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クロムウェルとヘルムート

『とうとうこの日が来てしまった…』

 クロムウェルは背中を小さく丸める様に会議室の椅子に座っていた、会議室に集まっている十数名の者達は皆クロムウェルの思想に同調する者達である。ここに集まった理由は本日開かれる定例会議で強硬派に議会からの辞任を求める為である、そして強硬派の筆頭はヘルムートであった。組織で部下を纏めている以上、私的な感情で和を乱す訳にはいかない。しかし、ヘルムートはどの様に考えるであろうか、それがクロムウェルの悩みであった。彼等二人は世界平和維持局設立以前からの付き合いだ、特に実戦部隊に所属していた時など家族以上にお互いを信頼し合い、助け合ってきた仲である。もしクロムウェルの勇退が許されるのであれば、恐らく彼は勇退の道を選んでいたであろう。しかし、彼を慕っている部下達の信頼を裏切る訳にはいかない、そしてなにより、強硬派の掲げる全住民のサイト強制移住計画を実行に移させる訳にはいかない。それは、個人の考え云々ではなく、基本的人権の主張なのである、彼が引くという事はそれは自由という生き物の原則を否定している様なものだ。善悪に関わらず、個人の信じる生き方を制限し、思想を抑制する様な事は断じて許されるべきではない。クロムウェルは自らが正義である等とは一度も思った事はない、彼は戦場で他者を殺める罪深き存在であるとさえ思ってきた、しかし敵と対峙した際には相手を一人の信念を持つ人間として尊敬の念を持って倒してきた、彼にとってもっとも重要な事とは何を信じているかではない、自らの意志で生きる目的を持っているかである。それを抑制、阻害する様な事は決して許されるべきではない。ここにいる彼の部下達も皆がそれに同調している、そして、幾度か密会が繰り返され、いよいよ今日それが実行されるのである。可決に必要な定数以上はクロムウェル派であった、しかし彼はヘルムートを熟知している、ヘルムートに穏健派の情報が入っていない訳がない、そして彼が何もせず手をこまねいて傍観するはずはないのだ。ヘルムートの信じる道もまた正義なのである。クロムウェルはまるでチェスで相手の動きを予測する様に目を一点に定め、ゆっくりと落ち着いて会議の時を待っていた。

 『いよいよか…』

 ヘルムートは背筋を伸ばし、堂々たる態度で彼の部下達が着席している部屋を見渡した。会議まで十分を切った所である、事の発端は部下達の執拗な訴えから始まった。度重なるコネックとの戦い、実の無い結果、衰退する士気、それに対して増すコネックの勢力。ここまで来るとヘルムートもいよいよ動かざるを得なくなった、それは決して支配欲からくるものではなく、純粋に彼の信じる平和を守る為である。穏健派との対立はすぐさま表に出た、幾度に渡る議会での無意味な討論、それに浪費される時間、そして何より一本化されない命令系統が末端の戦力を著しく低下させていた。コネックの戦闘力は確かに高い、しかし決して無敵ではない、始めの敗戦は情報不足が決定的であった、敵に人間の限界を遥かに超えた化け物が数名いた、しかしそれはさほど問題ではない、高性能の戦車が敵部隊にあると考えればいい、もちろん容易に破れる訳でもないが策を練ればそれも可能だ、問題は奴らではない、状況を遥かに悪化させているのは非サイト住民である。彼らは良くて中立的な立場、悪ければ反政府的な行動を取る、さらには利敵行為まで行われる。一度陥落したサイト住民が奴らを助ける為に虚偽の情報を流し、軍事行動を妨害するという有り得ない行動をする、実際に奴らの妨害がなければ再奪取出来ていたサイトは多かった。この様な事があってよいものか?全体の平和の為に命を賭けて戦う兵士達を軽視し侮辱する、この様な事が許されるのか?ヘルムートは部下達からの悲痛な叫びを最初は黙ったまま聞いていた、しかし一向に改善されない現状にとうとう痺れを切らし、行動する事を決めた、それがたとえ親友と対立する事になろうとも彼には譲れない信念と正義があったからだ。穏健派が今日の議会で行動を起こす事は事前に仕込んでおいた草から情報は入っている、多くの者は定数以上の賛同を得ている事で安心しているであろうが、クロムウェルはまず間違いなく気付いている、そしてこちらの行動過程を幾つか考え付いているであろう、もちろんそれらに対する反撃も準備しているはずだ。ヘルムートは部屋に備え付けてある時計に目をやった、そろそろ時間だ、彼はそう考えると立ち上がり無言で彼の賛同者達の起立と決意の表明を促し、部屋を後にした。

 その時はやってきた、始まりはいつであったのか、シェリルとヴェスタークが初めのサイトを陥落させたのが始まりか、はたまたゼニストも巻き込まれた細菌騒動が始まりか、もしくはクロムウェルとヘルムートが出会った時からすでに既に運命は決まっていたのか、それは誰にも分からない、しかしその時は来た。会議室の扉が開き、中にいた穏健派全員が硬直した、クロムウェルは親友の眼を真っ直ぐと見た後に、自らの読みの甘さを、いや、信念と正義の重さを見誤っていた事を悔いた。クロムウェルは何も言わず親友の眼を見たまま、そしてヘルムートも親友の眼を見つめながら手をおろし、部屋中に銃声が轟いた…

 惨劇のあった直後に本部に緊急招集がかかり、兵士達が広場に集まり始めた、完全に揃うまでは少々の時間が掛かるであろう、ヘルムートは一人で殺風景な部屋に閉じこもると力なく崩れる様に床に座った、そして召集の終わる頃まで無為に遠くを見つめて演説の時を待った...

 

 一体何事であろうか、クルトは緊急招集に疑問を抱きながら演説を待っていた。五分ほど経った後にヘルムート元帥閣下が姿を表した、何故か元気がない様に見える、そしていつも後ろに見えるクロムウェル元帥閣下の姿も今日は見えない、そんな事を気にしている間に演説は始まった。


 「諸君、本日君達を召集した事には大きな理由がある、それは君達の任務が変更になった事だ。以前の命令は敵対組織コネックの壊滅であったが、新しい任務は…」

ヘルムートは未だに人間性があったのか若干躊躇した、しかし大きく目を見開くと悪魔にでも取りつかれたかの様な絶対的な自信とカリスマが沸き上がり、声を大にして叫んだ。

 「我々の保護下にない者達全ての排除である!」

兵士達は皆混乱した様子であったが、ヘルムートはかまわず続けた。

 「何故過去数度に渡る作戦が失敗に終わったか!それは一目瞭然である!それは平和を軽視する外駐者達のせいである!なぜ奴らはサイトに居住しない!それはやましい事があるからである!奴らは全体の平和を考えず!自己中心的な欲求の為に全体の平和を脅かす害虫共である!我々が守るべきは下衆共ではない!全体の利益を考え行動出来る者達こそ選ばれた民である!そして我々は選ばれた民を守る守護神なのである!諸君!これは天啓だ!害虫共を徹底的に駆除し!新しい秩序を生み出す事こそが!我々の存在意義である!なぜ選ばれた民である諸君が害虫の為に血を流す必要があるのか!サイトの平和は約束されている!それを拒否する者達はもはや平和を害する意思しかないのだ!その様な連中を選ばれた者達と同等に扱う事など笑止千万!あるべきは徹底的な殲滅である!我らには人類の平和を守る大義名分がある!害虫共にその高貴なる思想を汚されてはならない!敵の手に落ち抗う事もなくただ生きている無能な奴らも同罪である!今までの社会的混乱は全て害虫共と無能な連中のせいで引き起こされた!考えてもみよ!もし我ら選ばれし者達のみの社会であったならば!この様な無様な混乱は無かった!私が断言しよう!奴らは人間社会を堕落に導くという大罪を犯したのだ!神の兵である我々のとるべき行動はなんだ!それは浄化である!我らの守るべきは選べられた民のみ!それ以外を淘汰するのだ!優れた者が生き残り!より良い社会を作り出す事こそ!我らに与えられた使命だ!その事を忘れるな!そして!万が一にも!下衆共に同情し!害虫の駆除を拒否する者は!同罪である!その様な汚れた者は即その場で排除せよ!これは命令である!害虫駆除を拒絶する者!下衆共を庇う者!浄化作業を疎かにする者!そして逃げ出す者!全てその場で射殺せよ!繰り返す!害虫を駆除し!選ばれた民を守れ!下衆共に同情するはその場で処刑!軍命令に違反した者ものもその場で処刑である!これは神の意志である!新秩序に相応しくない者達は生きる価値などない!我々は選ばれた民である!正義は我らに在り!真の平和の為に!害虫を殺せ!害虫を殺せ!害虫を殺せ!」

 ヘルムートの狂気は瞬く間に兵達に広がり、一同がヘルムートの後に続き喉が枯れる程を狂気を叫び続けた、複数の兵が異論を唱えたがその者達はその場で殴り殺された、その様な惨劇を目の当たりにして狂気に憑りつかれていない者達は恐怖した、しかしその恐怖を表に出した者達はことごとく無残に撲殺された。異常な狂気に満ち溢れた空気と狂人としか思えない周りの人間達に耐えられなくなり自殺した者達も多くいた。クルトは恐怖におののき目の前が真っ暗になった、彼は考える事も出来ずにただその場に立っている事しか出来なかった。その後も演説は続き、とうとう正気でいられる者は誰一人としていなくなっていた…


 誰も居なくなった会議室でヘルムートは親友の亡骸の隣に座り、表情を変えないまま、泣いていた。これはヘルムートの流した最後の涙になるであろう、彼は最後の人間らしさを捨て、これからは彼の信じる正義の為だけに生きていくのだ、平和という正義の為には他人も親友も彼自身すらを含め全てを犠牲にするであろう、それほど正義とは重いのである。

 演説は全サイトに流されほぼ全てのサイトが同調し、異常な狂気が伝染した、その熱が冷めないまま歴史上稀に見る蛮行、後に言うAnnihilationアニヒレーションである…


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