表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/27

クルトの一日 中

 両腕を枕にして蒼天の空を見上げながらクルトは思いにふけっていた、特に悩みがあったわけではない、しかしこの様な夏の終わりの空を見ていると自然と郷愁の念に似た侘しさが彼の心に思い浮かんでくる。あの地下道を抜けた先は小さなせせらぎが流れる心地の良い林の中であった、行方知れずであった子供も無邪気に木の棒を振り回しながら遊んでいる、その様な平和な雰囲気がクルトの物思いに拍車を掛けた。彼は生粋の軍人という訳ではない、彼自身が全く望まなかった訳でもないが、そこまで真剣に軍人になりたいと思ったわけでも無かった。ただ彼は世界を見て回りたかったから軍に所属した、このご時世、各国を巡る事の出来る職業など一握りしかない、軍人がその一つである、さらにクルトは大学も出ていないので軍以外に道が無かったのも確かである。彼も軍に、正確には機関ではあるが、所属してすでに三年が過ぎようとしている、故郷のドイツを離れてからは二年になるだろう。

 彼は実際の所、世界平和維持局(Ministry Of World Peace)に好意を持った事は無い。クルトの考えるMWPとは、{軍隊じゃなく機関とはいっているが、つまるところ各国から寄せ集めた多国籍軍に怠惰と傲慢を混ぜ合わせたものだ。確かに十年ほど前からの大量の異常事態を鎮めてきたのは他でもない世界平和維持局かもしれない、しかしその栄光と名声の作り上げたものはただむやみに肥えた羊の群れとなんら変わりない。}事実、彼の所属する部隊の大半は命令や軍律などを守る努力すらしない連中で構成されている、クルト自身の品行も決して軍人らしいとは言えないが部隊の中ではむしろ模範的な方なのである、それほど世界平和維持局は、少なくとも彼の目には、堕落している様に見えるのであった。

 ノスタルジアに浸りながらぼうっと空を眺めている間にクルトは眠ってしまったらしい、とは言っても短い間であるが、行方知らずであった男の子ミカエルが木の棒でクルトを突いてきたので目が覚めた。

『なんで、俺を突いてるんだ?』クルトは微笑み目をつぶったまま男の子に喋りかけた。

『魔法使いがクルトの兄ちゃんに変装してるかも知れないから、僕の杖で魔法を打ち消してるんだ』少年はそう言いながらクルトを突き続けた。

『で?俺には魔法がかかってるのか?』クルトは片目を開けて少年に問いかけた。

しかし、少年はクルトの目が開くとたちまち、きゃっきゃきゃっきゃ楽しそうに飛び跳ねながら逃げて行った。もう一度うたた寝をしようとも思ったが、ふとミカエルの家族が心配している事を思い出したので起き上がり、ミカエルを呼んだ。少年は魔法の杖を振り回しながら飛び跳ねて来た、実に楽しそうである。少年を見ながらクルトは自分が彼くらいの頃を思い出しながら微笑んだ、あの頃は確かに何もかもが面白おかしかった、いつからだろうか、物事がこんなにもドライになってしまったのは?毎日が毎日の繰り返しでたまに無性にいたたまれなくなる気持ちになる様になったのはいつからだろうか?確かにここ数年、社会国家の話では歴史上類を見ない激動の時代なのも、特別臨時保護法案が施行されている緊急事態なのも知っている、しかし日頃の安全な毎日を過ごしていると全く自覚がない、それどころか政府は無意味に事を荒げているだけではないのかとも思えてくる。

クルトは少年の無邪気に飛び回る姿を見ているとニヒル思考な自らへの自己嫌悪が少しでも癒される気がした、もちろん少年はその様な事を気にする様子もなく無邪気に魔法の杖を振り回しているのであるが、そんな似た者同士の二人がトンネルに入ると同時にミカエルはつぶやいた。

『あ~ぁ、魔法使い見つからなかったなぁ、魔法で消えちゃったのかな?』

クルトは最初微笑みながら子供の戯言と思い聞き流した。しかし、安息の光が淡くなるにつれて彼の中で何かが呟いた、それは最初弱々しかったが闇が深くなるにつれて段々彼の心に深く囁き始めた、いよいよサイトへの階段が見えてくるとその声は会話をしていると思える程鮮明に聞こえるのであった、しかし同時にその声が聞こえても意味が分からない、いや、むしろ彼の一部がその声の意味を否定しているのだ、そんな混乱した考えの中クルトは少年に問いかけた。

『ミカエル、魔法使いってのは誰なんだい?』

『分かんない』少年の答えは至って簡単なものだった、質問の仕方が悪かったのだろう。

『魔法使いを見つけられなかったって言っていただろう?どういう事だい?』

『この間ね、魔法使いをサイトの中で見たんだ』この一言を聞いたときクルトは言い知れぬ不安にかられた、しかし、未だに不安の原因が{分からない、分かろうとしない、分かりたくない}そこで少年から詳しく話を聞く事にした。

『うんとね、昨日魔法使いの服を着た人がね、この倉庫に入っていくの見たんだ、僕気になったから部屋の中覗いてみたら、いなかったの、きっと魔法使いだと思ったから今日倉庫で見張ってたんだ、でも暇だから部屋の探検してたらこの道見つけたの、きっとこの道が魔法使いの国に通じてるんだって思って行ってみたんだけど、魔法の国も魔法使いも見つからなかった。きっとすごい魔法で消えちゃったんだよ!』無邪気にはしゃぐ少年とは裏腹にクルトは凍り付いた。不安の原因である声の意味を理解したのである、その声はずっとこう言っていた。

「誰かがこの隠し通路を使っている」

理解した途端に冷や汗が流れてきた、一体誰が、何の目的で?少し前までは安息への道だったものが今ではそれが狼と大蛇が巣食う魔窟にいる思いになった。早くこの事を報告しなくては、この一念だけが彼の心を支配した。焦りが彼の思考を完全にかき乱した、もし、万が一、等の非現実的な想像が無駄に頭を駆け巡るだけであった。

 地下道を抜けて地上に上がってくると同時に臨時呼集のサイレンがけたたましく鳴り響いた。クルトは狼と大蛇が這い登ってくる恐怖を拭い去る事も出来ず、無情に鳴り響く召集の音に心臓を握り潰されるだけであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ