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第12話:魂のあり方

 ドヴェルグ様の供物となる日、私の心は不思議と落ち着いていました。


 既に覚悟は決まっていたし、サキ様……というと怒るのでサキさんと呼んでいますが、彼女のお陰で私達は、故郷の森に住んでいた時に比べ、見違えるほど健康になっていました。


 私達エルフは人間より筋力が無い分、魔力の扱いに長けています。そして、その感覚は以前よりずっと研ぎ澄まされているのです。ドヴェルグ様とサキ様の魔力の補給があってのことでしょう。


 ドヴェルグ様がどのくらいの間隔で私達を食するのかは分かりませんが、少なくとも、今回は私だけです。

 

 私達を少しずつ消費していくなら、他の仲間達――特に後に回してもらう子供たちは、故郷の森に住んでいる時よりずっと安全に暮らしていけるでしょう。帝王竜の縄張りと知って踏み込んでくる者など、同等の力を持つ『古代種』くらいのものでしょう。


 少なくとも、私達の集落に踏み込んで来たレベルの人間たちに脅かされる事はありません。そう考えると、ドヴェルグ様の糧となれる事を感謝せねばなりません。


「さあ、仲間との別れが終わったなら行くわよ」


 サキさんが私を促します。子供たちは私に「行かないで」と縋りますが、そういう訳にもいきません。もう会えないのはとても悲しいですが、一族の事を考えるとこうするしかないのです。


 それから私は、見た事も無いほど上質な衣裳をサキ様から与えられました。古代の技術で作られた魔道具なのかもしれません。


 美しい外見に加え、布の部分は多いのに動きの邪魔にならない軽さ。それでいて肌触りもとても滑らか。あふれ出る魔力からすると、下手な金属製の防具より丈夫そうでした。


 ただ、これはドヴェルグ様に献上するための包装なのです。このような衣裳を包み紙として持ちだしてくるサキさんにも驚きますが、帝王竜への献上品と考えたら妥当なのかもしれません。


 身なりを整えると、私はドヴェルグ様の前に差し出されました。


 悠然と構える白銀の姿は神々しく、今から命を奪われるというのに、その威厳に身惚れてしまいました。


「さて、ではそろそろ宴を始めるとするか。肉を用意してきたのだろう?」


 ドヴェルグ様がそう仰います。ついに、私の命が断たれる時が来たのです。


 自分が死ぬというのに、人間の王国に連れて行かれたエルフの男性たちはどうなったのか、私はそんな事を考えました。


 そして不思議なのですが、ちょっとだけ優越感を感じたのです。野獣に襲われたり、人間の奴隷となって死んでいくのに比べ、なんと自分は恵まれているのだろうと。


 一族を守るために運命を背負い、帝王竜という強者の中で血肉となって生き続けられるのです。

 

 生き物はみな、天から賜った生命を最後は天に返さねばなりません。ドヴェルグ様の宴に華を添えられるのは、命の返し方としてはまさに最高といえるでしょう。


「待て」


 サキさんが私の首に武器を振り下ろす直前、突如ドヴェルグ様がそれを止めました。血の滴る肉を欲していると言っていたのに、何故なのでしょう。


 私は上目でサキさんの様子を(うかが)いましたが、サキさんも不思議そうな表情をしていました。彼女もドヴェルグ様のお考えを把握していないようです。


 サキさんがドヴェルグ様に意図を尋ねると、ドヴェルグ様は溜め息を吐くように語り出しました。


「我はエルフの肉を欲していた訳ではない。美しきそなたらの命を奪うのは、我の本意ではない。我が本当に望んでいたのものは、お前達そのものなのだよ」


 正解を答えられなかった生徒に、模範解答を教える先生のように感じました。

 同時に、こちらを労わるような響きがありました。


 ですが、ドヴェルグ様の言葉の意味が、私には相変わらず理解出来ませんでした。

 帝王竜が決して強力ではない……まして女子供のみのエルフ達を求めていた?

 何故? どうして? いくら考えても答えは出てきません。


「我は以前、美しい物は存在しているだけで価値があると述べたであろう? お前達の美しさはしかと見せてもらった」

「美しさ……ですか? ドヴェルグ様は、エルフの肉を所望していたのでは無いのですか?」

「それは副産物だ。それ以上の物を見せてもらった事で、腹はもう満ちた」


 私の問いに対し、やれやれといった感じでドヴェルグ様が応えてくれました。

 そして、ようやく私は全てを理解したのです。


「美しい」というのは、外見的な物ではなく、心のあり方を指していたという事を。


 私は思わず赤面しました。エルフの外見は美しいと世間で言われている事は知っています。だから外見的にも生態的にも近い人間達は、私達を慰み者として扱うのです。


 ですが、帝王竜ドヴェルグ様がそんな事をするはずがありません。竜種と私達では、あまりにも種族の差が大きすぎます。劣情を催したりするはずが無いのです。


 帝王竜であるこのお方が、そんな下劣な考えを持つはずが無いのです。分かりきっていたのに、私は「美しい」という言葉を表面的にしか捉えられていなかったのです。


 サキさんは私たちを面倒見ている間、頻繁に「ドヴェルグ様はただの帝王竜ではない」と口ずさんでいました。その意味が、今になってようやく分かりました。


(このお方は、種族の力ではなく、魂のあり方を見ているのだわ……)


 圧倒的強者である帝王竜は、他種族を全て見下していると噂されています。


 ですが、ドヴェルグ様は決してそんな事はしないのです。帝王竜同士が争いで死滅していく中、ただ一人生き残られた理由が、なんとなく分かった気がします。


 このお方は、まさに『帝王』と呼ばれるに相応しい器を持った竜なのです。肉を欲しているというのも私たちエルフの魂を試すテストだったのでしょう。


 肉は『副産物』だと仰られたのがその証拠でしょう。もしも私が無様に命乞いをし、自らの種族の名声を地に落とすような真似をしていたら、ドヴェルグ様は容赦なく私を食らうつもりだったのではないでしょうか。


「お前の姿を見て我は満足した。今後も、その姿を我に見せてくれる事を期待しているぞ」


 ドヴェルグ様は、私に優しくそう語りかけてくれました。


 この偉大なる竜は、誇り高く美しい魂を持つものであれば、どんな種族だろうと分け隔てなく接してくださる。その思いが私の胸を熱くし、思わず号泣してしまいました。


 私たちエルフという種族は、決して優等種とは言えません。

 非力だし、魔力の扱いに多少長けていても、それはもっぱら敵から逃げるために使うのです。

 森の中の魔獣たちからは捕食対象の一種として見られ、意志疎通出来る知性があるから人間の奴隷の対象にもなります。


 ですが、そんな弱小種族だって、弱小なりのプライドがあります。


 それを帝王竜という強者に認めてもらえたのは、大げさにいえば、私達の存在が全肯定されたような、そんな気がしたのです。

 

 子供のように泣きじゃくる私に対し、ドヴェルグ様は退室を促し、最後にサキさんと私に休息を取るようにと温かいお言葉をかけて下さいました。


 そうしてドヴェルグ様の寝ている場所から大分離れると、それまで無言で歩いていたサキさんが、どこか誇らしげに私に語りかけてきました。


「言ったでしょう。ドヴェルグ様はただの帝王竜ではないと」

「はい。なんとお礼を言ったらいいか……」

「礼を言いたいのであれば、先ほどドヴェルグ様が仰っていた事を続ける事ね」

「は、はい!」


『今後もその姿を我に見せてくれる事を期待している』と、ドヴェルグ様は仰いました。つまり、私達の忠誠心や、エルフとしての誇りを保ち続けろという事でしょう。


 サキさんに先導され、生きたまま仲間の元に戻ると、仲間達は驚きと歓喜の混じった表情でみんな駆け寄ってきました。私は、ドヴェルグ様とのやりとりと、あのお方のお考えを全て仲間に伝えました。


 皆、私と同じように泣いたり、笑ったり、様々な反応を見せました。


「ドヴェルグ様があなた方を迎え入れた以上、私としては異論は無いわ。これまで通り過ごしなさい」


 私達が大騒ぎしているのを、サキさんは無表情で眺めていましたが、やがて飽きたのか、そう言い残してどこかへ去って行きました。


 サキさんの正体については未だによく分かっていませんが、あの方はドヴェルグ様に最も近い位置にいる方です。私達も、少しでも彼女のようになれるよう、努力していかねばなりません。


「王国に連れて行かれた仲間達は大丈夫かしら……」


 私達は帝王竜ドヴェルグ様の慈悲により救われましたが、やはり気になるのは王国に連れて行かれた同胞達です。無事でいてくれればよいのですが……。



   ◆ ◆ ◆ ◆



「そんな方法は人道に反している!」


 ペルーシュ生贄未遂事件発生とほぼ同時刻。グランツ王国の一角に設けられた、緊急対策会議室に大声が響いた。怒声の主は、先日帝王竜に挑み、敗北を喫した女騎士シガーだ。


「イヒヒ! これは面白い事をおっしゃる。人道! 人道に反しているとは!」

「何がおかしい!」


 怒鳴られているのに、むしろ嬉しそうに耳障りな声で笑っているのは、一人の男だった。


 薄汚い黒いローブを羽織っており、骨にかろうじて肉を付けたような痩せた身体。

 それほど歳は取っていないようだが、まるで老人のようなしわがれた声。一方で、目だけはぎらぎらと血走り、喋り方も相まって狂人のように見える。


「いやいや、騎士団長殿は冗談がお上手だと思いましてな。私の計画は『エルフ』を使うのです。だから『人道』とは無関係でございますゆえ。イッヒッヒ」


 おぞましい理屈を楽しげに話すその男に、シガー以外の面々も渋面を作る。楽しそうに喋っているのはこの死神のような男のみだった。


 この男の立案した計画を知るためには、少し時間を遡らねばならない。

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