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シェリルとフュウデオ

 ちらほらと雪が降って来たある夜、シェリルは犬宿舎に足を運びマッカーレンの面倒を見ていた、老犬はすでに立つ事もままならぬ程衰弱していた、弱り切った老犬をシェリルはいつも通りの笑顔と調子で撫でていた、老犬はそれが堪らなく嬉しいようで弱々しくも尻尾は振り続けていた。他の犬達は衰弱した老犬の為に外で寝ていた、どうやら犬達も老犬の死期が近い事は分かっていた様である、たまにグレンとモランギの二匹が老犬の傍に来て伏せる以外はシェリルと老犬だけであった。

 フュウデオはシェリルから頼まれた(元は勿論住民であるが)大木の撤去作業を行っていた、流石のフュウデオも年季の入ったオークの木には手を焼いていた、彼用の斧でもあれば作業は簡単であったかもしれないが、巨人用の斧等手に入る訳もなく、人間用の斧と自分の力で作業を行っている最中であった。この時フュウデオは遠くで聞こえる物音に気が付いてはいたがそれを気には止めていなかった、これが他の超越者であったならば違う行動になっていたであろう、ケイウッドのささないな人選ミスであった、サイト陥落後即座に人事異動を行うべきであった。音は段々近づいてきてそれが侵略であった事に気が付いた時にはすでに後手であった。

 正門が勢いよく破壊された、トラックが突っ込んできたのである、フュウデオはすぐに正門に向かった、コネックの正規兵たちは寝静まっていたので行動が若干遅れていたが、敵は少数らしいかったのでフュウデオは一人で相手にする事に決めた、彼が正門に衝突してきたトラックの近くまで行くと敵の数人が彼を見ながら笑っていた、顔に見覚えがある、どうやら侵略した時か、その後に攻め込んできた連中らしい。フュウデオがかまわず直進する、その時トラックが連結している事に気が付いた、しかし再びフュウデオはその事に気を止めなかった。敵の将らしい男が声を上げると、複数の鎖の様な物がフュウデオに撃ち放たれた、フュウデオは避けるタイプではない、彼は腕で防ごうとしたが逆にそれが仇になった、彼の身体に複数の鎖が突き刺さった、鎖の正体は軍の特殊装備で対戦車用に開発されたモリであった、要領は捕鯨に使用するモリであるが、先端にホローポイントの技術が使用された特殊な合金が付いていた、一度対象に接触すると破裂しモリの返しの様に対象を射止めるのである、通常の人間は即死であるが、防弾装備も兼ねていたフュウデオを仕留める事は出来なかった、しかしフュウデオは完全に身動きが取れなくなっていた、力で引き抜けたかもしれないが、彼の防衛反応が身体の過剰なダメージを恐れ力を制御してしまっていたのである。動きが止まった巨人を見ると後ろから兵達が押し寄せて来た、彼に向けられた銃弾は何とか凌げたが、このままでは手も足も出ない。巨人の様子を見た隊長がニヤつきながら言った。

「この化け物は動けねぇ、今のうちに男は皆殺しにしろ!女は捕まえてこい!」

それを聞いた兵達は狂った野獣の様に基地に向かっていった。

 フュウデオは硬直していたが、ふとシェリルが犬宿舎にいる事を思い出した、その瞬間彼は痛みを忘れて宿舎に向かおうとしたが、連結されたトラックとえぐられる肉体の痛みからそれが出来ないでいた、彼の目の前で数人の敵兵が犬宿舎に向かっている、あそこにはシェリルがいる、守るべき人がいる、愛おしい人がいる、しかし体が動かない、目の前に助けたい人がいる…

 その瞬間フュウデオはあの日のあの場所にいた、死に行く母と無力な自分、あの時の絶望が彼を襲った、何故自分は弱いのだ、あれ程望んだ力を手に入れたはずだ、あの時愛する人を助けられなかった、それから自分は再び同じ事が起きない様に力を欲した、そして貪欲に力だけを求めた、人間離れした力を得てもなお自分は無力なのだ、目の前に愛おしい人がいる、しかし自分が無力だから救えない、なんで自分はこれ程無力なのだ、なんで自分は愛する人を守る事も出来ないのだ、あの日愛する母が死にゆく様をただただ見ている事しか出来なかった、そして今、敵が愛おしい人の所に向かっている、手を伸ばしても届かない、ただ無情に空を切るだけ、嫌だ、力が欲しい、人々が離れてもいい、狂気に憑かれてもいい、自らを犠牲にしてでも力が欲しい、彼は敵を追おうとするが肉が千切れ始めると自己防衛反応が出てしまう、憎い、この無力な自分が憎い、目の前で守るべき人がいるのに何も出来ない自分が憎い、自分の命より大切な人を守ろう思ってもそれを妨害する非力な自分が憎い、なぜもっと強くなれないのか、なぜ自分はこうも非力なのか、あの時愛する母に触れる事も出来なかった、こんなにも、こんなにも自分は無力なのか、人との関わりを絶ち、人生の全てを力を得る事に注いできた、それでも自分は無力なのか、愛する母が目の前で息絶えた、そして愛おしい人が今目前で...

 フュウデオが葛藤している間にも敵兵は無情にも宿舎に向かい、そして扉に手をかけた。それを見たフュウデオは全身に力を入れて再び前進しようとした、体から血しぶきが飛んだ、しかしそれでも彼はまだ無力のままであった、しかし彼の脳内では確実に変化が起こっていた、それは生物としての防衛本能を一切無視した反応であった。フュウデオは心の中で叫んだ、人間性などいらぬ!人間が弱いなら、生物が弱いなら、その様なものなどいらぬ!今欲しいのは力!愛する人を守れるだけの力が欲しい!フュウデオの身体からさらに血が舞う、彼の全身から血管が浮き出て彼の意識はどこかに飛んでしまっていた、ただ彼の考えている事はあの人を守りたい、その一心であった。しかし彼の願いも虚しく敵兵が扉を開け、銃を撃った、甲高い断末魔が聞こえ血しぶきが垣間見れた、その瞬間、フュウデオの意識にいつか見た夢の中の化け物が見えて、それは言った。

「やっと押す物を見つけたね、君は大丈夫さ、弱くなんてないよ、君は捨てられるんだから。」

地面が振動するほどのけたたましい咆哮をあげながらとうとうフュウデオは生物の本能、基本理念を完全に打ち破った、その咆哮に全ての者が委縮した、そして彼は自らの肉を引き千切りながら敵に向かい完全に粉砕した。

 犬宿舎の中は血で染まっていた、そしてそこにはシェリルが笑顔で老犬の頭を撫でながら老犬に喋りかけていた。

「守ってくれてありがとうね、次も頑張ってねマッカーレン!」

少女は満面の笑みで優しく老犬を撫でていると、最期の力を振り絞りながら老犬は体を起こすと彼女の顔を舐めるとそのまま床に崩れ落ち息を引き取った。その直後、二匹の犬が老犬の元に走り寄ってくるとまるで泣いているかの様な鳴き声を出しながら死んだ老犬の周りで伏せていた、その直後にもう一匹大きな白い犬も来て同様に伏せて鳴いた。

 全身から血を流すフュウデオに気が付いたシェリルは彼に近寄って無邪気に問いかけた。

「フュウデオさん血だらけですね、大丈夫ですか?」

彼女の笑顔を見て安心したフュウデオは無言で頷くと踵を返し、敵の殲滅作業に移った、彼が宿舎を出ると同時に三匹の犬達は疾風怒涛の勢いで外に出ると勇ましく咆哮し、猛獣の如く敵に向かっていった。この時にはコネック正規兵も犬達も戦場に出ていた、しかしコネック兵は敵兵の尋常ならぬ行動に恐怖すら感じていた、敵は動くもの全てを標的としているかの様に見境なく攻撃している、しかもそこに存在する感情は恐怖でも憤怒でもなく快楽に近い歪んだ気に包まれていた、その様な不気味な連中と対峙した時にコネックの兵達は著しく士気を削がれ、行動が鈍っていた。この時に犬達がいなかったならばもしかするとこの基地は陥落させられていたかも知れない、敵はフュウデオ対策を考えていた、しかし、犬達の対策は全く考えていなかったのである。連中は過去の敗北はフュウデオが決めてであったと勘違いしていた、実際は犬達こそが最大の問題点であった。フュウデオは確かに無双である、しかし行動力と移動力などを考えれば防衛戦には向かない、対して犬達は俊敏性、機動性、隠密性、攻撃性、全てにおいて人間の比ではない、しかもこの犬達は常識では考えられない程高度な技術を得ている、その様な知性を兼ね備えた獣の群れに武器を持っているだけの人間が相手になる訳がない。始めこそは敵が優勢であったが、犬達の猛攻に加えフュウデオの参戦によって相手の戦意と士気は削がれ瓦解を始めた、そしてなんとか無事に基地を守る事が出来た。

 敵が撤退したのちに負傷者の手当てや死傷者の弔い等が行われたが、今回の被害は正規兵のみならず民間人の被害も相当な数に達していた、結果から見ると敵は基地の奪取など考えず私怨による暴挙にすら見えた。今回の戦いでのダメージは多大なものであり、日が昇ってからも被害の後処理に追われていた、シェリルは戦闘で死んだ犬達の墓を作っており、フュウデオもその作業を手伝っていた、それは彼女が頼んだわけではなく、フュウデオの老犬に対しての敬意を表したものであった、あの老犬がいなかったならばフュウデオ再び深い絶望に飲み込まれていたかも知れない、だからこそフュウデオは彼の感謝の意を行動で示したのである、それが無口無骨な彼の精一杯の感情表現であった。

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