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フュウデオ

 会議が始まってからフュウデオは落ち着かなかった、彼の性格上表面には出さなかったが内面では相当舞い上がっていた、理由はシェリルが隣に座ったからである。彼はシェリルが近くに来るとどうしても緊張してしまう、彼女に好意があるから緊張するのだが、この男相当不器用なので彼女の前で度々フリーズしてしまう、しかも硬直中は馬耳東風なので会議の進みなぞ全く頭に入ってこない。周りは彼の愛慕による思考停止をいつも通りの無口不動として捉えているのでかろうじて彼の自尊心は保たれている状態であった、それを知ってか知らずかたまにシェリルは無邪気に喋りかけたり腕を突いたりしてくる、嬉しさと恥ずかしさでフュウデオは更に茫然自失に拍車がかかる。そんな無骨なフュウデオの態度を見てケイウッドはシェリルの行動が気に障っているのだと思い、彼女に注意をしたが

「フュウデオさん機嫌悪くなんかないですよ、むしろご機嫌ですよ、というより機嫌の悪いフュウデ  オさんを見た事がないです。」と彼女は言うばかりで聞く耳を持たなかった。

実際当たっているので仕方がない、フュウデオは単純な男なので彼女を見ると確実に気分が舞い上がる、それなのでシェリルが不機嫌なフュウデオを見る事は無かった。余談であるが、周りがフュウデオの機嫌が悪そうだと思うのは十中八九思い過ごしである、彼は単純に無表情、無口、無骨なのである。人とは極力関わりあいたくないと思っているフュウデオからすると周りが彼を不機嫌だと思っていてくれた方が望ましい、そんな彼の願いをシェリルはいつも打ち砕いた、周りはフュウデオを避けるのに彼女は彼を見かけると無邪気に接してきた、それは彼からすると嬉しいし、恥ずかしいし、悩ましくもあり、哀しくもあった。人間とは、フュウデオが未だ人間であるかは別として、複雑なものである、至極単純な思考の持ち主であるフュウデオでさえ数多くの相対する感情を抱く事が多々ある、人によって反応は違うが何故そういう複雑な心理状況になるのかを知ろうとしない者が多い、これは感情に目を向けないからだろうか、それとも幼少の頃から積み上げられてきた行動と反応の繰り返しがプリセットとしてインプットされてしまい疑問を持たずにそれが当たり前になってしまうからであろうか。フュウデオの場合は単純思考なので、彼の基本的な行動理念について考えるならば意外と簡単かも知れない、彼の紹介ついでにそこについても考えて頂けたらと思う。

 彼はある資産家の家に生まれた、幼少の頃は身長は周りより高かったが、華奢で体も弱かった。家は裕福であったので彼が病に寝込むと彼の母が決まって看病してくれた、もともと子供とは親に、特に男子は母親に強い愛情を抱くものだが、彼の場合は、たかだか風邪や発熱ではあるが、生命的危機の状態で面倒を見てくれていた母親に対する依存と敬愛は至極高かった。そして母親も慈愛に満ちた女性であり、彼だけではなく周りからも慕われていた人格者であった、なにより献身的な愛情を子供に注ぐその姿は母親の鑑であった。フュウデオは内気な性格もあり、友達よりも母親と一緒にいるほうが多かったため、彼の母親依存症はかなり高くなっていた。幼稚園の時にいつも迎えに来てくれていた母親が忙しく、代わりの者が来た時があったが、彼は母親でなければ嫌だと言って泣き出して周りを困らせた事が幾度かあった。両親は旅行が好きで、父親に至ってはセスナの飛行免許と小型船舶の免許をも取得し、秘境などにも自らの足で向かう程の行動力を有していた、その趣味を理解し後押ししてくれた妻との相性も良く、家庭は順風満帆であった。

 フュウデオが十歳頃に家族旅行に行った時の事である、十歳ですでに身長は170㎝以上あったが、体重は50㎏程の華奢な少年であった、しかも病弱な事も変わりはなく色白で弱々しい面持であった。久しぶりの家族旅行なので父親も張り切って小型のセスナを借りて珊瑚礁が美しい事で有名な無人島に行く事になり嬉しそうに旅行の準備をする母親をこれまた嬉しそうに手伝うフュウデオがいた、何度か家族で旅行には行っているが流石にそう頻繁にいける事でもない、フュウデオは旅行自体は疲れるのであまり好きでは無かったが、旅行の時の幸せそうな両親、特に母親の姿を見る事が嬉しかった。出発の日は朝早くに出発し、お昼前に着いて手作りのお弁当を食べながらゆっくりする予定だったので寝ぼけながらも彼は車に乗り飛行場へ向かった、その日は天候も良く両親も機嫌が良かった。セスナに乗り込む頃には彼の眠気もすっかり覚めて離陸を心待ちにしていた、早く現地に着いてお昼ご飯を食べたい気持ちが強かった、母親の料理は上手で彼の大好物であったし、なによりも家族で食べるお弁当は特別な美味しさがあった。離陸して間もなくすると彼は外を見ながらはしゃいでいた、隣に座る母親も幸せそうに彼の頭を撫でながら彼の子供らしい質問に答えているのであった、しばらくすると島が見えてきた、思ったよりもずっと小さな島であったが、確かに周りは自然に囲まれていて美しい事は間違いない。

 その時である、セスナに甲高い耳を衝く音が鳴り始めた、その後すぐにセスナは揺らぎ始め、”ボン”という様な嫌な音が聞こえた。その後彼は母親に強く抱きしめられて、それからはよく覚えていない、あまりに事が急に起こった上にパニック状態であった、だが断片的に覚えている事は、窓から黒い煙が見えて、体が浮いた様な感覚から急に落ちる感覚に襲われ、大木が見えて、衝撃と共に気を失った、ずっと母親が抱きしめていてくれた事だけはしっかりと覚えている。そこから彼がずっと意識を失っていればどんなに幸せであっただろうか、しかし、どれだけの時間が経ったかは分からない、だが彼は目覚めてしまった。彼が目を開けると、まさしくそれは地獄であった、セスナ機は大木に突き刺さる様な形で墜落し、機体は横になり彼は墜落の衝撃で破壊された椅子に足を取られ身動きが出来ない、目前にはセスナ機を貫いた大きな血まみれの枝があった、父親の血である、枝は彼を貫通しフュウデオの目の前で折れていた。恐怖のあまり彼は言葉を失った、彼は何がどうなっているのか分からないままでいた、何かが彼の額に落ちてきた、彼は上を見上げた、そこには枝に貫かれ口から血が流れ出ている愛する母がいた。彼は絶叫しながら彼の母親を助けようとした、しかし体が挟まって身動きが取れない、母親はまだ生きているかもしれない、フュウデオは必死に母親を呼びながら彼女を助けたい一心でもがき続けた、もがいてももがいても動けない、どうしても助けたい人が目の前にいるのに体が動かない、力を精一杯出しても微動だにしない絶望、彼は泣き喚きながらひたすらに母親に手を伸ばした、しかしどんなに必死に伸ばしても手は空を切るだけで届かない、どんなに願っても届かない、ひたひたと流れ落ちてくる血だけが無情にも彼が感じられる母親の温もりであった。彼は身動きが出来ないまま、彼の愛する者の死にゆく姿を見続けていなくてはならなかった、いっその事その場で死にたかったがそれも許されなかった、彼は止めどなく滴り落ちてくる血で体中を真っ赤に染め上げられながら涙が枯れ声も出なくなるまで足掻いた、そして足掻けば足掻くほど自分の無力さに失意と絶望を感じた。だが彼の地獄はそれでは終わらなかった、この地獄絵図の中にいながら眠る事も食べる事も許されず、ただただ愛する母親の無残な姿を見ている事しか出来なかったのである、希望なぞある訳もない。彼は飢えと渇きに苛まれ、そしてとうとう残酷なほど無情な自己防衛が彼の倫理を完全に汚辱した、未だに乾ききっていない血を啜り渇きを癒した、変わり果てた愛する者に寄って来る虫を捕まえて喰らった、そんな事はしたくなかった、出来るとも思っていなかったが種の生存本能とは無慈悲なほど屈強であった。血も完全に渇き、何も口を潤す事が出来なくなり意識も朦朧としてきた頃に救助が来た、それからの事など彼は覚えていないしどうでも良かった、ただ自由になったと同時に力なく彼は母親の亡骸に抱きつき泣き叫んだ、しかし既に喉からは音も出ず、涙も枯れ果てていた、ただ力なく精一杯母親を抱きしめていた。

 その後、フュウデオは彼の両親の莫大な遺産を受け継いだ、彼の身内はみな裕福であったので彼の不幸を利用する者はいなかった、彼の後見人になりたいという者達も多数いたが、法律上の後見人は彼の祖父であった、彼の祖父は既に寝たきりであって後見人には不適応とされていたがフュウデオはそれで良しとし、そのまま彼は事実上独立する事になった。彼には資産もあったし、屋敷もあった、それまで尽くしていた使用人達も彼の不遇に同情しそのまま彼の屋敷の切り盛りをした。親類一同は彼の助けをする為に資産運用を手伝い資産は増える一方であった。彼にとって金などどうでも良かった、彼は潤沢な資産を一つの事に費やした、それは自らを鍛える事であった。彼は一日十数時間ひたすらに体を鍛えた、彼は一度たりとも自らに起きた不幸を周りのせいなどにはせずにただ自らの弱さを呪いっていた。あの時自分に力があれば、そう考える事しか出来なかったのである。彼は憑りつかれた様に肉体を鍛え上げ続けた、もともと弱かったという劣等感にトラウマから生まれた強迫観念、それに加えてあの地獄が生み出した狂気が彼を突き動かした。彼の肉体は著しい成長を見せ、人間離れした身体と能力を得た、しかしそれでも彼は一向に満足せず、ただ気が狂った様に力を求めた、力があれば、あの時力があれば愛する人を救えた、彼の中にあるのはただその一念のみであった。最初は気を紛らわす事が必要なのだろうと思っていた周りも、しばらくすると誰も彼を正気とは思えなくなっていた、実際に正気の沙汰ではなかった、正気とはあの時愛する母と一緒になくなったのである。力のみを貪欲に求める彼は同時に人との関わりを拒絶するようになった、口を開かなくなった、そんな彼に周りは離れていった、しかし資金だけは増える一方だ。周りに誰もいなくなっても彼は気にする事なくひたすらに体を鍛え続けた、それ以外彼に生きる目的など無かったのだ。

 外界から完全に遮断された状況である日、彼が利用していた食料運搬サービスが何の説明もないまま休止した、そしてそれから数日後、彼の屋敷から電気が消えた、一時的な事だと思っていたが何日経っても戻らない、いよいよ不便になってきたので街に出てみると何が起こったのか街は崩壊していた。突然の事で唖然としていたが奇妙な唸り声を鳴らす男が彼に向って襲い掛かってきた、フュウデオは男の頬を平手で殴ると狂人は吹っ飛んでしまった、彼が加減など知るはずもない、流石に殺してしまったらまずい、そう思ってはいたが時すでに遅し、男はピクリとも動かなかった、一応顔を軽く叩いて生きているか確認しようと身をかがめた瞬間、男は跳ね上がると同時にフュウデオに喰らいついた。あまりに突然の出来事に驚いた彼は男の頭を掴むとそのまま地面に叩きつけた、これは疑う余地などない程決まっていた。フュウデオは周りの状況が全く分からないまま喰いつかれた首を抑えながら彷徨っていると、どこからか人の声が聞こえてきた。気になってそこへ向かい歩き始めると数名の奇妙な服を着た者達と華奢な眼鏡をかけた男が荒れ果てた喫茶店で休憩をしているではないか、彼は混乱しながらも彼らに近づいた、人と喋る事など十数年ぶりである、どうすればいいのか分からなかったが、とりあえず情報が欲しかった。フュウデオを見た奇妙な男達は慌てふためいていたが、眼鏡の男だけは全く動じていなかった。その男の目を見た瞬間、フュウデオは恐怖を感じた、この男には勝てない、と彼の動物的本能が告げたのである。彼はどうしていいかも分からずに動かないでいると、眼鏡の男は彼に首の傷を見せてくれと言ってくる、本能が既に屈服してしまっていたので言われるがままに見せた、眼鏡の男は彼に幾つか質問をし、それに対しフュウデオは素直に頷くか首を振るかで答えていった。眼鏡の男は急に手帳を取り出すと何やら書き始めた、その後男は軽く現状の説明を彼に行ったが、十年以上外界との接触を絶っていたフュウデオにとっては訳の分からない事ばかりであった。話が進むと、何故か彼は連中と一緒にトラックに乗っていた、そして訳も分からないまま辿り着いたのが今現在彼がいるコネックの施設であった、もちろん眼鏡の男とはケイウッドであり、奇妙な服の連中は接触者防護服を着た彼の部下達である。ケイウッドがフュウデオの首の傷をきちんと治療すると、また訳が分からないままにフュウデオはガラスのある密室に閉じ込められた。ケイウッド曰く、発症すると極めて高確率で先ほどの狂人の様になるのでしばらくは安全な所に隔離しておきたいそうである。しばらく横になって休んでいたが、彼の体に異変が表れてきた、体が熱くなり、発汗がひどい、身体から力が抜けて立つ事もままならなくなってきた、ガラスの方に目をやるとケイウッドがなにやら興味深そうにこちらを観察しながらノートに何かを書いている。しばらくすると頭が割れる程の痛みと病的な渇きが彼を襲った、彼はのた打ち回りながら水を求めた、するとケイウッドは彼に指でしきりに何かを示していた、その方角をみると水道の蛇口が部屋の片隅にあった事に気が付き、這いずる様に彼は蛇口まで辿り着くと、震える手で蛇口を捻った、全開にしたがそこから出るのは数滴ぽたぽた落ちるばかりである。それでも彼は地面に這いずりその水を飲もうとした、しかし、水が彼の頬に落ちた瞬間、彼が見た物は蛇口から流れる水ではなく、愛する母から流れ落ちる血であった、恐怖と絶望にかられ彼は絶叫したのち気を失った。

 気を失っている間に彼は夢を見た、とても変わった夢であった。彼は誰もいない広大な土地で黒色の柱の様な物をただひたすら押していた、どれだけ押していたのかは分からないが、気が付くと隣に奇妙な怪物が一緒に黒い柱を押していた、それは肌色の二つの球体の様ではあったが中心の繋ぎ目部分が糸の様に細いそんな中心とは裏腹に手と足はしっかりと球体にくっ付いていた。そんな不気味な怪物がすぐ近くにいたが不思議と恐怖心はなく、ひたすらに黒い柱を押し続けていた、するといきなり怪物が喋りかけてきた。

「押すのは大変だね」

彼は頷いた

「なんで押してるか分かる?」

彼は首を振った

「でも押さなきゃいけないね」

彼は頷いた

「なにを押してるか分かる?」

彼は首を振った

「でも押さなきゃいけないね」

彼はまた頷いた

「どこまで押すか分かる?」

彼はまた首を振った

「うん、君は知らないよね、でもね、君はもう押さなくていいんだ」

彼は首を傾げた

「うん、これからは僕の時間なんだ」

彼はまた首を傾げた

「次に押す物を探さないといけないね」

彼はしばらく考えた後に深く頷いた、そして彼はその場で手を離し黒い柱を押し続ける怪物を見送った

「そろそろ次の時間だよ」

怪物はそういうと振り返らずに一心に黒い柱を押しながら消えていった。


 フュウデオはそこで目を覚ました、先ほどとは違い不思議と気分がいい。気が付くと水道から水が流れていた、彼はゆっくりと水を手で汲むと顔をゆすぎ口に水を運んだ、その時彼の脳裏に走馬灯の如くあの地獄が蘇った、が彼は目をつぶりゆっくり深呼吸をすると落ち着いて水を飲み始めた。その直後、ケイウッドが扉を開けて興奮気味に色々と質問をしてきた、こんなにも嬉々とした人間を見たのは久しぶりの事である、そして最初にケイウッドを見た時に感じた絶望感が一切消えていた、ケイウッドは更に興奮気味に説明をしていたがフュウデオには訳が分からなかったのでとりあえず頷きながら彼の話をやりすごした。

 その後ケイウッドはしきりにフュウデオに組織の加入を勧めていたが、彼は組織に属する気はなかった、しかし、その時にたまたま現れたのがシェリルである、彼女を見た瞬間にフュウデオは何かを感じた、一目惚れ等という単純な恋愛感情ではなく、使命感や崇敬感に似た高貴な感情であった。その瞬間、フュウデオはしばらく考えた、人と関わりあいたくないと思ってはいた、しかしその時何かが彼に喋りかけた様な気がした。しばらく考えるとその後深く頷き、フュウデオはコネックに属する事を決心したのである。

 これが、彼の過去の一部である。しかし重要な事は彼の過去よりも現在である、と言っても今はただ会議に集中する事が出来ていないのが現状であるが、因みに彼が集中出来てない状態でも一つだけ明確に聞き取った内容があった、それは

「…にあたり、今回はフュウデオさんとシェリルさんにこのサイトをお任せして…」

 ケイウッドのこの発言である。これは困った、嬉しさと喜びもあったが、恐怖と悲哀も同時に持ち合わせていた、何故か、彼は何故そう感じるかを意識的に理解しようとはしない、ただそう感じたのだ、だから彼はいつも通り無口無骨に会議が終わるのを待つのであった。


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