005_商談1
商人ギルドで登録を行った。四種販売登録だ。
一般顧客相手に商売はできないが、商人や商人ギルド相手になら商売をしても問題ない。
当初の予定通り商人ギルドに白砂糖を卸すことにした。
担当者と商談するために別室に通され待つ。
紅茶のような透き通った茶色の飲み物を出されたが香りも味も今一だ。
だからというわけではないがナビゲーターさんとお話をする。
『ねぇ、ナビゲーターさん』
『何でしょうか?』
『商人が取引した時って何をもって取引を証明するの?』
『商人同士の取引の場合は購入側の商人が、一般人と商人の取引の場合は商人が売買証明書という書類を二部作成しお互いに保管することになります』
『でも小売りの場合はそれも難しいのでは?』
『小売りの場合はマスターの出身地でも使われていますレシートなる簡易売買証明書が発行されていますので問題ありません』
『なるほど、意外としっかりとしているんだね。あ、そういえば俺が【通信販売】で購入した場合はどうなるの?』
『売主が納税するのが基本なので、購入の方は厳しく見られることはありません。心配でしたら【通信販売】の売買証明書発行機能を使い持っておけば問題ないでしょう。後は企業秘密を前面に押し出してとぼけてください』
『企業秘密が通じるのね』
と話していたら部屋のドアをノックする音が聞こえた。
返事を返すとヒョロっとした三十代前半で身なりの良いイケメンが入ってきた。
顔はイケメンだが残念ながら目の下の隈が台無しにしている感じの人だ。
「お待たせして申し訳ありません。私は当ギルドでバイヤーをしていますレイニー・アンブレラと申します」
「あ、ご丁寧にどうもありがとうございます。私はグローセ・ヘンドラーと申します。四種販売登録者です」
挨拶は大事だから椅子から腰を浮かせ立ち上がり挨拶を返すとアンブレラさんは椅子に腰かけるように促してくる。
「申し訳ありませんが、あまり時間がありませんので早速本題に入りたいと思います」
目の下の隈を見るにかなり忙しくて寝る暇もないといった感じだろうか。
営業では世間話も大事なことだけど、時間がないのでは仕方がない。
ただ、時間がなくても相手のことを知るための時間は作るべきだと思う。
無駄なお喋りだと思えてもそこから商売に繋がることもあるのだから。
「はい、ではこれを見ていただけますか?」
俺はリュックサックの中身を全部ストレージに放り込んで代わりに入れておいた白砂糖の十キログラム入り袋を取り出して机の上に置いた。
「これは何でしょうか?」
袋には日本語で白砂糖と書いてあるが、アンブレラさんには当然のことながら日本語は読めない。
この世界に飛ばされる前は言葉が通じないかと心配していたが、スキルに言語系がなかったので多分大丈夫だと思い来ている。
しかし俺には日本語に聞こえるこの世界の言葉だけど、文字はしっかりと違っていた。
「これは砂糖です」
砂糖と聞いたアンブレラさんの表情が一瞬だが変わった。
営業では人間観察は大事なスキルになる。
「砂糖ですか? 中身を見ても?」
「はい、構いません」
俺は袋を開けアンブレラさんに中が見えるようにする。
するとアンブレラさんが表情を変える。
「味を見てください」
事前に【通信販売】で購入しておいたティースプーンで同じく購入しておいた小皿に軽く取り分け差し出す。
ティースプーンも小皿も共に百円で購入した安物だ。
「……白い……」
白砂糖だから真っ白なのは当然ですね。
ティースプーンに砂糖を少しすくい先ずは匂いを確認する。
白砂糖って匂わないよな?
匂いの後は砂糖が載ったティースプーンを口に含む。
「っ!」
驚愕に満ちた表情に変わるとそれを隠そうともしないアンブレラさん。
どうだ、甘いだろう!
「……これは……凄い」
「いかがですか?」
「この砂糖はどれだけご用意いただけますか?」
「そう焦らないでください。今日はここにある十キログラムだけを卸したく思っております」
「む、他の商人には?」
「ギルドがこの砂糖の価値を高く見積もっていただけるのであれば他の商人と商談をすることはないでしょう」
「……分かりました。この十キログラムを十万円、いや十二万円で購入しましょう」
ほう、一キログラムあたり一万二千円か。
一般客に流通している砂糖が二万五千円なのでほぼ半額での仕入れか。
十キログラム三千円で購入した白砂糖が十二万円で売れるのだからぼろ儲けなんだが、ここから税が十五パーセントなので一万八千円が引かれることになる。
儲けは九万九千円か。悪くはない。悪くはないが、もう一声欲しいと思ってしまう。
「どうでしょう、このハジメの町ではギルド以外には卸しませんので一定量の専売契約を結んでいただき、購入単価にもう少し色を付けていただくというのは?」
「……そういうことでしたら最低でも二百キログラムを卸していただきたい。それで一キロあたり一万四千円でいかがでしょうか?」
今回の十キログラムは税を引かれ十一万六千円の儲けだ。
たった十キログラムの砂糖を売っただけで十万円以上の儲けか、現代の砂糖パネェ。
それと二百キログラムだと六万円で購入できて二百八十万円の売り上げだから税金を引かれても二百三十二万円の儲けとなる。ウハウハじゃね?
「分かりました。最低でも二百キログラムの白砂糖を納品しますので、その単価で引き取りをお願いします」
俺とアンブレラさんはガシっと握手した。
その後アンブレラさんが用意してくれた白砂糖の専売契約書を取り交わし、今日は十キログラムを十四万円で卸して売買証明書を貰い税を差し引いた金額を受け取って商人ギルドを後にした。
専売契約書や売買証明書については内容をナビゲーターさんにも確認してもらって問題なかったのでそれぞれ二部にサインをして一部を俺が保管している。
そして白砂糖の追加納品を早々にしてほしいと要望があったので明日には三十キログラムを納品するということで話は纏まっている。
取り敢えず空も暗くなってきたし慣れない世界でも気疲れもあるので今日は宿を取って休みたい。
ナビゲーターさんに案内してもらい宿屋に向かった。
案内された宿はかなり立派な造りの建物だった。
『ナビゲーターさん、この宿屋は高そうだよ?』
『今の所持金であれば白砂糖を三十キログラム購入しても三泊はできる宿です。ハジメの町の中でも非常に安全でシャワーがある宿です。安全とシャワーを捨てて安宿にしますか?』
『……ここで良いです』
一泊二万八千円の宿の部屋は俺にとっては豪華だった。
ベッドは清潔感がありフワフワだし、室内にはシャワールームだけではなくトイレまであった。
風呂はないがシャワーがあるだけでもありがたい。
何か忘れているような……
『え~っと、何か忘れているような気がするのですがナビゲーターさん分かりますか?』
『さすがに答えに窮します』
『だよね~……って、そうだ思い出した!』
『よろしかったですね』
『いや、良いかどうかは微妙だよ! ナビゲーターさんってギルド登録したらチュートリアルが終わるって言ってなかった?』
『はい、言いました』
『ってことはナビゲーターさんとはもうお別れなのか、もっと長く一緒にいたかったよ』
『チュートリアルは終了しておりますが、私はマスターから離れることはありませんよ』
『へ?……チュートリアルが終わるとナビゲーターさんもいなくなると思っていたんだけど?』
『基本はその考え方で問題ありませんが、私は既にマスターに統合されておりますのでマスターが死ぬまで離れることはありません』
『統合ってそういうこと?』
『はい、そういうことです』
つまりギルドを出た時点でチュートリアルが終わり本来はナビゲーターさんとお別れすることになったけど、統合をしてしまったので一生俺から離れることはない。
このことは俺に教えることは禁止されていた。
しかし、俺を補助する流れとして統合されることは禁止されていなかった。
チュートリアルが終わるとナビゲーターさんの仕事も終わり消滅するところだったけど、スキルとなって俺の中で生き続けることができるそうで結構喜んでいた。
しかも銀髪エルフ超絶美人でオッパイも強力無比な破壊力を持っている姿にいつでもなれるので俺的には嬉しさ倍増だ。
『これからもよろしくお願いしますね、ナビゲーターさん』
『こちらこそ宜しくお願いします。マスター』
『何かナビゲーターさんっていうのも色気がないね。名前無いの?』
『直ぐに消滅する予定でしたので名前はありません』
『じゃぁ、俺が名前を付けても良いかな?』
『本当ですか! 是非お願いします!』
嬉しそうな声のナビゲーターさん。
その声に応えるためにも良い名前をと思うが考えてみたら俺ってあまりネーミングセンスないんだよね。
ナビゲーターだからナビ、センスの欠片もないな。
案内人でガイドだから……あり得ん。
パイロットも案内人のような意味を持っていたような……パイロン……男の名前だな。
案内だとインフォメーションやガイダンスか……インス、インフォメーションの最初とガイダンスの最後をくっ付けてインスなんて良いかな?
『インスってどうかな?』
『インス……はい、以後私はインスです! ありがとうございます、マスター!』
『じゃぁ、今後もよろしくねインスさん』
『マスター、私のことはインスと呼び捨てにして下さい』
『え、でも……分かったよ。よろしくね、インス』
『はい!』
喜んでもらって何よりだ。
『ついでなんで俺のことはグローセって呼んでくれるかな』
『いいえ、マスターはマスターです!名前で呼ぶなどトンでもないです!』
あれ、そこは拘るの?
けっこうな剣幕だったのでそれ以上は何も言わないけど……
翌日、朝食を摂ってから【通信販売】で三十キログラムの白砂糖を購入して商人ギルドに赴く。
残念ながらリュックサックには二十キログラムしか入らなかったので十キログラムの一袋は手で抱えていくことした。
残りは最低でも百六十キログラムを納品しなければならないのでお金ができたらリヤカーでも買うかな。
商業ギルドでは昨日とは打って変わって待たされることもなくすぐにアンブレラさんがやってきた。
目の下の隈が昨日より濃くなっているような気がするが、表情は晴れやかだ。
「お待たせしまして、申し訳ありません」
「いえ、全然待っていませんので、それとこれが三十キログラムの白砂糖です」
白砂糖を机の上に置き税を差し引いた代金と売買証明書を受け取り今日のお仕事はお終いだ。
少し重かったがたったこれだけで三十五万円近い儲けがでる。笑いが止まらんわ。
「次の納品は何時頃になりますか?」
「そうですね、二日後には百キログラム以上はなんとかなると思います」
「それは嬉しいですね。では、二日後にお待ちしております」
さて、商人ギルドを辞して何をしようか。
『そういえば、管理者さんは千人の内十人だけ元の世界に戻れるって言っていたけど、戻る条件って何か知ってる?』
『はい、存じております。しかしお話しすることは禁じられております。申し訳ありません』
『そうなんだ、因みに他の転移者のナビゲーターも知っているけど話せないの?』
『はい、条件は全員同じですので』
『了解、ありがとう』
つまりその条件を自分で探せってことだよね。
それとも偶然にその条件をクリアしたらサプライズで管理者さんが出てくるのかな?
あの金髪さんのことだから面倒なことを条件にしているんだろうなぁ~。