に可愛がられる系の奴で。現代に転生させて下さい。お願いしましたよ」

「はぁ……分かりました」


 女神は若干疲れたような口調で俺に相槌を打つ。まあ、これ以上会う事もないだろうし、言えるときに要望はきちんと伝えておかないとね。


「では、早速あなたの転生処理に入ります。一応、ハムスターとオカメインコを第一希望にしますが、魂という物は常に流転(るてん)します。必ずしも、希望通りの動物になれるとは保証できません」

「美少女に愛されて飼われるっていう点がブレなければ、後はまあ、可愛らしい小動物なら多少誤差があってもいいですよ。最近だとカワウソとかもブームだし」

「では、繰り返しますが、転生先の生物の希望はハムスターかオカメインコ。本当にそれでよろしいですか? ……本当にいいんですね?」

「本当にいいんです。人間だけは絶対に勘弁な」


 俺は首を縦に振った。くどいなあ。もしかしたら、大抵の人間はすごい能力とかを貰って異世界で覇権を握っているのかもしれない。そういうのは他の奴に任せて、俺はペットとして安楽に暮すんだ。


 俺の決意が満たされると、辺りに立ちこめていた靄の濃さが増し、俺の身体を包みこんで何も見えなくなった。そして、そこで俺の意識は途絶えた。


 ――それから二千年が経ち、俺は異世界で最強クラスの種族、帝王竜になっている事に一週間前に気付いたのだ。


「クソがあああぁぁぁぁああぁあーっ!! 何でドラゴンになってんだよぉぉー!」


 俺は再び吼えた。地面に生い茂っていた木々が、まるでタンポポの綿毛を吹くようにぶっ飛んでいく。帝王竜の咆哮(ほうこう)はこれだから困る。


 ……え? なんで現代で小動物ペット希望の俺が、帝王竜なんかになってるか意味が分からない?

 俺だって最初は意味が分からなかったが、この話はもうちょっと長くなる。


「とりあえず……家も見えてきたし、サキに会って精神を落ちつけよう」


 回想に思考を割いていたが、俺は今、巣代わりに使っている我が家を視界に捉えて我に返った。

 あそこには俺の帰りを待っている者がいる。まずは一旦戻り、改めて情報を整理しようじゃないか。


 俺は翼を動かす速度を速め、世間で『禁断の廃都』と呼ばれるその土地へ急いだ。

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