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第1話:災厄の目覚め

 グランツ王国――諸国に並ぶものなしと呼ばれる強国。文化、兵力、人口……あらゆる面において他国を圧倒する『絶対強者』であった――今日までは。


 グランツ王国に住む種族のほとんどは人間だ。人間は突出した能力は持たないものの、その器用さと適応力と知性により、自分達より優れた能力を持つ種族すら支配し、大陸の覇者となった。


 だが、人間達は理解していなかった。『絶対強者』と呼ばれる自分達。そしてその強者の中でも精鋭中の精鋭の集まった強大な王国は、しょせん井の中の(かわず)であった事を。


「被害はどうなっている!?」

「今の所、奇跡的に被害者は出ておりません! ですが、奴が暴れ出したら……」

「急ぐぞ! 私は直接向かう! お前達は市民を避難させろ!」


 燃えるような赤い長髪の女性は、伝令兵の報告を聞くや否や、厩舎(きゅうしゃ)へ凄まじい速度で走り、愛馬に跨ると横腹に蹴りを入れた。


 彼女の名はシガー。

 王都の誇る兵力の一つである白百合騎士団。その中でも、彼女は女性でありながら団長を任される逸材だ。勇猛果敢な彼女ですら、出来る事ならこのまま馬を逆方向に走らせたい衝動に駆られる。


「まさか……まだ帝王竜(カイザードラゴン)が生き残っていたとは!」


 シガーは混乱し、逃げ惑う市民達を巧みな手綱捌きで回避し、現場へ急行する。


 帝王竜――古代種(エンシェント)と呼ばれる強大な力を持つ存在の中でも別格とされる竜種。さらにその中でも、帝王竜は文字通り竜族の帝王だ。


 だが、数千年前に最後の一頭が打ち滅ぼされ、それ以来、帝王竜はおとぎ話や神話の中だけに生き残る存在だった。


 それがつい先ほど、王都の隅に現れたという報告を聞いた時、シガーはくだらない冗談だと思ったが、竜族が現れたのなら放置はしておけない。


 竜は人間より遥かに強大な種族だが、自分と兵士達の力を持ってすれば勝てない相手ではない。厳しい戦いになるだろうが、民を守るのが騎士団長としての務めだ。


 だが、シガーが疾風のような速度で現場に辿り着いた時、彼女は自らの無知を後悔した。


 そこに君臨していたのは、国という群ではなく、単体にして紛れもない『絶対強者』だった。倒壊した建物の上には、一頭の竜が悠然と座り込んでいた。


 巨大な竜が犬のおすわりのようなポーズで待ち構えているのは、ある意味で滑稽(こっけい)だ。だが、とても笑っていられる状況でないのは現場の誰もが理解していた。


 竜としてはそれほど大柄ではない。シガーは複数の種類の竜と戦った事も何度かあるが、その際にもっと大きな個体と出くわした事もある。もしかしたら子供の竜なのかもしれない。


 だが、白銀に輝く鱗の一枚一枚には、素人ですら分かるほどの魔力がみなぎり、太陽の光を浴びて全身が神々しい輝きを放っていた。瞳は空よりもなお澄んだ深い蒼。他の獣とは一線を画す知性を感じさせた。


「お前が人間達の中で『最強』の存在か?」


 数百もの兵に武器を向けられているというのに、白銀の竜は少しも動揺せず、地の底から響くような声でシガーにそう問うた。


「私が人間の中で最強かどうかは分からないが、少なくとも、この場にいるどの人間よりも強い事は保障しよう。そして、今からお前を打ち滅ぼす事もな」

「そうか、それは喜ばしいことだ」


 シガーは出来る限りの啖呵(たんか)を切ったつもりだったが、竜は目を細めて何故か嬉しそうな口ぶりだ。


(馬鹿にされているのか? まあ、もしもこの竜が『帝王竜』なら当然か)


 シガーは警戒レベルを最大まで上げる。あくまで昔話からの知識だが、帝王竜は力だけが強い存在ではない。特徴的な白銀の鱗を持ち、竜の中でも突出した知性を持つという。


 シガーとて無策ではない。シガーは腰に下げていた『切り札』に迷うことなく手を伸ばす。そして、それを引き抜いた。


「ん? なかなか立派な剣だな。それで我を(ほふ)るというのか」

「帝王竜。騎士として疑問には答えさせて貰おう。この剣は『屠竜(とりゅう)の剣』と呼ばれている。かつてお前達、帝王竜を屠った一振りだ」


 シガーが言った事は嘘ではない。帝王竜の最後の一頭――いや、目の前の奴がいるのでその伝説は嘘になったが、この剣で帝王竜を討った事実は、王国の歴史に燦然(さんぜん)と輝いている。


 だが、誇り高きこの剣は使い手を選ぶ。現状、グランツ王国で屠竜の剣を扱えるのはシガーのみ。そして、シガーは実際にこの剣で数多(あまた)の竜を切り捨てた。


 その切れ味は凄まじく、鋼鉄よりも硬い魔物の皮膚すらバターのように斬り捨てる。あまりにも鋭いため、シガーも滅多に抜く事は無い。そして、今はその『滅多』に当てはまる。


「竜殺しの剣か。ならば我もそれ相応の対応をせねばな」


 そう言うと、帝王竜はおすわりのポーズから、巨体を地面にゆっくりと倒す。ちょうど、犬がおすわりから伏せをしたような体勢だ。


 シガーは相手の意図が分からず、そのまま動けずにいる。そんなシガーにお構いなしに、帝王竜はずい、と首を彼女の前に差し出した。


「さあ、その剣で我の首を()ねるがよい。なに、遠慮はいらん。思いきり剣を振るがよいぞ」

「……何を企んでいる?」

「その剣は竜殺しの剣なのだろう? そして我は竜だ。ならば殺すのに問題はあるまい。さあ、間違いなく首を狙うのだぞ。ちょうど真ん中あたりが鱗が薄いのでおすすめだ」


 帝王竜は鼻歌でも歌うみたいに軽い口調で答えた。その態度に、シガーの感情が警戒から怒りへと塗り替えられていく。


「……っ! 馬鹿にするな! いいだろう、お望み通りその首を王都の中心に飾りつけてやる!」


 シガーは馬から降り、地面を蹴る。彼女の得意とするのは、優れた身体能力から繰り出される一撃必殺の攻撃だ。突進の加速力を加え、剣の重みと鋭さで相手を一撃で切り捨てる。


「はああああああああああああっ!!」


 シガーが吼える。彼女の渾身の一振りが竜の首に振りおろされる。だが、竜は身じろぎ一つしない。

 そして、その一撃で宙に舞ったのは、竜の首ではなく剣の刀身であった。


「……な、ば、馬鹿な……」


 シガーには何が何だか分からなかった。無防備な竜の首筋に、竜殺しの刃を全身全霊で叩きつけた。だというのに、竜の鱗を僅かに削っただけで、王国に代々伝わる伝説の剣はへし折れた。


 周りを囲んでいた兵士達は、シガーを鼓舞していたが、皆、戦場だというのにしんと静まり返っていた。ありえない。あってはならない光景が目の前に繰り広げられていたのだから無理もない。


「……まさか、今ので終わりではあるまいな?」


 沈黙を最初に破ったのは帝王竜だった。帝王竜は半身を起こし、シガーに顔を近づける。

 シガーは本能的に悲鳴を上げそうになったが、騎士団長という理性によってなんとかそれを押し籠めた。


「他に何かあるだろう? 例えば、竜を倒すのに特化したスキルや、チートのようなものが」

「す、すきる? ちいと?」


 帝王竜が何を言っているのか分からず、シガーは単語を返しただけだった。

 口ぶりからすると竜を倒すための何かのようだが、そんなものはある訳が無い。あればとっくに使っている。


「……本当に何も無いのか? 今の一撃が、現状の人間の最高の一撃なのか?」


 竜は詰問するようにシガーに迫る。シガーは顔面蒼白になりながら、ただ突っ立っていた。片手には折れた剣を握ったままで、その折れた剣は、人類の希望や誇りを象徴しているように見えた。


 騎士団最高の実力者が、最高の威力をもつ一撃を放った。そして、それは竜の鱗にかすり傷を付けただけだった。となれば、後は人間に出来る事は無い。この竜がちょっと身震いするだけで、王国の歴史は幕を閉じる。


 人間達は、自分達がいかに傲慢だったのか、真の強者という存在をいかに知らなかったのか後悔した。だが、もう遅い。あとは滅びを待つのみだ。


「……止めだ」


 その時だった。帝王竜は身を起こし、背中の翼をゆっくりと羽ばたかせた。もしかしたら空中から王都を火の海に変える気だろうか。


 そんな恐怖にシガーを始めとする人間は恐怖するが、竜は業火ではなく、溜め息を一つ吐いただけだった。


「聞け。人間達よ。我は竜殺しの末裔がここに居ると聞き、封印されし地よりはるばるやって来た。我は強者との戦いを望んでいる。だが実際はどうだ? お前達は弱い。我の期待外れだったようだ」


 竜は空中でホバリングしながら、その場にいる全員に聞こえるように喋り続ける。


「しかし、お前達が我が一族を屠ったのは事実なのだろう。ならば力を付けよ。そして、我を殺してみるがよい。お前達が我が命を奪う日が来るのを、我は心待ちにしようではないか」


 それは、あまりにも傲慢な宣言だった。自分を殺せるなら殺してみよ。この竜は、自らの力を誇り、それ以上の強者との戦いを望んでいる。


「我は帝王竜ドヴェルグ。我の名を忘れるな。いつの日にかまた会おうではないか。ああ、そうだ。お前達の住処を破壊してしまった事を謝罪するのを忘れていたな」


 ドヴェルグと名乗る竜は、とって付けたように街を破壊した事を謝罪し、空高く舞い上がり、どこかへと飛び去った。


「……化け物め」


 ドヴェルグの姿が完全に見えなくなった後も、シガーは奴が飛び去った先をずっと睨みつけていた。一方的に宣戦布告し、騎士の誇りを踏みにじるような行為をされ、その挑発に乗った。しかし、全ては奴の手のひらの上だった。


 その上、「今のお前達は弱いからせいぜい強くなれ」と言い捨てられ、街を軽く破壊しただけで去っていった。完全に情けを掛けられた形で、人間という種族の誇りに大きく傷を付けられた。


「帝王竜ドヴェルグ……なんと恐ろしい……」


 シガーは苦渋の表情で、兵士達に撤退の命令を下した。帝王竜がまだ生き残っていた。それは数千年ぶりの激動を予感させた。


 帝王竜。強大な力を持つ竜の中で、その頂点に立つ、神話の時代から生き続ける竜の王。その咆哮(ほうこう)をひとたび聞けば、あらゆる獣は震えあがる。その剛力(ごうりき)をひとたび振るえば、大地は鳴動する。その叡智(えいち)は賢者を超え、神すらも嘆息させる。


 神にもっとも近いとされる帝王竜。その彼の胸に去来するものはただ一つ。


「異世界転生したい……ジャンガリアンハムスターになりたい……」


 己の住処へ帰還する途中、ドヴェルグはぽつりと呟いた。

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