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ヘルムート

「ヘルムート、なぜ君は平和が絶対なものだと思うのだい?」

ヘルムート元帥は彼の親友が決まって口にする言葉を思い出し、考えにふけっていた。彼は昔から何か重要な事をする前には決まって瞑想をし、頭を整理してから取り掛かる癖があったのだが、今日は落ち着かない、理由は多々あるが、一番の大きな理由等考えるまでもない、それは彼が一番知っていた、しかし、一度決心した以上もう後には引き返せないのだ、いち早く心を落ち着かせ、演説をしなくてはいけない。それは分かっていた、しかし、頭で理解していても心が落ち着かない。数千人という群衆の前でスピーチをするのだ、常人なら緊張して頭が真っ白になるかも知れない、ヘルムートも人間である、緊張は勿論の事、不安になったり、悩んだりする。しかし、彼はいつも乗り越えて来た、彼一人では難しかった事も多々あったが、彼はいつもクロムウェルと助け合いながらここまで来たのだ。ヘルムートは机と椅子しかない殺風景な部屋の片隅に座り昔の事を思い出していた。昔の事というよりは、クロムウェルとの問答である、何度同じ討論を繰り返しただろうか、何度同じ質問をしてもいつも引き分けだ、だからこそ自分の理論をさらに固め、次に討論する時には優勢に立とうと思い努力した、それは相手も一緒であっただろう、だからこそ両者から毎回変わった視点や意見が繰り出された。大体はチェスを楽しみながら酒を飲んでいる間に空話をしている間にふとしたはずみで討論になるのであった...

「そういえば、君の耳にも入ってきているだろう、今度の新しい時限法案で可決された住民居   型軍事施設の事。」

「ああ、いい考えだと私は思うがね。」

「君ならそう言うだろうと思ったよ、しかし僕はあまり好きになれるアイディアではないな。」

「予想していた通りだな、どこが気に入らないのかも当ててやろうか?」

「いや、結構だ、恐らく君の思っている通りの事を懸念しているだろうしね。」

「平和な時期ならばいざ知れず、今の様な混乱した世の中ならば個人の自由よりも全体の平和  が優先されるべきだと、私は思うがな。」

「危機的な状況で安全保障を重要視する事に僕は異論を示さないさ、ただ個人の自由意思を阻害する様な法案を可決する事は行き過ぎていると思うのだよ。」

「しかし施設に入るかどうかは個人の意思で決定されるではないか。」

「完全にそうならばいいが、法案を読む限りほとんど強制的だと思うがね、君はそう思わなかった かい?」

「施設への移転を拒否した場合における特別公安委員の強制査察か?」

「それも一つだがね、居住区以外での生活者を対象にした特別税なんかあからさまじゃないか。」

「そうかも知れないが、平和を維持する為には不穏分子を徹底して排除しなくてはなるまい。」

「移転を拒否イコール不穏分子という考えは突飛しすぎているだろ。」

「そこまでは言ってはいない、しかしテロリストからすれば移転拒否をしている連中を隠れ蓑にも出 来るし、以前あった細菌テロの様に媒体にも出来るだろう、しかし国民が皆平和の為に多少なり とも自己犠牲の精神を表せば多くの災いは未然に防げると思うがね。」

「我々が存在する理由は全体の平和と個人の自由を守る事にあるはずだし、あまりにも全体主義的な考えではないかい?」

「私は全体主義の思想になんら異議は唱えないがね。」

「ふむ…それならこういう考え方はどうかな?君は全体主義に異論を唱えない、しかし国家は全体主義思想を危険視している、そしてもし君が全体主義をサポートする様な疑いのある発言や行動をした場合、君の言い分では、それは危険思想をサポートしている事になり平和を乱している事になる、違うかな?」

「詭弁だ、まず私は全体主義者ではない、百歩譲って私がそうであったとして、政治体制への不 満や改善を述べる事は言論の自由で定められているはずだ、それはお前が一番知っている事だ ろ。」

「軍人は政治に対して意見をしてはいけない事になっているがね。」

「話をそらすな。」

「もちろん僕の言った事は若干詭弁性を持っているかも知れないが、現状に不満がある者達が政 府に対して異論を唱える事を認可しないでそれらを不穏分子として扱っている様に思えるのさ。」

「不満や異論があっても平和の為に譲歩する事は社会を成立させる為に必須だとは思わないの  か?」

「それでは社会的向上が難しいだろ」

「人間にとって一番重要な事は安全と安泰だ、それらを望めない様な社会に向上はない。」

「社会的向上はいつの時代も苦難の中から見出されて来た、違うかな?」

「それでは社会的向上の為には個人の安泰を犠牲にしろというのか?」

「僕が言いたい事は正にそこさ。」

「…詭弁家め」

「褒めてくれなくてもいいさ。」

「褒めてはいないがな。しかし、お前はこの時限法案はどうあるべきだと思うのだ?」

「僕が言いたい事はあの法案があまりにも過剰に反応しているという事さ、あれでは逆に反政府団体を逆なでしている様なものだ。あれでは数年中に転居が強制になるかも知れない。」

「それが理想だろうな。」

「僕はそれを理想とは思えないがね。平和とは自由を代償にしてまでも尊ぶべきものかい?」

「その言葉をそっくりそのままお前に尋ねよう、自由とは平和以上の価値があるのか?」


 いつも会話は答えが見つからないまま終わってしまった、もちろんその様な質問に対して絶対の回答等存在しないであろう、しかし両者共にお互いの意見を尊重しながら議論したのである。ふとヘルムートは天井から目を扉に落とした、いつもならば扉が開き呼びに来るのだ。彼は高ぶる感情を抑えて深呼吸をすると一人の男から指導者へと変わり威風堂々とスピーチへ向かうのであった。

雪すら降りそうな冬のある日の出来事である。

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