093_管理者(完)
メタルタイタンの剣を握りしめ、ラフエアルに接近する。接近戦は得意ではないが、勇気を振り絞って近づき斬りつける。
リーシア相手に剣の練習をしたが、なんとか様になった。【剣神】を所持しているのだから、これくらいで満足していてはいけないのだろうが……。
俺の剣はラフエアルの翼に阻まれたが、その翼を切り裂きラフエアルの体に届いた。
「なっ!?」
ラフエアルの胸の辺りに一本の線ができ、血が噴き出した。苦悶の表情を見せるラフエアルは、キッと俺を睨んだ。
「私の体に傷をつけるなど、万死に値します!」
先ほどまでの柔和な表情から一変、ラフエアルは鬼の形相に変わった。
「簡単に死ねると思うなよ!」
口調も乱暴なものになった。これがラフエアル本来の口調なんだろう。
翼を羽ばたかせ、羽根カッター乱れ撃ちと言うべき攻撃をしてきた。
リーシアが俺の前に出て、その羽を盾で防ぐ。同時にセーラの雷魔法とエリーのロケットランチャーが火を吹いた。
「ぐあっ!?」
爆発音と共にラフエアルから苦悶の声が聞こえ、爆炎に包まれる。
雷魔法で体を痺れさせ、ロケットランチャーで大ダメージを与える。いいコンボだ。
爆炎が晴れてラフエアルの姿が見える。
美しかった翼がボロボロになっていて、その姿にロケットランチャーの威力がかなり高いことを教えてくれる。
「まだまだです!」
ディマコC8アサルト・カービンを連射モードで撃ちまくる。ダメージはそれほどないが、手数は多い。嫌な攻撃だ。
「天使なら闇属性に弱くないですか?」
そう言ったセーラが闇魔法を発動させた。黒い雨が降り注ぐと、ラフエアルは顔を歪ませて嫌がっている。
「セーラとエリーだけに、いい恰好はさせない!」
リーシアが後衛二人の攻撃に触発され、ラフエアルに突っ込んでいく。
エリーが弾幕を張っていたため、リーシアの接近に反応が遅れたラフエアルは、その腹部に大斧を受けて吹き飛んで壁にぶち当たった。
「ワンワン」
さらにサンルーヴがラフエアルの目に短剣を突き刺した。
「ギャァァァァァァァァァッ!」
ラフエアルが絶叫し、のたうち回る。
地面をゴロゴロとのたうち回るラフエアルが、可哀想に思える。相手が知性のある人型だと、こんな感情が湧いてくる。
いけないと思いつつ、ちょっと同情してしまう。だが、俺たちと戦うということを、ラフエアル自身が選択したことなので自業自得だ。
いや、管理者に強制されて戦っているのか……?
本気になった皆にボコボコにされたラフエアルは、いいところなしで満身創痍だ。
まるでボロ雑巾のようになったラフエアルは、ゆらゆらと幽鬼のように立ち上がった。
ラフエアルが弱いのではなく、皆が強いのだ。この日のために、血の滲むような努力を皆がした。それが実を結んだだけのことなのだ。
「おのれ……私にこれほどのダメージを与えるとは、許さんぞ!」
『マスター、すぐにとどめを刺してください!』
『分かった!』
「この私をここまで追い込んだのだ。褒めてやる!」
ラフエアルの体が光を放つ。なんだ、何をしようとしているんだ!?
俺はインスが言うように、ラフエアルにとどめを刺すため地面を蹴った。
間に合え!
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
【高速思考】の効果なのか、時間が引き延ばされたように、周囲の動きが遅くなる。
メタルタイタンの剣を大きく振りかぶり―――。
―――ズサッ。
ラフエアルを大上段から切る。
「「………」」
ラフエアルの光が収まっていき、その視線が俺に注がれる。
「な……ぜ……」
なぜ私が負けてしまったのか。ラフエアルはそう言おうとしたんだと思う。
だけど、縦に線が走り、左右に切り別れてしまったため、最後まで言うことはできなかった。
「ふーーーっ……」
「やったな、主!」
「やったワン!」
「グローセさん、おめでとうございます!」
「改めて惚れなおしました。旦那様」
「皆、ありがとう」
『インス。ラフエアルは何をしようとしていたんだ?』
『自爆です』
『自爆かよ……』
『もし自爆していたら、防御力の高いマスターとリーシアさんはともかく、サンルーヴ、セーラさん、エリーさんはかなり危険でした』
『おぉ……自爆前に倒せてよかった』
インスのアドバイスがなかったら、俺は大事な人たちを失っていたかもしれない。インスがいて、本当によかった。
「主! これであの扉が開くんだな!」
階段の上にある大きな両開きの扉を見つめる。
「そうだな。皆、準備はいいか?」
皆が頷く。
俺たちはゆっくりと階段を上がっていく。次は何が出るのか……。
「主、開けるぞ」
リーシアが扉に手をかける。
「ああ、頼む」
グググとリーシアが扉を開けていく。
徐々に開いていく扉を見つめていると……。
「ここは……?」
俺は白い空間にいた。
目の前には……管理者がいる。
「よくここまで辿り着きましたね」
管理者は妖艶な笑みを浮かべて、優雅にお茶を飲んだ。
「貴方もお茶をどうぞ」
俺の前でティーカップが空中に浮かんでいる。手に取ってオレンジがかった茶色の飲み物を口に含む。美味いじゃないか。
「グローセさんと会うのは、これで三回目ですね」
「はい」
優雅にお茶を飲みながら、俺のことを真っすぐ見つめてくる。
この人、いや神は気まぐれな性格そうだから、下手な言動は控えないとな。
「うふふふ。グローセさんはこの赤の塔を攻略した初めての人です。敬意は払っていただきたいですが、そこまで緊張する必要はありませんよ」
やっぱ、俺の考えていることが分かるんだ。
「喋ってもいいですか?」
「許可をとる必要はありませんよ」
「それでは……俺たちは、赤の塔を踏破したと考えていいのですか?」
「うふふふ。気になりますか?」
「そのために来たので、かなり気になります」
ダンジョンマスター初回討伐特典。これが欲しい。そのために、苦労してここまで来たんだ。
「おめでとうございます。貴方は、この赤の塔を踏破しました。もちろん、初めての踏破者です」
「ダンジョンマスター初回討伐特典は、いただけますか?」
「気が早いですね。うふふふ」
勿体ぶりたいのか、管理者は含みのある笑いをした。
「そんな顔をしないでください。ちゃんとダンジョンマスター初回討伐特典はありますよ」
「ありがとうございます」
「いえいえ。これはがんばった人に対するご褒美ですから。うふふふ」
それでもダンジョンマスター初回討伐特典がもらえるのは大きい。しかも今回は、元の世界に戻ることができる可能性が高いんだ。
「気をもんでいるようですので、さっそく確認しましょうか。グローセさん、貴方は何をダンジョンマスター初回討伐特典として望みますか?」
来た! とうとうこの時が来たんだ。この日のために、この世界で辛い戦いに身を置いてがんばってきた。
俺は高鳴る胸を落ち着かせるように、大きく息を吸って吐いた。
さあ、言うぞ……。
「元の世界に戻る権利を誰かに与える権利をください」
「元の世界に戻る権利を誰かに与える権利? つまり、グローセさん自身は帰らないのですか?」
「はい。俺はこっちの世界で幸せを見つけましたので」
「幸せですか。うふふふ。面白いですね、構いませんよ」
管理者が手の平をくるりとすると、手の平の上に何かが現れた。
それは赤く光るルビーのような宝石にみえるが、大きさが十センチメートルほどある。あれがルビーなら、どれほどの価値になるか……。
「これを持っている人が、元の世界に戻りたいと強く願えば、元の世界に戻ることができます。ただし、別の世界からこの世界に来た人だけに反応します」
「強く願うというのは、曖昧な表現です。必死に願わなければいけないのでしょうか?」
「いいえ、この宝珠を両手で握って、元の世界に戻りたいと願うだけでかまいませんよ」
「ありがとうございます」
俺が頭を下げて感謝を伝えると、宝珠が空中をふわふわと俺のところにやってきた。
「これが……」
元の世界に戻るための宝珠。
「それでは、また会えるといいですね。うふふふ」
管理者がすーっと腕を動かすと、視界が切り替わった。
リーシア、サンルーヴ、セーラ、エリー、そしてインスが俺を囲んでいる。
「主!」
「ご主人様ワン」
「グローセさん……」
「旦那様」
「マスター。……どうでしたか?」
こうやって皆の顔を見ると、ホッとする。そして、手の中にあるものの感触にニンマリして、皆に赤い宝珠を見せる。
「これが元の世界に帰還するためのアイテムなのですね」
「ああ、管理者は丁寧な対応をしてくれた。最初の印象が悪いから、これをくれないかもしれないと思っていたけど、もらえて本当によかったよ」
「うふふふ。そんなこと言ったら、管理者様がお怒りになりますよ」
「おっと、いけない。今のはなしだ。ははは」
何はともあれ、俺は目的のものを得た。そして、古代のダンジョンと言われる大規模ダンジョンを踏破することが、元の世界に帰るための条件だ。
だが、この世界の人が、古代のダンジョンを踏破する前に、俺たち異世界人が踏破しないと、ダンジョンマスター初回討伐特典がもらえない。
これまで古代のダンジョンが踏破されていないことを考えれば、そう簡単に踏破されないと思うが、楽観視はできないな。
家に帰った俺は、四人娘を呼んだ。
「―――そういうわけで、一人だが、元の世界へ帰してやれることになった」
四人娘はグッと唇を噛んで、喋ろうとしない。
「悪いが、帰すことができるのは、一人だ。今後同じ権限を得られることはまずないだろう。だから、四人で相談し、決めてくれ」
俺にとって最も身近な地球人は、この四人だ。四人の中から一人だけ決めることは、俺にはできない。だから、惨いようだが、四人で話し合ってほしい。
「グローセさん。私は辞退します」
「私も辞退します」
「私も」
「私もです」
「………」
やっぱこうなるか。他の子を差し置いて自分だけが帰るという選択は、この四人にはないのだろう。
それに、今の彼女たちは、他の地球人たちとパーティーを組んでいる。全員が帰ることができるのならともかく、一人だけ帰るなんてできないよな。
俺は大きく息を吐いた。
「分かった。……だが、覚えておいてほしい。赤の塔と同じ古代のダンジョンはあと九つあるということを」
「「「「はい」」」」
俺は他の古代のダンジョンを踏破する気はない。赤の塔を踏破したのだって、赤の塔を踏破したら地球に帰ることができるのか、それを調べるためだ。
数日後、四人娘パーティーが、俺の下を去っていった。彼女たちは、他の古代のダンジョンを回って、全員で地球に帰ることを目指すと言っていた。
自室の窓から四人娘たちを見送った俺は、椅子の背もたれに体を預けた。
「彼女たちが、無事に地球に帰ることができるように……」
リビングに行くと、皆が集まっていた。
リーシアはいつものように、メタルタイタンの大斧を磨いている。
サンルーヴはお菓子を食べながらソファーの上でゴロゴロしている。
セーラはキッチンで何かを作っていて、俺と目が合うとほほ笑んでくれた。
エリーは王都からの手紙を読んで、首を振っている。国王が王都に戻ってくるのはいつかと聞いているのだろう。いつものことだ。
そして、インスは優雅にお茶をしていて、俺が顔を出すと少しずれて俺が座る場所を空けてくれた。
「皆。これからもよろしくな」
そう呟く。
「もちろんです」
隣に座り、その豊満な胸を俺に押しつけてくるインスに、呟きが聞こえたようだ。
これからも俺は五人を愛すだろう。そして、いつまでも幸せな人生を送って、皆に看取られてこの世界で与えられた寿命を全うする。
その時には子供や孫もいると思う。皆に囲まれて逝けたら、これ以上の幸せはないと俺は思う。
これが俺のささやかな願いだ。他の人が聞いたらちっぽけな願いだと、笑うかもしれない。
だが、そんなちっぽけな幸せでいいのだ。それで十分に幸せなのだから。俺は。
――― 完 ―――
ラストが上手く纏まらなかったので、中断していました。
これも不満が残るラストです……。もしかしたら、いつか改稿するかもしれません。(-_-;)




