第11話:我の腹は満ちた
サキの報告から二週間が経ち、「肉の準備が整った」と先ほど連絡があった。
俺は小躍りしたかったが、このクソでかい身体で踊ると建物が簡単にぶっ壊れるので自重した。
念のため、毎日サキからペルーシュ達の状況は確認していたのだが、日に日に健康になっているとの事だ。よきかなよきかな。
(サキも随分とペルーシュを可愛がっているなぁ……)
もしかしたら、女の子同士の友情とか、あるいはそれ以上の感情が芽生えたのかもしれない。
この二週間そればかり気になって気になって気になって仕方がなく、何度エルフ達の風呂を見にいこうかと思った事か。
だが、悲しい事に俺は帝王竜なのだ。
もしも俺がカワウソとかだったら、「キャー! カワウソが迷い込んで来たわ。可愛い~」とか言われて、エルフ達にもみくちゃにされていただろう。
でも帝王竜がのしのし出向いて行ったら警戒するだろう。
最悪の場合、エルフのメスに欲情する変態竜として認識されてしまう危険性もある。
確かに、俺は可愛い女の子が好きだ。
だから俺がドラゴンでいる間、せめてもの慰めとして、周りは可能な限りそういう存在で固めたいのだが、俺が異常性癖を持った暴君だと思われたら、表面上はヨイショしてくれるかもしれないが、心の底では軽蔑されるだろう。
い、嫌じゃ……美少女に囲まれても、蔑まれながら暮らしとうない……。
なにも俺がハーレムの中心に居る必要は無いんだ。ただ、美少女がキャッキャウフフ戯れる空間のオブジェとして俺を置いて欲しい。
(やっぱ帝王竜ってクソだわ。一刻も早く異世界転生する手段を探さないといかん)
とりあえず疲労回復中のエルフを驚かせないため、ここ二週間ほどは外に出ず、焼肉パーティーだけを楽しみに待っていた。どうせもう二千年経っちゃったし、時間は腐るほどある。ありすぎて困る。
人間達も帝王竜対策とか練ってるかもしれないが、今の所望み薄なので、他の種族にケンカを売っていく方向で行こうと思う。細かい事は考えていないが、まあそれは後回しだ。
俺がそんな事を考えていると、俺が塒にしている建物の中に、二つの人影が現れた。
一人はサキだったが、もう一人を見て俺は驚いた。
「ほう……見違えたな。美しいとは思っていたが、まるで別人のようだ」
「お褒めに預かり光栄でございます」
そう言って恭しく頭を下げたのは、エルフの長ペルーシュだった。
ペルーシュは初めて会ったボロボロの時から美人だと思っていたが、すっかり体調を回復させたらしく、見違えていた。
新緑のような髪は鮮やかな艶を取り戻し、入口から差し込む光を浴びて輝く。
サキはの肌ほぼ真っ白だが、ペルーシュは健康的な薄桃色の肌をしている。
疲労がにじみ出てやせ衰えた顔も、今ではすっかり張りを取り戻していた。
何より変わっていたのは服だ。
それまでは薄汚れた木綿のような物を巻きつけるような粗末な服を着ていたのだが、今はどこから引っ張り出してきたのか、純白の装束のような物を着こんでいた。
「この通り、ペルーシュは万全の状態にしてきました。この衣服は、かつてこの都市で行われていた祭事の時に使われた衣裳です。地下倉庫に残っていたので包装しました」
包装って……荷物じゃないんだからと内心で苦笑した。
綺麗な衣装に身を纏ってご満悦かと思いきや、ペルーシュの表情は、まるで真剣勝負に挑む剣士を思わせる決意に満ちていた。
俺の前にいるから緊張すると思うけど、もう少し気楽にすればいいのに。
ここに来たという事は、お肉を持ってきてくれたという事だろうし、エルフの皆も呼んで、焼肉パーティーでもしようじゃないか。
でも、祭事用の服だし、焼肉なんか食べたら汁がはねたりして大変そうだな。
「さて、ではそろそろ宴を始めるとするか。肉を用意してきたのだろう?」
とりあえず肉だ肉。
この世界――特に廃都じゃ焼肉のタレだの香辛料だのは手に入らないだろう。
肉は丸焼きにするしかない。ワイルドだが、俺はもともと帝王竜で胃は丈夫だし、二千年ぶりの肉と考えれば多少獣臭くても我慢出来る。サキもエルフ達も現地人だから、まあ大丈夫だろう。
「では、早速調理を開始します」
俺が促すと、サキは何も無い空間から真っ黒な大鎌を取り出した。
手品ではない。
あれは『処刑鎌』と呼ばれるサキの愛用の武器の一つだ。
人間が使っていた『竜殺しの剣』なんかもそうだが、この世界だと武器に魔力を籠めて強化するのが割と一般的なのだそうだ。
でも、サキのそれは桁違いだ。
サキは体内と大気中の魔力を合成し、その場で武器を製造する事が出来る。
武器に魔力を付与するのではなく、魔力そのもので武器を作る破天荒っぷりだ。
例えると、通常の魔法剣が金箔を塗った石像だとすると、サキの持っている処刑鎌は全部が金で作られている像。そのくらい価値の差がある。
そして、サキは大鎌を思いっきり振りあげると、跪いたペルーシュの首もとめがけて――
「待て」
ちょっと待て! この子たち何やってんの!?
あまりにも自然にサキが鎌を取り出し、ペルーシュも平然と受け入れるから、あやうくスルーする所だった。鎌はペルーシュの首の上から一センチくらいの所でぴたりと止まっていた。
あと一秒遅ければ死んでいた。
「……何のつもりだ?」
俺が困惑しながらそう尋ねると、サキは少しだけ戸惑った表情で俺の方を見た。
「申し訳ありません。私は料理の経験が無いのです。『血の滴る新鮮な肉』をご所望とのことでしたので、殺して持ってくるより、この場で処理した方がよいかと……」
「そういう事ではない」
……なんでそんな猟奇的な状況になってんの?
俺はエルフ肉が食べたいなんて一言も……言ってるかもしれない。
前も言ったが、俺は帝王竜なので竜語が基本だ。だから、他種族の言語にいまいち自身が無い。
怪しげな中国人が喋る日本語みたいになってて、大体の意味は分かるけど細かい部分が違うなんてこともありえる。
だから、俺が「肉が食いたい」といった時、エルフ肉を食いたいと言っていた可能性もゼロではない。ていうか、この状況だと多分そう言ってたんだろうな。
てことは俺、すごい凶悪な奴みたいに思われてるじゃん!
異種族に欲情する変態竜のほうがまだ扱いがマシだ。
いや、それも嫌だが、美少女を殺してモリモリ食う奴なんて邪竜過ぎる。
いかん。ここは急いで訂正しなければ。
焦るな俺。ここは言葉を選んで……そう、ゆっくりと意志を伝えるのだ。
「どうやら、我の意図がサキにはうまく伝わっていなかったようだな。謝罪しよう」
「え? ど、どういうことでしょうか!?」
サキは鎌を引っ込め、俺の方に向き直る。
殺されそうになっていたペルーシュも、不思議そうに俺を見上げている。
ペルーシュからすれば、命がけのドッキリを仕掛けられた気分だろう。
ドッキリで済んでよかった。
「我はエルフの肉を欲していた訳ではない。美しきそなたらの命を奪うのは、我の本意ではない。我が本当に望んでいたのものは、お前達そのものなのだよ」
「私達そのもの……ですか?」
ペルーシュが首を傾げる。サキは俺の言葉を黙って聞いている。
俺はただ、美少女エルフ集団を回収して住んでもらえればよかっただけなのに。
果たしてうまく意図が伝わっているか謎だが、とにかく、エルフのお肉屋さんルートだけは回避せねば。
「左様。我は以前、美しい物は存在しているだけで価値があると述べたであろう? お前達の美しさはしかと見せてもらった。さあ、帰るがよい」
「美しさ……ですか? ドヴェルグ様は、エルフの肉を所望していたのでは無いのですか?」
「それは副産物だ。それ以上の物を見せてもらった事で、腹はもう満ちた」
あんなドッキリ仕掛けられたら、もう肉どころじゃありませんわ。もうお腹いっぱいだ。俺はただ、美少女たちが楽しく暮らしてくれるのを見ているだけでいい。肉は今後の機会にしておこう。
「本当に……私達は生きていてもよろしいのでしょうか?」
ペルーシュが念を押すように俺に声を掛ける。むしろ生きていてくれないと困る。
「何度も言わせるな。お前の姿を見て我は満足した。今後も、その姿を我に見せてくれる事を期待しているぞ」
「は、はい!」
ペルーシュは綺麗な顔をくしゃくしゃにして号泣した。
そりゃ、手違いで殺されそうになったら泣きたくもなるだろう。
サキにも悪い事をしてしまった。せっかく優しく接してあげた相手を、自らの手で殺させるところだった。暗殺部隊じゃあるまいし、子犬を育てさせて自分で殺させる訓練みたいな真似は断固拒否だ。
「サキよ、我の言葉が足りぬばかりにお前にも余計な心労をかけさせてしまったな」
「いえ、ドヴェルグ様のお心を理解出来なかった私が悪いのです」
そう言って、サキは申し訳無さそうに頭を下げる。
いやいや、悪いのは俺だってば。
でも、謝罪合戦になるとお互いいたたまれなくなるし、この辺にしておこう。
「ペルーシュも随分と恐ろしい思いをしただろう。しばらくはそっとしておいてやるがよい」
「畏まりました」
サキは背筋をぴんと伸ばして返事する。
そして、再びペルーシュを引き連れ、建物の外へと出ていった。
その途中、ペルーシュは何度も俺の方を振り返り、その都度ぺこりと頭を下げていた。
(ううっ……すまん……俺がコミュ障なばっかりに……)
もう少しで美少女が美少女を殺すシーンを見て喜んだ後、その肉を食う猟奇的変態ドラゴンになる所だった。
二人が出ていった後、俺は周りに見えないように壁側を向いて、ちょっと泣いた。
次回はペルーシュ視点です