第15話:帝王竜 vs 吸血鬼(1)
シガーは交渉がうまく行ったことに安堵しつつも、複雑な心境のままグランツ王国へと帰還した。
森に住んでいたエルフを無理矢理連れてきて、奴隷労働以上の苦痛を与えてしまった事を未だに気に病んでいるようだ。
交渉成立の報告に、王国の帝王竜対策本部は大喜びだった。大体の者がエルフを使い潰す気だったし、そいつらを生贄にして脅威を取り除けるなら破格と言えるだろう。
「シガー殿、大任お疲れ様でした。これであなた様は国の英雄としてさらに名声を得るでしょうな。いやはや、羨ましいですな。イッヒヒ!」
「他者を犠牲にして得た名声になんの意味がある」
古代種には古代種を。この案を提案したリボーの評価も相対的に上がっていたが、実際に交渉に行ったシガーはさらに称えられるだろう。けれど、それは決して喜ばしいものではなかった。
リボーも国の評価などどうでもいいらしい。彼はただ、古代種と古代種がぶつかり合う状況を楽しんでいるように見えた。
「古代種というのは意外と律儀ですな。契約を遂行するのを見せてくれるとは。いやぁ、高みの見物で人類史上最高の見世物を見られる特等席とは……素晴らしい!」
リボーは狂気じみた笑みを浮かべながら、帝王竜対策本部の机の中心部に置かれた、両手で収まるくらいの水晶玉を満足げに眺める。
この水晶玉は、吸血鬼ネピアが、帝王竜討伐に向かう前にわざわざ立ち寄って渡してきたものだ。ネピアの魔力に反応し、遠方からでも戦いの様子を見られるようにとのことだ。
「契約を破棄したと思われないためとの事だが、貴様よりも余程人間が出来ているな」
「イヒヒ、まあ古代種といっても人に近い種族ですからな。案外人間と仲良くしたいと思っているかもしれませんぞ」
シガーは悪態を吐いたが、リボーの方はむしろ嬉しそうだった。人でなしとか悪逆とか呼ばれる事は、彼にとって褒め言葉になるらしい。
「お? おおっ!? 水晶玉が光り出しましたぞ! これは驚いた! ネピア殿がここに立ち寄ったのはつい数時間前。なのに帝王竜の住処にもう辿りついたようですな!」
リボーの言うとおり、水晶玉が淡く輝き、その中に映像が映りだす。リボーは食い入るように前のめりでそれを見るが、他の者たちも遠巻きにその様子を見る。もちろんシガーもだ。
「……飛んでいるのか? やはり、人間とは生物の格の違いを見せつけられるな」
シガーとて白百合騎士団……いや、人類においてもかなり上位の使い手である。だが、彼女は移動の際に馬を使い、長距離を何日もかけて移動する。
一方、水晶玉に移る可憐な黒い吸血鬼ネピアは、ものすごい速度で空を飛んでいる。翼のような物はなく、両手の平を後ろに向け、黒い霧のような物を噴出している。さながらジェット機だ。
「あれは魔力を放出しているのでしょうな。いやはや、どれだけの魔力量なのでしょう。彼女が十秒飛ぶ魔力があれば、人間の城など簡単に吹き飛ばせるでしょうなあ」
リボーは興奮気味にそう言うが、皆、固唾を飲んで見守っている。常軌を逸した化け物だが、帝王竜はそれを遥かに凌駕する存在らしい。生まれたての若い竜である事を加味しても、ネピアが勝てるとは限らない。
「……とんでもない時代に生まれてきたものだ」
シガーはぽつりとそう呟いた。リボーは水晶玉に夢中で耳に届いていないようだったが、周りの沈黙が、シガーの言葉を肯定していた。
◆ ◆ ◆
「ドヴェルグ様! お休みのところ申し訳ありません! 緊急事態です!」
俺がいつも通り惰眠を貪っていると、サキが血相を変えてねぐらに飛び込んで来た。常に冷静沈着なサキがこれほど慌てるなんて、よっぽどの事が起こっているに違いない。
「なんだ騒々しい。エルフ達に何か異変でもあったのか?」
「いえ、あの弱小種共はすこぶる健康です」
ナチュラルにエルフ達の事を見下す発言はいかがなものかと思うのだが、今はそれどころでは無さそうだ。俺はサキに先を促す。サキに先を……なんちゃって。なんて言ってる場合じゃねえ。
「古代種が現れたのです! まっすぐにこちらに向かって来ています!」
「古代種? ああ、我と同じような連中か」
どうやらこの都市の防衛システムであるサキが、古代種の接近を感知したらしい。
俺は漠然としか知らないが、遥か昔から生きていて、クソ強い連中らしい。強すぎて敵がいないから、みんな好き勝手に生きてる奴が多いのだとか。まあ俺もだが。
「それで、古代種がアドミラルに何の用だ? 挨拶回りか?」
「はっきりと分かりませんが、少なくとも廃都やエルフが目的では無いでしょう……恐らく、ドヴェルグ様が目的かと」
「我が目的だと? 別段、古代種どもと敵対する理由は無いのだが」
「申し訳ありません。その辺りもまだ判明はしておりません。古代種は私の過去ログにもデータがほとんど無いもので……姿だけなら映す事が出来ますが」
「頼む」
俺がそう言うと、サキは両手を広げ、空中に巨大なスクリーンのような物を表示した。SFっぽいが、多分魔力で作ってるんだろう。そのスクリーンの中心部には、小柄で美しい少女が、ジェット噴射で空を飛んでいる姿が映っていた。
「これは……吸血鬼!? しかも相当な魔力量を持っていると思われます。並の吸血鬼がこんなに魔力を放出したら、すぐに動けなくるはずです」
「ほう、つまり、相当な使い手と考えてよいのだな?」
サキは緊張した面持ちで頷いた。エルフ達の首をはねる時は殺意に満ち溢れてたのに、今は相当焦っているのが目に見えて分かる。サキペディア検索でそういう状況なんだから、なるほど、やばい奴なんだろう。
「今すぐに迎撃システムを稼働します! とはいえ、廃都のシステムはほぼ休止状態ですので、私に力が戻ればフル稼働できるのですが……」
サキは歯がゆそうに呟く。迎撃システムっていうのは、あの上空のビリビリみたいな奴だろう。あれ、普通の飛竜とかが当たると消し炭になるんだけど、あれでも休止状態なのかよ。
……ん? 待てよ。これってチャンスなんじゃないか?
理由はよく分からんが、超強い吸血鬼が俺にケンカを売りに来ている。ということは……俺、死ねる可能性があるじゃん! 前に人間の強そうな戦士に首落として貰おうと思ったのに駄目だったけど、今回はかなりいける気がする。
しかも、エルフに興味が無いなら、廃都の防衛システムのサキにも危害は加わらないだろう。前と違って人間の住処から離れてるし、俺は比較的迷惑を掛けずに死ぬ事が出来る。
俺の悲願。可愛らしい愛玩動物になって美少女に飼われるという夢が、この吸血鬼によって叶えられるかもしれない。
「サキよ、防衛システムとやらを可能な限り起動しろ」
「はい! その間、私が時間を稼ぎます! ドヴェルグ様は早くこの場からお逃げ下さい!」
「いや、そうではない。防衛システムは、サキ、お前と、そしてエルフ達を守るために使うのだ。我は、あの吸血鬼とやらと一戦交えようと思う」
「……ドヴェルグ様? 一体何を仰っているのですか!?」
俺の言ってる意味が理解出来ないようで、サキは困惑の表情で俺を見上げる。そりゃ、これから籠城しようってのに、大将が一騎打ち発言するんだから意味分からんわな。
ちょっと無責任な気もするけど、もし俺が死んだら、あの吸血鬼がここに住むかもしれない。俺みたいに気の利かない無駄にでかい竜より、姿形が少女に近い主のほうがサキに相応しい気もする。
「大したことではない。我が目的なら、我が直接出向く。それだけの事よ」
「そんな……! 確かに吸血鬼より帝王竜のほうが種族としては上位ですが、その……」
サキは何か言いたそうにしているが、そこで口ごもった。俺が戦闘経験の少ない若い竜だと言いたいのだろうが、口に出すのは不敬だと思ってるんだろう。
「お前の言いたい事は分かっているつもりだ。だが、我が目的のためには、どうしても奴と戦わねばならんようだ」
「でしたら私も! あの吸血鬼の魔法を受け、死ぬくらいは出来ます!」
いや、ナチュラルに神風特攻隊みたいな事言わないで。俺は美少女にそこまでさせるほど鬼畜じゃないぞ。
「サキよ。お前の気持ちは受け取っておこう。だが、お前にはこの都市とエルフを守る使命を与える。これは命令だ」
「…………わかり、ました」
お願いしても駄目っぽいので、俺は命令をする事にした。サキは未だに納得いっていないようだけど、俺のわがままでサキが巻き込まれて死んだりしたら大変だからな。
「では吸血鬼とやらに挨拶に行くか。後を頼むぞ」
「どうか、ご武運を」
サキは両手を組み、祈るように俺の前に跪く。エルフ達も何事かと思って集まってきたが、みんな吸血鬼の話を聞いて顔面蒼白になっていた。無知なのは俺だけだった件。
まあいいや。もう戻らないかもしれないが、君達と過ごした日々は楽しかったよ。俺は挨拶代わりに軽く吠え、翼をはばたかせる。加減をしないと建物がぶっ壊れるので、比較的ゆるい感じで空に舞い上がった。
それから俺は、サキが示してくれた方向に向かって飛び立つ。廃都からある程度離れないと、被害が及ぶ危険もある。辺りが深い森に覆われた土地に辿りついた時、俺は吸血鬼と相対した。
「おいっすー!」
空中で急停止した吸血鬼の少女に対し、俺は軽いノリで挨拶をした。かつて一度死んでるし、来世が本番なのだ。舐めプで殺されても別段問題無い。それに、俺の言葉、大体通じてるっぽいけど、どうも堅苦しい感じっぽいんだよな。自分だとよく分からんのだが。
だからまあ、軽いノリで挨拶しても意味は伝わるだろう。
「帝王竜が……いたりあ長介ネタを!?」
「なにっ!?」
吸血鬼がいたりあ長介とか言い出しましたよ奥さん。まさか、長介は異世界転生してたのか!?
てか、今こいつ日本語喋ったぞ。もしかして……こいつ同郷?




