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終幕

一体どのくらい間男は座り込んでいただろうか、先程の銃撃で開いた穴から薄らと差し込む幾つかの光を眺めながら男は身を竦めていた。微かではあったが先程まで抱いていた前進する勇気を完全に粉砕され、ただ絶望に打ちひしがれているだけであった。男は何故こうなってしまったのか全く理解出来ていなかった、確かに社会は混乱していた、電気も使えない生活であったし、数年前の生活と比べたら想像も出来ない程不便ではあった、しかしそれなりに安定した生活が出来ていた。それがあの日完全に崩壊した、信頼していた平和維持局がその平和を完全に打ち砕いた、接触者も毎日の生活を若干不安にしたが、維持局がその驚異から国民を守ってくれてる、そう信じていたから日々の生活に希望が持てた、それが、人々を守るはずの軍が、守護者であるべき者達が全てを破壊した、自由も、平和も、希望も、全てを奪い去った。奴らに見つかれば有無を言わさず殺される、この防壁の外で朽ち果てている二人が何よりそれを物語っている、奴らは何も聞かなかった、見つけ次第撃ち殺した、一体理由は何故だ、何故自分はこんな狂気に満ち溢れた世界に生きているのだ、このまま一生を隠れながら過ごすのであろうか…そう考えると男は全てがどうでもよくなった

 『今ここで朽ち果てるのと、外に出て殺されるのと、隠れて生き延び誰にも知られないまま死んでいくのと、一体何が違うというのだ、結末は一緒ではないか。生き物の一生は全て平等だ、生まれてきて死んでいく、違いはその間の過程だけ、どれだけ苦しむかだけの違いだ。死後の世界など馬鹿馬鹿しい、死んだら脳が停止するのだ、その後に何かあるわけがない、そんな苦し紛れのまやかしは愚か者のする事だ、本当に神が存在するならばこんな地獄が存在するわけがない、そんな事を許すのは悪魔だ...悪魔を崇拝すれば助けてくれるのだろうか…この地獄から救われるならなんだっていい、もうこんなのは嫌だ、楽になれるならばなんだってする、もうこんな地獄から抜け出したい...死ねば、楽になれる......そうだ...どうせ明日も明後日も同じ地獄なのだ、それならばいっその事...一体何が違う、このまま餓死するのと、撃ち殺されるのと、食い殺されるのと、自分を殺すのと...一体何が違う?...自分で決められるならば...一番楽な方法で死ねるじゃないか…一番簡単に...苦しまずに...一体何が違う?...撃たれどころが悪ければそれこそ何時間も苦しまなきゃいけない...生きたまま喰われたらそれ以上の苦しみのはずだ...飲まず食わずで死ぬのは拷問だ...それなら...いっその事...自分でならば楽に...こんな状況で責任がなんだ、そんな事はどうでもいい、奴らがそれをぶち壊したんだ、自分は悪くない…第一死んだら何も関係ないじゃないか、自分がどれだけ正しく生きてきたかも、悪事を重ねてきたかも、何も関係ないじゃないか、今まで行ってきた事もこれからやりたいと思っている事も...全て...死んだら関係ないじゃないか…そうだ...こんな地獄からも死ねば解放される...そうだ...そうだよ...そうだろう...そう...そう...』

 男は魂が抜け落ちた様にゆっくりと斧を手に取り首にあてがった。

 『少しは苦しむだろうけど...もういい...どうせ出血で意識がなくなるはずだ...生きている事に何の意味があるんだ、こんな地獄から抜け出せるなら悪魔とでも取引してやる...死ねば楽になれるんだ...死ねば...そうだ...楽に...楽に...そうだ...死ねばいいんだ...死ねば...終わりなんだ...死ねば...』

 男は歯を食いしばり、手に力を込めた...

 『死後の世界なんて...愚かな事だ...死ねば終わるんだ...全て...終わるんだ...』

力を入れていた手が震えだした、そして男は叫んだ

 「それでも生きていたい!」

手に持っていた斧を地面に落とし、男はその場でうずくまり泣き続けた...


 思考や信念は十人十色である、『自らの命を賭けて他者を守ろうとする者』『自らの正義を貫き続ける者』『自らの一生を学ぶ事に捧げる者』『自らの信じる死後の為に生き続ける者』『自らの存在理由を探し求める者』そして誰にもそれを裁く事は出来ない、例え批判され、裁かれたとしても信念を持っている者は強い者なのだ、そして強い者とは『死ぬまで全力で生き続ける者』なのだ。どんなに苦しくても、先が真っ暗でも、希望が見えなくても、それこそ寿命が見えていたとしても、『生きる』事が最も重要なのだ、何故か?それは個人で見つける他はない、他者から与えられた理由などはどんなに正論であったとしても自らが決めた信念の前では一つの意見にしか過ぎない。この男はまだ信念を見出してはいないだろう、しかし彼は生き延びた、自らの下す決定という最も困難な状況から生き延びた、これから男は地獄の中で生きるかも知れない、苦しみ続けあえなく息絶えるかもしれない、それでも男は一歩を踏み出した、生きる事を願うという一歩を、それが一番重要な事である、そしてそんな単純な事が真の強さなのだ...



 完

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