第15話:帝王竜 vs 吸血鬼(2)
漆黒の吸血鬼ネピアと帝王竜ドヴェルグは、お互いの様子をうかがうように空中でじっと静止している。その様子を、人間達は水晶玉。サキとエルフ達は、サキの作り出した遠視ビジョンを通して見守る。
他種族を圧倒する力を持った古代種同士のぶつかり合い。どれほどの規模になるのか想像も付かない。
「お主が帝王竜か? 我が名はネピア。一応吸血鬼のはしくれじゃ」
「吸血鬼と会うのは初めてだな。我はドヴェルグ。我もまた竜のはしくれよ」
お互いが重々しい口調で自己紹介から入る。いきなり殴り合ったりしないその姿は、決闘の前にお互い名乗る騎士を思わせる。力だけでは無い知性を感じさせるものだった。
「ネピア、一つ問おう。貴様は我と同等の存在か?」
帝王竜ドヴェルグはそう尋ねた。それはまさに王者に相応しい問いだ。自分と同等でない者は戦う資格すら無い。そう宣言しているように見えた。
「そうじゃ。我もまた貴様と同じ存在じゃ。おそらくはな」
だが、ドヴェルグの威圧をネピアは軽く流す。そして、むしろ自分は帝王竜と同格であると言い返す。
「やはり、古代種は格が違うな」
水晶玉を眺めていたシガーは無意識にそう呟いた。あの帝王竜相手に啖呵を切れる存在が、この世界にどれだけいるのだろう。
「あの吸血鬼、やはり相当な実力の持ち主ですね。ドヴェルグ様……お気を付けて」
遠視ビジョンを通して見守っているサキも、シガーと同じような感想を抱いていた。古代種といえど、帝王竜相手に平然と同格と言い張れるのだ。決して油断ならない相手である。
サキは加勢に駆け付けたい衝動を必死に抑える。自分はドヴェルグの庇護下にあるエルフと、彼の帰還するべきアドミラルを守る使命を言いつけられている。
「今度は我が問おう。ドヴェルグよ、なぜ貴様は竜になった?」
「神の戯れよ。我とてこの力を望んだ訳ではない。我は貴様が羨ましい。我は、美しく矮小な存在になりたかった」
「我も同じじゃ。我はただ美しくなりたかっただけじゃ。気付いたらこうなっていた。望んでこのような力を得た訳ではない。ただの人間になれるなら、なりたいものよ」
「貴様も神に望まぬ形でこの世界に送られたか。お互い苦労するものだな」
帝王竜ドヴェルグは、嘆息しながらネピアと会話をしている。その言葉には、隠しきれない悲しみの色があった。その雰囲気は答える側のネピアも同じだ。
「ドヴェルグ様……」
ドヴェルグとネピアの視線に嘘の匂いは感じない。サキは、敬愛するドヴェルグが、これほど悲しみに満ちた言葉を吐くのを初めて見た。そして、ひどく心を痛めた。
「強者にも、強者なりの苦労があるのですね」
サキの後ろに控えていたペルーシュがそう呟くと、サキも頷いた。絶対強者として君臨する帝王竜。帝王竜には及ばずとも、世界でも上位の強さを誇る古代種の吸血鬼。
お互い強すぎるゆえに理解者がいないのだろう。自分だけで完結し、永遠に勝ち続けるゲームは、もはやゲームとは言えない。
そんな強者の孤独を、吸血鬼ネピアと帝王竜ドヴェルグは分かち合っているように見えた。その立場に自分がなれないのが、サキは悔しくてたまらない。
「ネピアよ、もう一つだけ尋ねたい。何故、我に戦いを挑む? 我は別に貴様と面識があるわけでも、害を加えた訳でもない。望みとあらばこの命をくれてやってもよいがな」
ドヴェルグは悠然とそう答えた。命をくれてやってもいいと言いつつも悲壮感は全く無い。自分が死ぬはずがないと思っていなければ、絶対に言えないセリフだ。
「大した理由では無い。人間どもから帝王竜が生きていると聞いてな。貴様が噂通りの実力なら、我を滅ぼせるやもしれぬと思っただけじゃ。我も滅びれば、神の元に帰れるかもしれぬからの」
「奇遇だな。同じような事を考えていた」
「それはそうじゃろうな。神の元に帰るのは、我らの悲願とも言えるからのう。まあそれを抜きにしても、一応は人間どもと契約をした身でな」
「律儀だな。我が本気を出せば、貴様をあっさり粉砕してしまうかもしれぬ。ならば少々手を抜いて戦ってやろう」
「それはこちらのセリフじゃ。貴様が苦しまない程度の力で戦ってやろうぞ」
ネピアとドヴェルグは笑う。これから殺し合いをするというのに、お互いまったく怯まない。両者とも強者として絶対の自信があるからだろう。
「では、少々遊んでやるか。来るがよい、吸血鬼ネピアよ!」
ドヴェルグは吠えた。びりびりと空気が振動し、廃都の壁にひびが入る。だが、ネピアはまったく意に介さず。まっすぐドヴェルグに突っ込む。
――神々の遊びが、今始まる!
◆ ◆ ◆
「あの……帝王竜さんですよね? 私、ネピアって言います」
「あ、どうもはじめまして。俺、ドヴェルグって言います。帝王竜やってます」
可愛らしい吸血鬼がいきなり日本語で喋り出したので、俺も日本語で返す。いやあ、ちゃんと意思疎通出来るって素晴らしい。エイゴワカリマスみたいな感じで喋ってるいつものぎこちなさが無いのがいい。
とはいえ、久々の母国語に感動している場合ではない。聞きたい事が山ほどあって何から聞いていいか分からんが、とりあえず思いついた質問をネピアさんに投げつけていこう。
「もしかしてネピアさん、俺と同じ日本人だったりします?」
まずは一番知りたいところから聞いてみる。すると、ネピアさんはにこやかに頷く。
「そうなんです! 私も日本人なんです! だった……というべきでしょうか」
よっしゃ! 同郷の人間……じゃなくて吸血鬼だが、とにかく会えたのは嬉しい。本当に嬉しい。いきなり帝王竜なんかにされて、ろくに知り合いも居ないしホームシックで泣きそうだったよ俺は。
「あ、あの……私からも聞いてもいいですか? ドヴェルグさんは、なんで竜なんかになったんですか?」
「神の手違いでこんなんなっちゃったんですよ。俺は可愛い小動物になりたかったのに! ネピアさんはいいな。美少女吸血鬼になれて……」
もう人間の形してるだけで羨ましい。しかも吸血鬼の美少女とか羨ましすぎる……と思ったが、俺の答えを聞いたネピアさんは、可愛らしい顔を曇らせる。
「私も別に吸血鬼なんかになりたくなかったんです。ただ、前の私はあんまり容姿に自信が無くて……生まれ変わるなら、すごい可愛い女の子になりたいって頼んだらこんな事に……人間でよかったのに」
あー、この娘も俺と同じタイプの被害者か。可愛い女の子になりたいって部分は聞き入れられたけど、種族とかテキトーに選ばれたんだろうな。
「俺と同じでネピアさんも被害者か……お互い大変ですね」
俺は心の底からネピアさんに同情した。細かい経歴は知らんけど、古代種なんだから数千年とか普通に生きてるんだろう。見た感じ陰キャっぽいし、SSS級ぼっちである可能性が非常に高いと見た。
しかし、そうなるとまた疑問が浮かんでくる。
「で、なんで俺に喧嘩売って来たんですか? 初対面のはずなんだけど、俺、もしかしてなんかやっちゃってた系ですか? ムカつくならぶっ殺されても構わないけど」
むしろ俺としては殺してもらえる方がありがたい。強すぎて死ねないからこうして出向いてきたわけだが、ネピアさんは好き好んで暴力振るえないタイプに見える。
「いえ! 大した理由じゃないんです! 帝王竜さんが生き残ってるって女騎士さんから聞いて、そんな強いなら私を殺して貰えるかなって……ほら、神様の元に戻れるし」
「あ、そうなんだ……俺と同じ考えだったんですね」
「やっぱりドヴェルグさんもそうだったんですね! 早く今の人生? を終わらせないとって思いますよね!? あ、あと一応人間さんからエルフさんとか貰っちゃいましたし。扱いに困ってるんですけど……」
ネピアさんも俺と同じ考えだったらしい。あと、エルフって多分、男の方だと思うんだけど、ネピアさん、見た感じ異性と触れ合うの苦手っぽいしな。男ばっかり大量に貰って困ってるのが顔に出てる。
そもそも人間との約束なんて守る必要無いと思うんだけど、多分、ネピアさん、根が真面目なんだろうな。
……しょうがない。ネピアさんに殺してもらうルートは諦めるか。俺が手を抜いて、向こうが本気出したら殺せるかもしれないけど、そんな事させたら数千年単位でトラウマ抱えそうだし。
「んじゃ、契約守るために、俺とかるーく戦ったらどうですかね? こっちも手抜きするんで、そっちも適当に痛いフリとかして、後は流れで」
「あ、それ、私も言おうと思ってました。女騎士さんと約束しちゃったし、ドヴェルグさんがいいなら戦ってる雰囲気出してもらえればなーって」
よかった。やっぱり俺と同じ事考えてくれてた。それにまあ、俺自身もせっかく竜になったし、それっぽいプロレスごっこをしてみたいというのはある。
とはいえ、帝王竜の身体が強すぎてちょうどいい相手がいなかったんだよな。ネピアさんならある程度力加減ミスっても何とかなりそうだし、俺が適当に痛めつけられたふりすれば人間も納得するだろう。
「じゃー始めるとしますか。ネピアさん、カモーン!」
俺は景気よく大声を出す。ネピアさんもそれを合図に、すごい勢いで突っ込んでくるが、顔が笑ってる。せっかく強い力持ってるんだし、たまにはごっこ遊びも悪くないよな。
俺は天文学的な確率で出会えた同郷の吸血鬼と、心ゆくまで遊ぶ決意をした。




