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第13話:古代種

 グランツ王国に帝王竜が出現してから三週間。王宮の敷地内の一角では、老若男女が頭を抱えている真っ最中だった。


「やはり、他国に事情を説明し、同盟軍を組むしか……」

「しかし、人間同士が組んだ所で、あの怪物に太刀打ち出来るのだろうか……」


 集まっている面々は皆、国内でも重要なポストに就いている者たちである。

『帝王竜緊急対策会議』として本部が作られ、連日深夜まで会合を開くものの、誰の頭にも妙案は思いつかない。


 伝承やおとぎ話にのみ語り継がれる存在がこの国を襲った。

 国民にとっては天変地異より恐ろしい、現実にはあってはならない事である。


 最後の帝王竜を討ち倒した事で名声を得たグランツ王国は、それをきっかけに大国として発展した経緯がある。そのグランツ王国が、帝王竜の生き残りによって窮地に立たされるとは皮肉極まりない。


「竜殺しの剣までへし折られ、シガー殿の一撃でかすり傷しか付けられぬ。そんな古代種(エンシェント)に、我々はどう立ち向かえばいい?」


 一人の壮年幹部が嘆くようにそう呟く。

 その言葉を聞いた一人の女騎士――シガーは(うつむ)いた。


「申し訳ありません……私が不甲斐ないばかりに……」

「シガー様を糾弾しているのではありません。あれは神、あるいは悪魔に等しい存在です。むしろ、そんな者に立ち向かったあなたの勇気を称賛するべきでしょう」


 意気消沈するシガーに声を掛けたのは一人の老人だった。

 彼はこの国でも位の高い司祭である。その敬虔(けいけん)な彼でさえ、何に祈ればいいのか分からない状態である。


「イッヒッヒ、お困りのようですなぁ」


 皆、帝王竜の襲撃にどう対応すべきか悩んでいる最中、妙に浮かれた声が部屋の入り口から聞こえて来た。


「リボー? 何故ここに?」

「何故も何も、国王様より知恵が必要だと言われ、馳せ参じたのでございますよ。私を仲間外れにするとは、何とも悲しいことですなぁ。イヒヒ」


 耳障りな笑い声と共に現れたのは、とてもこの会議に参加出来そうもない小汚い長身の男だった。薄汚い黒いローブを羽織り、骨にかろうじて肉を付けたような身体。年齢はまだ若い方だが、動作はまるで老人のようだ。


 彼の名はリボー。グランツ王国の抱える特別顧問である。


(こんな奴を呼ぶとは、猫の手も借りたいという事か)


 無遠慮に入り込み、空いている椅子に平然と座ったリボーに対し、シガーはあからさまに渋面を作る。他の面子も全員同じ気持ちなのがシガーにも感じ取れた。


 王国特別顧問リボー。彼は正式に言えばグランツ王国の重職には就いていない。何か緊急事態があれば呼び出されるが、普段は役職を与えられていない。会議でもあくまで参考人として呼ばれるだけである。


 彼は元々はグランツ王国の運営に携わる事を希望していたが、それは叶わなかった。優秀な頭脳を持っている事は間違いないが、極めて倫理に反する事も平気で行うからだ。


 そんな男を王国の中枢部に設置すれば、何が起こるか分からない。かといって野放しにし、他国に移住した場合、これまた何をしでかすか分からない。


 結果として、国王はリボーに特別顧問という文字通り『特別』な役割を与える事となったのだ。要するに飼い殺しである。


「さて、私が呼び出されるまでに、皆さまは何かよい案が思い浮かびましたかな? ふむ、ふむ……どうもあまり進んでいないようですな。私などより遥かに身分の高い方々が、雁首そろえて無策とは、帝王竜よりも先に内政を何とかせねばならないかもしれませんなぁ」


 そう言って、リボーは骨ばった頬をいびつに歪めた。皆、リボーの言い草に腹を立てたが、かといって妙案が無いのも事実である。


「では聞くが、リボー殿には帝王竜を倒す秘策があるとでも?」


 皆の心情を代弁するように声を上げたのはシガーだった。直接と戦ったシガーの意見を交えているからこそ、あの怪物を討つ方法を容易に思いつかないのだ。


「イヒヒ、シガー殿は相変わらずですな。剣の腕も立つ上に、怒りに染まったその表情ですら美しい。まあ、帝王竜に対してはその剣術も無意味だったようですが。美貌で立ち向かえばよかったのでは?」

「うるさい! 能書きはいい! 現実的な対策があるなら言ってみるがいい!」


 シガーは激昂(げっこう)した。


 女性剣士として舐められる場面が多く、一番気にしている部分をえぐるような発言をするリボーに対し、怒りを抑えきれなかった。無論、煽っている事はシガーにも理解出来たが、この男は昔からそうなのだ。


 怒声を上げるシガーに対し、リボーはむしろ愉快げに笑う。


「さすがに私も、帝王竜などという怪物相手に完勝などとは言いませんよ。でもまあ、それなりに効果的な方法なら思いつきました」

「いいから、その効果的な方法とやらを皆の前で伝えるがいい」


 苦虫を噛み潰すような表情でシガーが促すと、リボーはイヒヒ、と笑いながら語り出す。


「まあまあ、まずは状況の整理からしましょう。敵を知る事が肝心です。敵は帝王竜。伝承でのみ伝わり、遥か昔に滅びた種族でございます。そして文献にはこうあります。その体躯は山よりも大きく、王都が影で覆われる程だったと」

「そのくらいはここにいる皆が知っている」


 帝王竜の対策会議なのだ。可能な限り過去の文献や絵本にいたるまで漁り、対策を練っている最中だ。それでもどうしようもないから皆悩んでいる。

 リボーが発言したのは、王国民なら子供でも知っているレベルの知識だ。


「おかしいと思いませんか? 山より大きく巨大な竜と称されているのに、先日現れた帝王竜はそこまででは無かったと聞いております」

「その通りだ。あの帝王竜は、どちらかというと小柄な方だ」


 竜種自体が巨大な種族ではあるが、シガーは別の竜種のもっと大きな個体を倒した事もある。

 そこでふと、シガーの脳裏に疑問が浮かぶ。その表情の変化に気付いたリボーが、にぃっと口元を釣りあげる。


「気が付いたようですな。そう、あの帝王竜はまだ幼竜……あるいは若い個体ではないですかな? まあ、古代種に関しては情報がほとんどありませんので、確定ではありませんがね」

「しかし、だからと言ってどうしろと? むしろ幼竜であれだけの力を持っているのなら、かえって絶望的ではないか」

「その通りですなあ。イヒヒ、絶望的でございますなあ。人間目線なら」

「人間目線?」


 妙な単語にシガーが反応し、他の面々もリボーに釘づけになっている。

 リボーの語りはさらに加速していく。


「我々と帝王竜では、あまりに戦力差がありすぎます。そもそも、古代種に立ち向かおうとするのが無謀なのです。帝王竜に限った事ではありませんぞ。我々は認識すべきなのです。人間は所詮、弱者相手に今まで勝ち続けて来たのだと」


 リボーの言う事は皆が理解出来た。帝王竜に限らず、この世界には『古代種』と呼ばれる種族が存在する。人間よりも遥かに強力な力と、永き寿命を持つ種族の総称だ。


「古代種に共通しているのは『孤高』である事です。我々がいちいちアリの巣を潰して回らないように、彼らは独自の価値観で独立している。その中で、我々は見過ごされて繁栄してきただけだったのです。もしかしたら、帝王竜はそんな我らの傲慢に腹を立て、挑発してきたのかもしれませんなぁ」

「それで、帝王竜と古代種に何の関係がある? 彼らは独立しているのだろう? まさか別の古代種に交渉役になってもらうとでも言うのか?」

「おお、さすがはシガー殿。なかなかの名案ですな。ですが、メリットなしで古代種が我々の話を聞くでしょうか?」

「無理だろうな」


 シガーはリボーの言葉を一刀両断する。

 人間同士ですらメリットが無ければ取引しないのに、上位種である古代種が動く理由が無い。


「ええ、その通りでございます。逆に言えば、メリットがあれば動く可能性はあるという事です。例えば、辺境の古城に住む吸血鬼などは、容姿から思考回路まで、比較的に我々に近いと聞きます」

「聞いた事はあるが……」


 シガーはリボーに言われ、その存在を思い出した。


 太古より一人で古城に住まう吸血鬼。その力は絶大なるものの、ほとんど外界と接触を持たない。あまりにも誰も触れないので、ほとんど話題に上がらないほどだ。


「我々人間ですら、あまりにも暇だと苦痛ではないですか。まして相手は古代種、しかも我らに近い思考形態であるなら、最も嫌うのは『退屈』でしょう。他の古代種が動いた事を伝えれば、力試しに挑みかかるかもしれません」

「そうなるか不確定ではないか。その理屈で言うと、別に我々が介入しなくても吸血鬼は動くだろう?」

「ですから、吸血鬼に帝王竜が動いた事を伝え、ついでに『お願い』をして背中を押すのですよ。要するに古代種同士で潰し合って貰う訳ですな。成功するかは博打ですが、少なくとも、人間の同盟軍で無謀な戦をするよりは可能性は高いでしょう。もちろん、手土産を持っていかねばなりませんでしょうがな」

「手土産? この国の財宝をかき集めていく気か? そんな事をすれば、ただでさえ混乱状態の王国で暴動が起きるぞ」

「その辺りもちゃんと考えてあります。王国に損害を与えず、かつ吸血鬼の好みそうな献上品をね。先日、森から取ってきたばかりですが、まさかこういう形で役立つとは、天からの授かりものでしょうな! イッヒッヒ!」


 リボーは嗜虐的な笑みを浮かべる。そして、シガーをはじめ、全員が気が付いた。

 リボーが吸血鬼に差し出す『手土産』が何なのかを。


「まさか……エルフの男達を吸血鬼に差し出す気か!?」

「おや? シガー殿は奴隷エルフ共より、守るべき自国民と血税のほうを出す方がよいとお考えですかな?」

「そういう話ではない! 第一、エルフ達を襲うのは多数が反対したはずだ! 無理矢理連れて来たエルフ達を奴隷どころか生贄だと!? そんな方法は人道に反している!」


 シガーは声を張り上げる。エルフ達を襲撃し、領土と労働力を手に入れる。その提案を受けた際、反発する者も多かった。だからシガー率いる騎士団は王都に残り、帝王竜の迎撃に参加出来たのだ。


「イヒヒ! これは面白い事をおっしゃる。人道! 人道に反しているとは!」

「何がおかしい!」

「いやいや、騎士団長殿は冗談がお上手だと思いましてな。私の計画は『エルフ』を使うのです。だから『人道』とは無関係でございますゆえ。イッヒッヒ」

「なっ……!?」


 この男にはまるで倫理観が無い。皆が絶句する中、リボーのみが不気味な笑いを浮かべている。それからリボーは、会議に参加している全員を舐め回すように見る。


「皆さんは考えが甘いのですよ。王国は守りたい。命も守りたい。倫理も守りたい。人間相手なら他の道もあるでしょうが、相手は帝王竜ですぞ? 正々堂々と戦う事が大事ではありません。いかにこちらの被害を抑え、相手に損害を与えるかが肝なのです。それとも、王国と命と倫理を守りつつ、帝王竜を撃退する神の一手をお持ちの方がおいでですかな?」


 リボーがそう促すが、皆、誰も何も言えない。奴隷として連れて来た者を、さらに過酷な環境に押しやる。間違った方法だと分かっているが、他に帝王竜に対して切れるカードが無い。

 沈黙をうち払うように、リボーがぱんと手を鳴らす。


「では、他に案も無いようですので、私が主導でこの計画を進めさせていただきますよ? なに、エルフ共も、奴隷よりいい生活が出来るかもしれませんぞ? なにせ、人間の理とは別の次元で生きている存在ですからなあ。奴隷を厚遇する可能性だってゼロではありませんからなぁ。イッヒッヒ!」


 このリボーの案は、想像以上に簡単に国王から認可を受けた。

 会議から数日後、使者として任命されたシガーは、重い気持ちのまま、吸血鬼の古城へ向かう事となった。

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