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ゼニスト 追憶

ケイウッドと名乗る男が集落に来てから早くも二週間余りが過ぎようとしていたある日の日没、ゼニストは食事を済ませてメルを連れて外へ散歩に出かけようとしていた。冬至が近いかすでに去ったのかは分からないが日が落ちるのが早い事が有り難い、寒さも増していつの間にか雪も降ってきてはいたがまだ積る程ではなかったのが幸いだ。メルは食事が終わると食器を片付け、ウサギの人形をベッドから取ってくるとそれを抱きしめながらゼニストの手を握り一緒に外へ出た、誰がどうみても本当の親子の様であった、そしてゼニストもその事が若干ではあるが嬉しかった。二人が外に出て近所の人々と挨拶を交わしながら歩いていた、ゼニストとメルは村の人から人気があった、ゼニストは人々の頼み事をいつも快く受け入れ助けてくれる、そしてメルは不愛想で喋らないが礼儀正しく素直であったのでよく周りのおばさん達の作ったお菓子などを貰っていた、そして今も老夫婦が笑顔でメルに焼き立てのクッキーを与えていた、ゼニストは笑顔でお礼を言うとメルが無言ではあるがちょこんとお辞儀をした、もし計算して行っているのであればかなりの世渡り上手である。

 そうこうしている内にジョージの家の前まで来た、すると入り口にはなにやら切羽詰った様な男と涙で顔を歪める女がジョージと話していた、二人は夫婦であり子供がいる事をゼニストは知っていたので、もしかしたら何か大事があったのかも知れないと思い、ジョージ達に話しかけた。

「なにかあったんですか?」

ジョージは最初困惑した面持ちであったが、ゼニストを見るとパッと顔が明るくなり話しはじめた。

「ゼニストさん!実はですね、ジョンソンご夫妻のお子さんが急な病にかかってしまいまして、近くの町にいる医者を連れてきたんですが、特別な薬が必要らしいのですよ。あまり珍しい薬ではないので北にある少し大きめの町に行けば手に入るかも知れないんですが、車でも二時間程の距離ですし、人の足では半日以上かかる上に危険ですので、どうしたものかと思いまして、悩んでおります。」

そう言うとジョージは泣いているジョンソン夫人をなだめる様に肩を摩った、旦那も涙を浮かべながら地面を見つめ肩を震わせていた。ゼニストは少しメルを見た後にこう言った。

「そういう事でしたら私が行ってきましょう、今から出発すれば恐らく明朝には戻れると思います。」

ジョンソン夫妻はジョージの意見を聞く前にすでにゼニストの手を握り、涙を流しながらお礼を言っていた、その様な事を目の当たりにしながらジョージが意見出来る訳もなく、ため息をつくと若干複雑そうにゼニストの提案を受け入れた、彼は村一番の働き者のゼニストを危険な目にあわせたくはなかったし、そしてゼニストに対してこの様な仕事まで頼む事が申し訳なくさえ思えた、それ程ゼニストはこの集落に貢献していたのである、そして村人は何よりも見返りを全く求めないゼニストに尊敬の念さえ覚えていた。すぐに家に戻ると出発の準備を始めた、先ほどクッキーを頂いた老夫婦の所に足を運ぶと、事情を説明し、メルの面倒を一晩だけ見て欲しいと頼んだ、老夫婦は笑顔でこれを快諾した、しかしゼニストがその場を離れようとするとメルが彼の服の裾を掴んできた、ゼニストはしゃがみこみ彼女の目線に合わせると笑顔で「すぐ戻ってくる」と言うと頭を撫でた、メルはそれを聞くと仕方なさそうに手を離すと老夫婦と一緒にゼニストを見送った。集落の入り口で医者から薬の名前の書いたメモを貰うとすぐに彼は北の町を目指した、州道をずっと北上するだけなので道には迷わないであろ、と医者は言った。こうしてゼニストは約一年ぶりに他の町に出向くのであった。

 集落を出て、人目に付かない所まで来るとゼニストは走り出した、車で二時間位らしい、これはどれ位の速度で走れるかを測る丁度いい機会かも知れない、走りながらゼニストはこの一年間を振り返っていた、確かに平和で安定した生活を過ごしてきたが、何かが違う様な気がしてならなかった、現にコネックとかいう連中の話を聞いた時に若干ではあるが何か心の中に高揚感を覚えた、それは決して暴力を望むのではなく、彼らの信念に生きる姿に感化されたのだ。あの時もしメルがいなかったら自分はどうしていたであろうか、あの時ケイウッドからの誘いを断ったのはメルを危険なめにあわせる訳にはいかないと考えたらからだ、もし自分本位で考えていたらどうだったか、もしかしたら彼等に力を貸したかもしれない、何よりあの眼鏡の男の言っている事が本当ならば自分の様な連中が組織を構成しているのだ、少なくとも周りをはばかる事なく自由に行動出来るのだ、それはとても魅力的である、しかし同時に連中のしている事は社会平和の妨害である事に違いはない、その様な事に力を貸すべきかどうか、そこも悩ましい、あの男の言う超越者からすれば世界平和維持局は確かに自由に対して抑制的かも知れない、しかしそれは我々は接触者から襲われないからそう思うのだ、普通の人間からすれば平和のない自由などただの混沌ではないか、その平和を守っている組織を害そうとする事は道にそれているはずだ、そうだ、私の判断は間違いではなかったはずだ、自らの欲求ではなく全体の利益を考えるべきなのだ。ゼニストはそう考えながらもコネックを悪とみなす事はしなかった、彼自身が善悪を信じていない事も理由の一つではあったが、それと同時に何か別に引っかかる事があったのも確かである。

 二時間ほど走っていただろうか、遠目に町らしいものが見えてきた、見えてきた当初は予想より早く戻れる事に気分を良くしていたが、近づくにつれて彼の気持ちは段々と不気味な不安感に変わっていった、その理由はその町があの因縁の町であったからである。一年前、彼はメルと共に西の方へ歩いて行った、そして一晩中歩き続けたのでかなり遠くへ来ていたと思っていたが、どうやら西から南へ歩きそのまま回る様に町の南側に位置した集落へ辿り着いていた様である。この町を再び見る事になるとは全く考えてもいなかった。町に入ると何やら様子がおかしい、少し前まで人の生活していた痕跡はあるが人の気配がない、少し歩いて見るとあちらこちらに弾痕が見受けられた、一年前の混乱の時についた物かとも思ったがそれよりは遥かに新しい様だった、さらに歩を進めると段々怪しさが増していった、火事の跡があったがそれはごく新しい物であった、目新しい血痕が至る所で見受けられた、さらに決定的だったのは彼が薬を求めて薬局に入った時である、そこには無数の銃殺体が転がっていた、しかも大分新しい、接触者の遺体であろうか、それも分からないままゼニストは指定された薬を取ると妙な胸騒ぎがしたのですぐに集落に戻る事にした。しかし、薬局から出た瞬間何か物音が聞こえた、早く戻るべきかも知れないが状況が気になる、今の音の正体だけ付き止めたら戻ろう、そう考えた。音は確かにこちらから聞こえた、彼はまるで迷路の様なゴーストタウンを何かに惹きつけられる様に迷う事なく進んでいった、そして彼は再度辿り着いたのであるあの変化する事のない不気味な廃墟の前へ。

 ゼニストはこの数奇な巡りあわせに恐怖を感じた、しかし同時に彼は決意した、自らの過去と今こそ対峙するべきであると、そして彼は再び天地の逆転した門を潜り抜けて行くのであった。


  『あの時とは違うのだ』ゼニストは自らにそう言い聞かせ廃墟の中を進んだ。確かにそうだ、一年前に来た時も昔からすれば大分成長していた、しかしあの時は人間であった、しかし今は良かれ悪しかれ人間ではない、すでに次元の違う生き物としてここに居る。一年前に起こった幾つかのフラッシュバック、それに一喜一憂していた人間の頃の自分、それに対し、今はどうであろうか、現在は一年前よりも色々な事が更に鮮明に思い出される。人間の脳は情報を常に取捨選択してはいるが記憶は常に存在している、ふと何かのきっかけで呼び起されフラッシュバックされるのであるが、超越者の入手する感覚情報と脳の情報処理能力は思いがけない結果を生み出した。暗闇に映る様に見えてくる過去の日常、それこそ日記を紐解くかの様に視覚情報でも嗅覚情報でも何かしらの刺激を与えると脳が『その日』を再演するのである、ただ再演するだけではない、その時に感じていた感情(正しくは脳内に分泌されていた神経伝達物質の情報)を再構築するのである、それが故にゼニストは感情の激しい渦に巻き込まれていた、人間では耐えきれないほどの激流を彼は穏やかに制していた、一度思い浮かぶ過去の自らの感情と現在の自分の感情を混ぜ合わせる事なく至って冷静に過去を分析していたのである。それこそ過去では理解できなかった人の行動や感情が理解出来る今、彼が今現在経験している過去の追体験はあたかも人生をもう一度経験しているかの様に感じた、そして幼少の頃の出来事が主であったがそれらが与えてくれる感情と体験は至高の人生経験であった。ある場面では昔では気が付かなかった情報に気付き、昔とは全く違う意見を見いだせた、全く不思議な感覚であった。そしてゼニストは膨大な過去の情報を吸収しながら足早にあの場所に向かっていた。過ぎ去る記憶が呼び起したものはほとんど全てがラズとの思いでであった、全て覚えているつもりであったが予想を遥かに上回る思いでが脳の引き出しに封印されていた様であった、やはり脳は裏切られたという傷を癒す為に大量の記憶を無かったものにしている様である。思い出す度に涙が溢れてきた、それは過去に感傷的になってではなく、本当の兄弟以上に慕っていたラズとの思い出を忘れようとしていた自分が情けなかった、決して忘れてはいけないような事さえも今の今まで封じられていたのである、ギャングに属していた頃に一度敵に捕まりリンチにされた事があった、自力で抜け出したと脳はすり替えていたが、あの時ラズが一人で助けに来てくれていた、しかも自分の事は顧みずにナイフを振り回しながら助けてくれたのだ、そんな重要な事も脳は忘れようとしていた…

 ゼニストが階段を上って行くと、あの赤い扉の階にまでたどり着いた、彼はここを無視するつもりでいたが、やはりそれも出来なかった、なにより興味が湧いてしまった。そこで、扉まで行こうと決心したが周りのバリケードが邪魔であった、潜り抜けて行く事も容易であったが、彼は自らの不甲斐なさに若干の憤りを感じていたのでストレスを発散するつもりでバリケードを破壊していった、不思議と清々しかった、それが破壊欲求を満たすという事なのであろうか、若干違う様な気もしつつゼニストは赤い扉の前まで来た、扉は去年よりも錆びついていて中々開かない、そこで思い切ってけり破った。椅子があり、あの日が再演された、しかし今のゼニストが感じる事は恐怖ではなく憐れみであった、憐れみは殺された相手だけに向けられた訳ではなく、殺した自分にも、計画したラズにも向けられた、そしてそれを後悔するという事ではなく、その経験から得た事全てを受け入れ学び取ろうとした、思い出される最初の殺人とこみ上げる恐怖や後悔、しかし今のゼニストの見方は完全に違っていた、人間らしさを失っている考えとも取れるほど冷徹に受け入れた、それと同時に殺した男に感謝と尊敬の念を抱いたのであった、何故か、それは不思議な考えではあったが、男を殺した時に得た経験はゼニストの中で数十年重しになり彼を苦しめていた、しかしあの経験があったからこそ今の自分がいるのである、いわば男の犠牲はゼニストの糧になったのである、それならばその犠牲を重しとして考えるのではなく、感謝と尊敬の念を持つべきである、そうゼニストは考えたのであった、しかし同時に彼はもう二度と人を殺めたくないという強い感情を抱いた事も確かである、なぜこうも相対する複雑な感情が同時に発生するのか、それはもしかすると意識とは個体という単体ではなく複数の意思が集まって形成される集合意思なのかも知れない、そんなくだらない事はさておき、ゼニストは至って落ち着いたままその部屋を後にした。

 ここ一年あまりゼニストはある夢、というよりもあの日の再演をよく見ていた、その事が原因でここに来た事も確かであった、あの夢を見る様になってから幾度かここに来る事も考えていたが、村の事やメルの事を考えるとそれも出来なかった、しかし人生とは不思議なものだ、何かに惹きつけられる様にまたここに来た、そして再びあの部屋に踏み入れようとしている。ゼニストは最上階にたどり着くとふと今までの人生が頭を過った、三十年前ここで絶望の淵に立たされ、塗炭の苦しみを味わいながらも人生という名の大海原を経験しながらも成長を続けてきた、そして心の準備も整い、過去を受け入れる為に去年この地を踏み、そしてあの劇的な変化に見舞われた、それが吉であったか凶であったか未だに分からない、いや、人生という長い目で見れば吉凶などは無関係であろう、しかしより多くの新たなる経験と可能性を得られる事は感謝するべき事であるだろう。そんな事に思いをはせながら、ゼニストはゆっくりとあの部屋に向かった。

 部屋に入った途端にあの日の情景が目の前にあの日の自分の視点で広がった、出来るだけ鮮明に思い出せる様に自らも体を動かし、可能な限りあの日と同じ動作を行う様にした。大体の情報は既に夢の中で何度も見てきた、そしてそれを忠実に再現する事も容易かった。彼が一番思い出したい場面は最後である、情景だけではなく撃たれた場所の正確な位置や引き千切った肉の感触さえも体験出来た、それ程大量の情報を脳は取り込み、劣化させる事なく保存していたのである。その様な事が出来るのはゼニストが超越者であるから、恐らくそうであろう、現に去年人間であった頃の彼は視覚や聴覚的な情報は再生されたがここまで繊細な情報までは思い出せなかった。ゼニストはあの日の自分を忠実に演じながら最後の男を倒す所まできた、そうだ、ここからが本当に知りたい事だ、ゼニストは深く呼吸をしながら神経を集中させた。

 『ここで立ちあがって、振り返る、敵の数を数えて…やはりラズはただ立っていただけだ、銃を持っていたがこの時は構えていない…そして…銃声がなって…辺りが真っ白に...いや...あの時...前に倒れた...撃ったのはラズじゃない…倒れた後に数発の銃声が聞こえていた...前と後ろから数発の銃声...ラズが俺を撃った人間に向かって撃っていた…そんな...なんで...』

 その瞬間ゼニストの脳が頑なに閉じていた記憶の引き出しが開いた、ゼニストはその思い出された記憶に完全に気を取られ、茫然とその記憶を体感していた。

 『眼は動かない、地面と流れ出てくる血しか見えない…足音が近づいて来た...血が滴り落ちてきている...ラズだ…ラズが目の前に座って俺を揺すっている...あの時...ラズは俺に確かに言った…なんで俺は…こんな大切な事をずっと忘れていたんだ…なんで...なんでずっとラズが俺を裏切ったなんて思っていたんだ…』

ゼニストは茫然自失の状態で一点を見つめながら涙を流していた、あの時ラズは意識を失ったケヴィンにこう言っていた。

 「俺の詰めが甘かった、後は俺がどうにかする、だから生きろ、頼むから生き延びてくれ、死ぬなよ、お前は俺の唯一の家族なんだ、頼むから死なないでくれ...」

 あの後、気が付けば病院にいた、完全に気を病んでいたので気が付くと同時に病院から逃げ出した、周りにいる全員が敵だと思った、話しかけてくる奴には裏があると思った、何度となく咄嗟におとずれる疑心暗鬼に精神を蝕まれ、幾度となく自殺も考えた、何をやっても絶望しか見えず、落ちる所まで落ちた、そして三十年という月日が流れ、ようやく昔の出来事を受け入れられる強さを得た、しかしそれは全て自分の弱さが招いた幻影だったのだ。そうだ、あの時にラズを信じていられれば...信じられる強さが自らにあったのならば…

 ゼニストは全身から力が抜け、その場に崩れ落ちるとただただじっと地面を見ながら声を出さずに涙を流し続けていた。不規則な足音が彼の耳には届いていたが意識には届いていなかった、彼は人生の根本的な過ちに気付き、今までの人生を一から考え直す事に気を取られていたのである...


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