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Misér

作者: れなた

2015年7月に授業の課題で書いた作品です。

途中でものすごく不自然な箇所がありますが文字数合わせの為にこうなってしまいました。ご了承ください。

 骨のような男が、ふらつきながら歩いている。時々、食料を恵んで欲しいというような言葉を発しているようだが、声は空気に溶けて消えてしまう。男の汚い見た目に嫌悪感を示し、町を歩く人々は彼を避けていく。時折、彼を罵倒する者も見られる。男は彼らを一瞥し、路地裏に消えていった。

 彼の名は、「惨め」という意味の「ミゼル」。この名を付けたのが、首都に住む貴族の男だという事と、彼の血に多くの種族のそれが混じっている事以外、何も分かっていない。この国では、基本的に美しく優秀であるエルフ以外の種族は排斥される。それだけでなく、彼には下等生物である人間や獣人等の血も混じっている。したがって、この「水晶の国」の住民が彼を相手にする事はない。

 ミゼルは路地裏にある自らの寝床――とはいっても汚い布しかないが――に入り目を閉じた。彼の混沌とした血の象徴でもある、右目の中の二つの瞳が一緒に暴れているのを無理矢理抑え込むように。

――今日も生き残れた。だが安全に食料を手に入れる手段が存在する訳でもない――ぼくのような雑種が生きていても、性格の悪いエルフどもに馬鹿にされるだけだが。けれども名前どおりに、惨めに死ぬのもみっともない。……いや、これ以上考えるのは明日にしよう。明日があるかは分からないが。

翌日も彼はなんとか生きていた。彼はいつも通りに乞食として活動する事にしたらしく、食品店の周囲を彷徨いている。エルフの店主は、ミゼルが売り物に近づくのを露骨に嫌がっているようだ。手近な所にある布をはためかせ、彼を、彼の存在を他所へ行かせようとしている。

――エルフは相変わらずだが、どうせいつもの事だ。適当にゴミでも漁って食べよう。

ミゼルがその場から離れようとすると、近くで言い争う声が聞こえてきた。片方は小鳥の囀りのような男の声、もう片方はやや高めの女の声だ。どうせ痴話喧嘩だろう、彼は無視して立ち去ろうとした。しかし、女のほうの言葉が耳に入り、足を止めた。

「あんた達エルフは、どうして他の種族に冷たいの? 確かにエルフはすっごい美人揃いだし強いし頭も良いよ。でもあたし達人間みたいな、あんた達が見下してる種族にはエルフに無い良い所もあんの。その良い所を吸収して完璧になりたくないの?」

 諍いの場に少し近づく。言い争っているのは、長髪のエルフと浅黒い肌の人間だ。人間は今の石の国では被差別種族であり、原住民はまず見かけない。恐らく旅人だろう。羽飾りの付いた帽子は、この国では珍しい。ミゼルは、人間の帽子の羽が揺れるのをじっくりと見ていた。

 「俺達エルフは完璧な存在だ……お前等と違ってな! そもそも人間の美点とは何だ? 醜く、魔法も使いこなせず脆弱な下等生物に、美点などあるものか」

「あるよ! 人間は大体の種族と子供を作れるんだよ。他の偉くてすっごい種族にはこんな事は出来ないよ。これってさ、要するにどんな種族とも共存出来るって事じゃん? 勿論、エルフともね」

 ミゼルの心は、人間の一言に打たれたように震えた。目からは、どんなに苦しい目に遭っても流れなかった涙が流れ、頬に筋を作っている。

 ――竜人やドワーフ、獣人……色々な種族と人間が惹かれ合い、ぼくを作っていった……。この血は、彼らの出会いの結晶。ぼくは雑種ではない、ぼくなのだな……。

 エルフが目線を人間からミゼルへと移す。人間に反論する事を放棄し、彼を見下す。ミゼルの涙を少しばかり見つめると、エルフは悪態をついた。

「おい、乞食。何故そこにいる? それに何故泣いている? お前のような醜い存在がそこにいると俺達の空気が汚れる。お前の汚い涙が流れて俺達の土が汚れる。とっとと消えろ、雑種が」

 人間も、ミゼルを見る。その時の彼女の表情は、彼が向けられた事の無い物であった。大抵は侮蔑か恐怖だったが、彼女の視線は違う。この、心がゆっくりと溶けていくような感情の正体を、彼は知らない。人間が彼の前に立ち、エルフに言い返す。

「あんたって、ほんとに性根とか色々腐ってるね! あたしはこの人の事を全然知らないけどさ、ってゆーか今初めて見たけどさ、色んな種族の血が混じってるだけで『雑種』だの『醜い』だの言うなんて最っ低! あんたともちょっとは分かり合えると思ってたけど、思い違いだったみたい」

 人間とミゼルを睨み、エルフはどこかへ行ってしまった。この場には、他の種族に関心が無いらしい通行人と二人しかいなくなった。ミゼルには涙を必死で堪える事しか出来ない。そんな中、人間が彼に声をかけてきた。

「大丈夫? あいつに酷い事言われてたけど……」

 口が乾き、声が出ない。それでも彼は、必死に声を出した。

「み、水……」

 人間は苦笑いし、手持ちの水筒を彼に渡した。彼はそれを一気に飲み干し、人間に礼を言った。彼女は空の水筒を受け取り、彼の三つの瞳を覗いた。

「あなたのその目、『虫の国』の蝶族みたいだね。あの人達みたいに綺麗な翅は無いけれど、その目だけでも面白い! 髪の毛の色は……」

 このように分析される経験は初めてだ。興味深そうに自分自身を見つめる彼女に、ミゼルも興味を示していた。この人間は決して美しくはないが、明るく愛嬌があり、彼にとっては魅力的に感じられた。少なくとも、この国のエルフ達よりは。

 思い切って、彼女に話しかける。

「きみは、旅をしているのかい? どうしてこの国に来たんだい? この国にはエルフしかいない。あいつらの性格はさっき知っただろう?」

 彼女は答えた。

「そう、あたしは旅をしてる。旅を通じて色んな人と仲良くなってきたし、これから先も色んな人と仲良くなりたいんだ。あらゆる種族と友達になりたくて来たけど……この国の方々は嫌いかも……」

 彼女は溜息をつき、髪を弄った。更に、少しして歩き始めた。ミゼルも彼女に付いて行った。突然、人間は旅の話を始めた。

「あたしが初めて行った国は『泉の国』ってトコなんだけど、ここが最高だった。ここの国の親友も出来たし、もしあたしが死ぬとしたらここだねー。前にいた国は……」

 ミゼルは彼女の話を、一言一句逃さず耳に入れていた。エルフによる罵声しか聞いていなかった彼にとって、彼女の話は興味深い物だった。

「……ぼくも、旅をしてみたい」

 人間は彼の呟きを聞き、甲高い声で喜びを示した。彼の肩を優しく叩き、笑顔を見せる。

「やったぁ! ……でも、あたしの旅費にも限界があるから、次に行く国だけね」

 彼女は地図を開き、「石の国」を指差した。どうやらここに行くらしい。人間はこの国が気に食わないらしく、すぐにでも行きたがっているようだ。ミゼルも賛成し、彼女の隣を歩いて行く。話をしながら、この国を出て行く。

 三日後に、石の国に着いた。この国では宝石を安く売っているらしく、露店が目立つ。ある露天商が彼らを見て茶化すが、人間は笑って誤魔化していた。しかしミゼルは心音と格闘する事しか出来ずにいた。

「どう? この国なら暮らせそう?」

「あ、ああ。周りの視線も痛くないし」

「そっかー、じゃああたしはもう少ししたら旅立つよ」

 彼女はミゼルに僅かな金を渡した。そうしてどこかへ行き、ミゼルはまた一人になった。

 それから彼はこの国で仕事をするようになった。稼いだ金で人間を探すようになったが見つからない。それを繰り返しているうちに、十年が経過した。

 ミゼルは、彼を人にしてくれた女性をようやく見つける事ができた。彼女は旅人を辞めているようで、自宅に定住していた。旅人だった頃の若々しさや快活さは鳴りを潜めているが、その頃とはまた違った魅力があり、彼女を見る度にミゼルの心が溶けていく。

この泉の国では、雑種も人間も差別される事は無く、彼はすぐに仕事を得られた。今までに他の国で貯めた金をこの国の通貨に換金し、ひたすら働いた。働いて、食べてを繰り返しているうちに、彼は健康的な体になっていた。これから買おうとしている服を着ても、十分に着こなせそうだ。探していた服を給料で買い、弾む心を抑えて試着した。今のミゼルには、その服がよく似合っている。

――この服を着て彼女に会えば、きっと喜んでくれるだろう。

彼は仕事を休んで、あの人間に会いに行く事にした。白いタキシードを纏い、真っ赤な薔薇の花束を手に持ち、彼女を探す。

彼女自体はすぐに見つかった。しかし、ミゼルの知らない青年と、人間の物らしい羽帽子を被った男児を挟んで手を繋いでいた。太陽の光で反射して、彼女の左薬指を飾る宝石の付いた指輪が光っている。それよりも眩しいのは、彼女自身の笑顔だ。ミゼルと一緒にいた頃には、このような表情は見せな

かった。初めて会った時の表情でさえ、今のそれには届かない。

 彼女が、彼に気づいて振り向く。

「み、ミゼル!」

 彼女はもう、笑っていなかった。確かに今までに見た事の無い表情をしていたが、笑顔とはまた違ったものだった。彼女と一緒にいる男が、ミゼルを睨む。

「キュレ、その男は誰だ? 俺に黙ってその汚い男と付き合っていたのか?」

「いや、あたしが旅をしていた頃に出会った人。面白いと思ってちょっとの間一緒にいたけど、別に好きとかそういうのは無いかなー。今はあなたとリーくんがいれば幸せだもん」

「そうか、なら良いんだ。疑って悪かった」

 彼女は夫の頬に接吻をし、息子の頭を撫でた。そのまま町中に消えていったが、彼女の息子だけはミゼルをほんの数瞬だけ見つめていた。ミゼルは彼女とその家族が消えていくまでを脳裏に焼き付けていた。消えてからは、人目も憚らずに嗚咽を漏らしていた。

 ――ああ、彼女の名は「キュレ」と云うのか……。いや、名前などどうでも良い。ぼくは彼女に救われたが、彼女はぼくなど気にも留めていないようだ。ぼくにとって、彼女こそが全てなのだ。なのに、彼女には家族がいた。……この、やり場の無い気持ちを、どうしたら良いだろうか。

 ミゼルはただ、家族のいた場所を、焦点の合わない目で見ていた。

実はtwitterでやっている創作の登場人物の誰かに関係あったりします

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