082_商売の一幕
コミックフラッパー様よりコミカライズしていただけることになりました。
1話は1月24日に公開です。
楽しんでください。
コミックフラッパー様
https://comic-flapper.com/
------- お知らせ -------
設定を書籍に合わせています。
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「ふわーー……」
暖かくて気持ちいい日なのであくびが出る。別に怠けているわけじゃないからな。
こう見えても俺は実業家だから、毎日忙しくしているんだ。
昨日は王都に出した店と赤の塔の町の店を視察したし、今日はアスタリカ公国の港を視察中だ。
【時空魔法(A)】であっちこっち転移できるから、いったことがある場所ならどこにだって一瞬でいけるぞ。
「マスター、昨夜は激しかったです……」
「いつにも増して激しかったからな、俺でも足腰が立たなかったぞ、主」
「思わず回復魔法を自分にかけてしまいました、グローセさん」
「わう……」
「旦那様が獣に見えました……」
まぁ、昨夜はほとんど寝ていないからあくびが出るのはそのせいかもしれない。
「マスター、ガレオン船が寄港したようです」
アスタリカ公国の港は最初セーラが造った石の桟橋しかなかったが、今では木の桟橋が二本できていて、三本目を建造中だ。
それほど商売が上手くいっているということで、毎日多くの船が港を使っている。
「港にガレオン船を見にいくか」
俺たちが港にガレオン船を見にいくと、ガレオン船以外からも多くの人や荷物が出入りしていた。
「活気があるな」
「フェルト王国、イクマ大公国、水の国などからも船がやってきています」
セーラが船に掲げられた国旗を見て教えてくれる。船には国旗と所属する商会や団体の紋章が掲げられているのだ。
「主、何かトラブルのようだぞ!」
リーシアが目ざとく人だかりを見つけて、嬉しそうに俺の手を引いていく。
近づくとたしかにトラブルのようで、二人の男が言い合いをしていた。
「我らはフェルト王国の使節団であるぞ!」
えらい剣幕でまくし立てているのはフェルト王国の使節団の代表者のようだ。
「どの国の使節団であろうと、商品を半額にしろという無法を許す気はありません」
対応しているのは、俺の従者でサルマーという牛の獣人だ。体が大きくて力はあるが船には弱いのでサエラの補佐として商館を運営している。
俺たちはしばらく様子を見ていたが、使節団が寄港して商談をして話がまとまって契約書を交わして荷物を積み込んだ後に、使節団が値切り交渉をしてきたそうだ。しかも半額で。
「ええい、貴様では埒が明かぬ! 責任者を出せ!」
使節団のエジンバラ特使という人物がサルマーと交渉をしていたが、一歩も引かないサルマーの態度に業を煮やした。
仕方がない、ここは俺が出ていこう。
「サルマーさん、どうしたのですか?」
「サエラ商館長」
と思ったら、サエラが出てきた。俺の一歩踏み出した足のいき場が……。
「おい、娘。その方が商館長か?」
「ヘンドラー商会アスタリカ公国商館の商館長をしております、サエラと申します」
サエラはエジンバラ特使に一礼をした。
「私はフェルト王国使節団の特使である! この者では話にならぬ」
サエラはサルマーとエジンバラ特使の話を聞き、一つ頷いた。
「では、その金額で構いません」
「商館長!?」
「分かっているではないか! ははははは」
高笑いするエジンバラ特使が金をサエラの手に代金が入った革袋を押し当てるように渡した。
「サルマーさん、今後フェルト王国の船には商品を売らないように徹底してください」
サエラの言葉に俺もそうだが、サルマーもかなり驚いたようだ。
「よろしいので?」
「問題ありません。フェルト王国以外にも売り先はいくらでもあるのです」
その会話が耳に入ったのか、エジンバラ特使が振り返った。
「分かりました。フェルト王国の船には商品を売らないように徹底させます」
「ちょっと待たぬか!」
エジンバラ特使が割って入ってきた。
「何ゆえ我が国に商品を売らぬのだ!?」
焦っているのがよく分かる。
「いくら特使様でも我が商館の経営に口を挟まないでください」
「ええい、黙れ! なぜ我が国に商品を売らぬのか聞いておるのだ!」
「商売のしょの字も知らぬ国ゆえ、取引相手として不適格と判断したまでです」
「貴様、我が国を愚弄するか!?」
「愚弄しているのはエジンバラ特使ではありませんか?」
「なんだと!?」
「契約を交わし、積み込みが終わってからの値引き交渉? 商売のしょの字も知らぬにもほどがあります。商人の真似事をするのは他でお願いします」
おぉ、サエラの啖呵が決まった!
エジンバラ特使がみっともなく口を開けて呆けている。ざまぁ。
「な、な、な、何を! 私を侮辱するか!?」
目くじらを立てるというのはこういう感じなんだろなというくらいに、エジンバラ特使が憤慨している。
「エジンバラ特使とはもう二度と会うことはございませんが、ごきげんよう」
サエラがエジンバラ特使をバッサリと切って捨てた。
日本ではお客様は神様だと思っているような行動をする人もいるけど、俺はそうは思っていない。
商品だろうとサービスだろうと提供する側と、代金を支払って購入する側に優劣はないと思っている。
だから、客が一方的に上位だなんてバカなことは日本にいる時から俺は考えていない。
商品を買う買わないを決めるのは客だが、商品を買ったのであればその商品に対する代金を支払うのは当たり前だし、買った商品が気に入らないのであれば二度と買わなければいいのだ。
必要があって買ったり、商売のために買う商品がなくて困るのは客のほうなのだから。
もちろん、契約前には厳しい価格交渉があってもいいし、商品の品質について確認するのも構わない。
売る側が価格交渉は一切受け付けないという方針であれば、契約にならないだけで売る側が儲からないのだ。
需要と供給のバランスを考えながら、お互いによい取引ができなければ、俗に言うウィンウィンの関係じゃないと商売を続けていくのは難しいのだ。
「ま、待て! 国際問題になるぞ!」
「それが何か?」
その切り返し方、好きだわー。
おっと、そんなことを言っていられないな。もう一歩足を踏み出す時がきたようだ。
「サエラ」
俺はやじ馬をかき分けてサエラに声をかけた。
「商会長! いつこちらへ?」
「さっききたところだ」
「おい、貴様! その女の上司か!」
エジンバラ特使が少し持ち直して俺に突っかかってきた。
「そうですが、貴方はどちら様でしょうか?」
「私はフェルト王国の特使である! その女は私を侮辱した! これは国際問題である!」
「ここには国の役人はいませんよ。国際問題であれば、他にいって訴えてください」
「なっ!?」
俺はエジンバラ特使を切って捨てた。あのままでは本当に国際問題になった時にサエラが悪者になってしまうので俺が悪役になろうというわけだ。
それに、俺がやってみたかったというのもある。
「サエラ、最近の収支を確認したい。商館へいくぞ」
「はい」
「はいはい、皆撤収! 見世物は終わりだぞ!」
俺はサエラとサルマーを連れて商館へ歩き出した。
「待て! いや、待ってくだされ……」
「まだ何かありますか?」
「代金の残りを払う。だから取引停止はなかったことにしてくれ」
この港を開港してから1年。フェルト王国には酒以外にも多くの商品を流している。
それらの商品の流通が止まれば、フェルト王国内で混乱が起きることは想像できる。
赤の塔の町で代官の補佐官に嫌がらせをされた時に流通を止めたら、商品が流通していた王都でかなりの混乱があって騒ぎになった。
それと同じことを他の国にも仕かけているわけだ。
俺はサエラと顔を見あわせてにこりと微笑んだ。
「サエラ、契約不履行の罰則はどうなっている?」
エジンバラ特使が首を傾げた。
「はい、契約不履行の場合、契約上の金額の三十倍の支払いをすることになっています」
「エジンバラ特使、そういうことです」
「………」
どうも呑み込めていないようだ。
「分かりませんか? 貴方からの一方的な契約変更の申し入れを飲む代わりに、当方は貴国との取引停止を決めました。すでに契約は成立しているのですから、貴方はそのまま帰ればいいのです」
そこでエジンバラ特使が表情を白黒させる。
「もし、その内容を破棄するのであれば、契約内容の三十倍の金額を支払っていただくことになります」
「ば、バカな! 我が国との取引を停止するという契約書などどこにもない!」
「はい。ですが、貴方は我が商会との契約の金額を支払わなかった。それについては認めますよね?」
「うっ!」
契約書がなければないで好き勝手言えるし、契約した内容と言われればその額面の三十倍を請求するだけだ。
今まで同じようなことを繰り返してきたのかもしれないが、この港ではそんなことさせない。
この商売、舐められたら同じことをする奴が後を絶たない。だから、毅然とした対応をとる。
エジンバラ特使がどう判断するか俺には分からないが、ヘンドラー商会を舐めたら痛い目を見ると噂が立ってくれればいい。
こういう奴がこの先少なくなれば、それでいいのだ。
フェルト王国が国際問題にしたいというのなら、すればいい。その責任は俺が負うけど、相手が大国だろうが好き放題言われるままだと思わないことだ。
俺は誠意には誠意で返すが、敵対者に容赦をするほどお人よしじゃないからな。
まぁ、エジンバラ特使にどれだけの力があるかは知らないけど、商取引上の話に国が関与してくるとは思えないから国際問題にならないと思うけど。
結局、エジンバラ特使は三十倍の金を払っていった。
これでエジンバラ特使が懲りればいいけどね。
「サエラとサルマーもよくやった。ああいうのは毅然と対応してくれ。権力なんか無視していい」
「「ありがとうございます。商会長」」
漫画を描いてくださるのは、山珠彩貴様です。




