092_天使
「明らかに怪しい……」
俺がそう呟いたら、中央にある天使の銅像が光り出した。俺の勘がヤバいと言っている!
「皆、下がれ!」
俺たちは、エントランスの入り口から外に出ようとしたが、扉が閉まってしまう。押しても引いても扉は動かない。閉じ込められたようだ。
振り向いて天使の銅像を見ると、鈍色だったそれらが色を放っているではないか。
「よくきました。私は貴方たちを歓迎いたします」
「「「「喋った!?」」」」
俺、セーラ、リーシア、エリーが驚きの声をあげるが、サンルーヴは首を傾げている。
てか、銅像だった天使が喋るのかよ……。
「これくらい想像できたと思いますが?」
「まあ、あるていどは予想したけど……。でも、銅像が動いたり喋るのは、驚きますよ」
「それは失礼しました。私はこの世界の管理者様を守護する天使の一柱で、ラフエアルと申します」
「これはご丁寧に。俺はグローセ・ヘンドラーと申します。こっちはリーシア、セーラ、サンルーヴ、エリーです」
『インス。ラフエアルのことを教えてくれ』
『はい。ラフエアルは管理者を守護する熾天使の一柱で、癒しを与える天使です』
『癒しの天使は分かったが、熾天使ってなんだ?』
『天使にはいくつかの位階がありますが、熾天使はその最上位の位階になります。私の知識では、七柱の天使が熾天使だったと』
『つまり、めちゃくちゃ強そうってわけだ』
『残念ながら、神でも下級神であれば、消滅させられるほどの力を持っています』
『そんなチートな天使がダンジョンボスってわけだ』
俺は聞きたくない情報を聞き、気持ちが萎えていく感じを覚えた。だけど、ここで退くわけにはいかない。管理者に会わないと、ここまで来たことが無駄になるからな。
それに、扉は固く閉じられた。残念ながら、前に進むしかないんだ。
「あれ、なんでうごくワン?」
「どうしたんだ、サンルーヴ」
「あれからにおいしないワン。よくわからないワン」
匂いがしない? よく分からないが、この城の中ではサンルーヴの鼻も利かないのか?
「貴方たちが目指す場所は、その階段を上がったところにあります」
天使が指差した階段の上を見上げると、巨大な両開きの扉がある。あの扉の奥に俺たちが目指す場所……。え? それって、ダンジョンボスのボス部屋だよな?
つまり、目の前にいる熾天使ラフエアルは、ダンジョンボスではないのか?
『インス。今のラフエアルの話では、ダンジョンボスが他にいるように聞こえたのだけど』
『私にもそう聞こえました。しかし、熾天使以上の存在となると……』
『神……か』
『はい』
嫌だー。もう帰りたい。転移で赤の塔の外に逃げてもいいかな?
「ただし、私を倒さなければなりません。私が倒されるか、貴方たちが倒されるかしないと、このエリアから出ることは叶いません」
「撤退はできないということですか?」
「はい。できません。ああ、一応言っておきますが、転移系のスキルや魔法も使えません。嘘だと思うのでしたら、使ってみてください」
まさか、転移もできないのかよ。徹底してるな……。
「戦いは避けられない。そういうことか」
「その通りです」
ラフエアルが柔和な表情で短く答えた。
柔和な表情で言うことじゃないよな。殺し合いが好きなのか? 好きなんだろうな……。この天使、リーシアかよ!
「そうと決まれば、さっさと殺ろうぜ!」
噂のリーシアは肩をグリグリ回して、早く戦わせろという雰囲気を出す。
「私はいつでも構いませんよ」
ラフエアルが翼をばさりと二回羽ばたかせると、空中に浮いた。
天使だから空が飛べるのは分かるけど、なんで翼を動かしてないのに浮いていられるのかな? それ、翼要らないよね?
『インス。ラフエアルのステータスは?』
『申しわけありません。ラフエアルのステータスを見ることはできません』
『敵の力が分からないことが、これほど恐ろしいと感じたことはないよ』
『マスターには私とリーシアさんたちがついています。ラフエアルなど恐れることはありません』
『ありがとう。それじゃあ、そろそろリーシアが暴走しそうだから、戦いを開始するよ。いつものようにバックアップをお願いね』
『最善を尽くし、ラフエアルを倒すお手伝いをさせていただきます』
インスがいてよかった。そうじゃなかったら、怖くて泣いて謝っていたところだ。
「リーシア、セーラ、サンルーヴ、エリー。ラフエアルを倒さなければ、この空間から戻ることも進むこともできない。覚悟はいいか?」
「覚悟などとうに決まっている。早く殺ろうぜ、主!」
常闇の鎧の盾にメタルタイタンの大斧を打ちつけるリーシアは、頼れるタンクだ。
「最善を尽くします」
真面目な回答はセーラだ。彼女がいることで、俺たちは精神的に支えられてきた。
「まかせるワン」
いつも飄々としているサンルーヴは、俺の癒しだ。サンルーヴを守るためにも、ラフエラルを必ず倒す。
「旦那様の目的を支えるのが、私の喜びです」
一緒に戦うが、エリーの内助の功には助けられている。
『私も精一杯、マスターを支えさせていただきます』
俺がここまでこられたのも、インスのおかげだ。この世界に転移させられ、右も左も分からなかった俺を献身的に支えてくれた。感謝してもしきれないよ。
「皆、ありがとう」
ラフエアルに視線を向け、油断なく見つめる。
「準備はいいですか?」
ラフエアルは翼を広げた。
「いきますよ」
ラフエアルは相変わらず柔和な表情だ。これから戦うというのに、その表情は余裕の表れなのか。
「主!」
「うん。リーシア、GO!」
「応!」
リーシアが弾かれたように飛び出した。それに反応したラフエアルが翼を羽ばたかせると、その羽根が無数に射出されてリーシアに向かった。
「はぁぁぁっ!」
バチバチバチッ。常闇の鎧の盾を全面に押し出して、その羽根を受けるリーシア。
攻撃を受けてもリーシアの前進速度は変わらず、ジャンプしてラフエアルに盾をぶち当てる。
しかし、常闇の鎧の盾はラフエアルの左手に受け止められていた。
「ちっ。受け止めたか」
床に着地したリーシアが舌打ちをした。ノーダメージなのが、納得いかないのだろう。
「ワン!」
リーシアが床に着地した瞬間、サンルーヴがラフエアルの後方に現れ、美しい翼に切りかかった。
「キャンッ」
翼から羽根が飛び出し、サンルーヴが弾き飛ばされた。後方にも羽根が飛ぶって、反則だろ。
「二人とも、大丈夫か!?」
「問題ない!」
「だいじょうぶワン」
天使だけあって、さすがの強さだ。俺は時空魔法で全員にバフをかけ、ラフエアルにデバフをかける。
「私が弱体化される? 貴方、なかなかやりますね」
「デバフは効いているのに、その冷静さ。相当な自信ですね」
ラフエアルは微笑みで返事に代えてきた。
「撃ちます!」
ドンッ。エリーがディマコC8アサルト・カービンでラフエアルを狙撃した。
「っ!?」
なんとラフエアルはその翼で弾丸を防御した。
「あの翼は攻防一体かよ」
「燃やします!」
セーラが魔法を放ち、ラフエアルを炎が包み込んだ。轟々と炎が燃え盛るが、それはラフエアルの周囲だけなので、俺たちに被害はない。高度な魔法制御力があってできることだ。
「くっ!?」
ラフエアルが翼を羽ばたかせると、その炎が掻き消された。
これは厄介だ。




