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第14話:吸血鬼の古城

 特別顧問リボーの提案した対帝王竜策、別の古代種に帝王竜を襲わせるという案は可決された。もちろん皆が納得したわけではないが、それ以外に現状打つ手が無いというのが本音だ。


 エルフの男性達に首輪と手かせ足かせを嵌め、馬車に押し込めて吸血鬼の古城を目指す。その指揮を任されたのは騎士団長シガーだが、彼女は苦虫を噛み潰したような表情だ。


「団長、お気持ちお察しします」

「気にするな。これも仕事だ」


 馬に乗って先頭を進むシガーを気遣い、護衛兵の一人が声を掛けるが、シガーは平静を装った。無論、はらわたが煮えくりかえっているが、部下にそれをぶつけるわけにもいかない。


(リボーの下種野郎め。私にこんな仕事をさせるとは)


 古代種である吸血鬼の交渉役として選ばれたのはシガーだった。推薦したのはリボーである。何かあった時に戦闘可能で、護衛も兼ねるという意味合いらしいが、嫌がるシガーにわざと押し付けたと睨んでいる。


 シガーとしては労働力確保のエルフ狩りすら反対していたのに、さらに生贄に捧げるなどと言語道断。だが、国の命令とあらば騎士として逆らう事は出来ない。


「騎士というのも窮屈なものだ」


 シガーはため息交じりにそう呟くが、それで問題が解決できるわけではない。文献によると数千年前の廃城にそのまま住みついているとのことで、幸か不幸か王国からそれほど距離があるわけではない。


「……見た所、何の変哲もない廃城に見えるが」


 シガー一行が到着した場所は、朽ち果てた城だった。装飾品や門などは壊れるか盗まれるかされ、そのまま放置されていて、廃城というよりは廃墟と呼んだ方がいいくらいだ。


 当然、護衛や防衛の様子は一切無い。本当に吸血鬼が住んでいるのかも怪しい。ただ、リボーは下劣だが頭は回る男だ。自国が滅びる状況をさらに悪くすることはしないだろう。


「私が見てくる。お前達は待機していろ」


 シガーが部下にそう指示を出す。何名かは護衛のために付いてきたがったが、シガーとしては個人の方が動きやすい。それに、帝王竜を倒すほどの怪物なら護衛など無意味だ。


 シガーは予備の剣をいつでも使えるようにして、緊張した面持ちで吸血鬼の古城に足を踏み入れる。


「……本当にただの廃墟だな。防御のための魔物やトラップすらないとは」


 大抵、ある程度知性のある魔物のねぐらには、ボスを守るための部下や罠などがあるのだが、ここは本当に何も存在しない。つい油断しがちになるが、これから会うのは圧倒的強者である事を肝に銘じねばならない。


 廃城の一階は荒れ放題でひどい有様だ。鼠やコウモリの類を全く見かけないのは、恐らくここが怪物の住処だと理解しているからだろう。他の階も放置されっぱなしだが、最上階の一番奥まった部分だけ、明かりが灯っている。


「あそこに吸血鬼が?」


 シガーはごくりと唾を呑み、気配を殺しながらその部屋に近付く。相手を刺激しないように細心の注意を払う。シガーは騎士として戦闘訓練を積んでいるので、気配を殺す事にも長けている。


「誰じゃ貴様は」

「ッ!?」


 だが、シガーの気配消しは一瞬で見破られた。明かりの灯っている部屋とは真逆。シガーの真後ろにいつの間にか一人の少女が立っていた。


「あ、あなたが吸血鬼か?」

「吸血鬼……と言われると微妙じゃのう。なにせここ数千年吸血はしとらんのじゃ」


 シガーは緊張した面持ちで質問するが、吸血鬼の方はのほほんとした口調でそう答えた。部屋から漏れる光のお陰で、シガーは吸血鬼の姿を見る事が出来た。


(これが……古代種?)


 シガーの脳裏に真っ先に浮かんだのは疑問符だった。見た目だけでいうと、シガーより頭一つ分は小さい。漆黒の髪に漆黒のゴシックドレスという出で立ち。ぞっとするほど美しい少女ではあるが、吸血鬼というより深窓の令嬢という方が似合っている。


「我の居城に何の用じゃ? 単に迷い込んだだけなら早々に立ち去るがいい」


 吸血鬼の少女は変な口調でそう呟く。帝王竜もそうだが、古代種はなんだか喋り方が仰々しいなシガーは思うが、口には出さない。


「申し遅れました。私はグランツ王国、白百合騎士団長シガーと申します。実は人間を代表して、古代種であるあなたに頼みごとがあって参りました」

「頼みごと? 我に?」


 吸血鬼の少女は首を傾げる。その動作は愛くるしい少女にしか見えないが、シガーの気配消しを一瞬で察した辺りから実力は推して知るべきだろう。


「まあよい。我も退屈しておったのじゃ。茶でも飲みながらゆっくりと話そうではないか」

「茶?」


 吸血鬼なのだから血でも飲むのかと思ったのだが、お茶とは意外だ。


「すまんのう。本当はコーラが好きなんじゃが、この世界ではなかなか……」

「こーら?」

「……まあいい。とにかく話は聞いてやる」


 聞いた事のない飲料にシガーはオウム返しをするが、吸血鬼はなぜかがっかりした様子で(きびす)を返す。


 それからシガーは吸血鬼に促され、先ほどの最奥部の部屋へと案内された。一体どんな部屋かと身構えていたが、中身はベッドに机と椅子。それに少々の明かり用のランプという、人間とほとんど変わらない部屋だった。


「すまんのう。あいにく客人をもてなす準備が出来ておらんでの。我一人ならこの部屋一室で事足りる」

「はぁ……」


 シガーは、目の前でお茶を入れてくれる吸血鬼に生返事で答えた。想像していたのよりずっと人間くさくて困惑しているというのが正直な所だ。


「さて、申し遅れたが我はネピアという。そなたは疑問に思っているようじゃが、これでも一応吸血鬼じゃ」

「いえ、その辺りは信用しております」


 リボーは仕事に関しては抜かりないし、先ほどの廊下で背後を取られた時点で実力はある程度把握した。自分を過大評価するわけではないが、竜すら屠る自分が後ろを取られる事などほとんど無い。


「そうか。それで我に何の用じゃ? 言っておくが、我は人間に危害を加える気は無いぞ? 討伐に来たのなら怪我をする前に帰った方がいい」

「いえ、むしろ逆です。討伐をお願いしたいのです」

「討伐? 何をじゃ?」

「先日、帝王竜が我がグランツ王国に現れたのです。我々の力だけでは到底倒し切れません。なので、ネピア殿に協力を申し入れたいのです」

「て、帝王竜!? あれは数千年前に滅んだんじゃ!?」

「我々もそう思っていました。ですが、事実です」


 さすがの吸血鬼ネピアも驚いたようで、目を丸くして茶を噴き出した。むせっている姿がちょっと可愛らしいが、シガーは真顔だ。


「……その事実、本当なのじゃな?」

「はい。先ほどネピア殿も仰られていましたが、古代種は退屈を嫌うと聞いています。格好の相手だと思うのですが」


 シガーとしては素直に協力を頼みたかったが、向こうの機嫌を損なうのも良くない。それに古代種と人間では感性が違うというし、向こうから乗ってもらいたい。


「……なるほどのぅ。帝王竜か、我も相手をした事は無いが、我の欲望を満たすには使えるかもしれん」

「協力していただけるという事でよろしいのでしょうか?」

「ただ我の欲望を満たすのに使えると判断しただけじゃ。結果的にお前達にそうなるじゃろう」


 遠まわしな言い方だが、吸血鬼ネピアは帝王竜を相手取る気らしい。どうやら交渉はうまく行ったようで、シガーは内心で胸を撫で下ろした。


「ありがたい。古代種であるあなたが、人間に利する行為をするとは正直意外でした」

「……何やら誤解されておるようじゃのう。我は別に人間を見下しているわけではないぞ」


 ネピアはそう言うが、古代種が人間に敬意を払っているのをシガーは見た事が無い。もっとも、古代種自体が希少かつデータ不足なのでシガーが知っている範囲だけではあるが。


「ありがとうございます。我々のせめてもの気持ちとして、エルフ達をあなたに献上します。皆、若く健康な男性です。血を吸うのには最適かと」


 シガーはあまり気乗りしなかったが、ここで変に渋って相手の機嫌を損ねても困るので、連れてきたエルフ達を予定通り差し出すことにした。下手に逃がしたりして吸血鬼に断られては元も子もない。


 だが、シガーの献上品に対し、ネピアの方はなぜか眉をしかめる。


「エルフはさておき……若く健康な男性? 女性はおらんのか?」

「あいにく男性しかいないのです。ですが、どれも健康体なのは保証します」


 相手の吸血鬼が女性で本当によかったとシガーは安堵した。シガーはまっとうな性癖の持ち主なので、女性なら男性を好むという常識があった。堅物のシガーはそれ以上の事を思いつかなかった。


「……まあいい。そのエルフ共は適当に置いておけ。とにかく、帝王竜に関しては対応してみよう」

「ありがとうございます。吸血鬼ネピア殿」


 シガーは礼を言い、深々と頭を垂れた。ネピアの方はもう面倒くさくなったのか、もう帰れという感じで手を振った。なぜかご機嫌斜めのようなので、言質(げんち)を取ったシガーは早々に部屋を後にする。


「エルフ達の末路を思うと哀れだが……仕方あるまい」


 シガーは出来る限り優しくエルフの男性達の拘束を解き、そのまま城に残して帰路についた。人質を生贄に捧げ、自らは戦闘に参加しない。騎士として恥ずべき行為だが、国を守るためと無理矢理自分を納得させた。


 その頃、城に残されたエルフ達は、恐怖の表情で階段の上から自分達を見下ろす吸血鬼を見ていた。


 人間であるシガーにはいまいち理解出来なかったが、より魔族に近いエルフ達は、外見からではなく本能的に勝てない相手である事を見抜いていた。蛇に睨まれたカエル状態だ。


「お、俺たちは無理矢理連れてこられたんだ! た、頼む! 殺さないでくれ!」


 エルフの男性の一人が、恐怖に震える声でネピアに懇願する。他の者たちも皆、地べたに這いつくばって命乞いをする。一方、ネピアの方は実につまらなそうな表情でそれを見下ろす。


「……本当に男しかおらんのじゃな。分かった分かった。お前らは好きにするがよいぞ」

「えっ?」


 想定外の言葉に、エルフ達は耳を疑った。だが、ネピアのほうはあくびをし、もう興味は失せたとばかりに階段を登っていく。


「我は寝る。お前たちはそのうち森に帰してやるから、それまでこの城で適当に過ごしておけ」


 エルフ達の返事を待たず、ネピアはさっさと最上階の自室へ戻る。さすがに追いかけてくる者は誰も居ない。


「むぅ」


 ネピアは頬を膨らませ、不機嫌そうにベッドに仰向けに転がる。そして、


「異世界転生したい……」


 そう呟いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] もしや、生き残っている古代種はみんな不本意な転生者なのでは……
[良い点] 何と言っても読みやすい。 まさか2017年が最終更新だったのに内容覚えてられるくらいに読みやすい覚えやすいです。 [一言] 時間は全然問題ないので、次の更新も気長に待ちます!
[一言] このティッシュみたいな名前の吸血鬼も愛玩動物になり損ねた勢だなきっと
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