もしかして美少女??
テーブルにミルクの入ったグラスを置くシェリに無い知恵絞って話しかけてみる。
「自分の顔が見てみたいの。」
この世界に生を受けてから、鏡という単語を耳にした記憶がないのでこんな回りくどいお願いになる。
「解りました。準備をするので一人で食べられますね。」
束の間の思案顔の後、シェリは魔法で壁に偽装されていた場所から紙と画材を準備すると、リオルーチェの正面に陣取りさらさらと絵筆を走らせた。
狙いと違う結果に内心驚いたけど、楽器演奏と言いシェリは、保母さんスキル凄そうだな。
それからまもなく、出来ましたと言われ、一応手を拭いて貰ってからはがきサイズ位の紙板を貰う。
そこには、微笑みを浮かべた美少女が、描かれていた。
うっすらと水色みを帯びた銀色の直毛は自分でも目視確認出来ている為、再現画に疑いの余地は無いのだけれど、全体を柔らかに印象付ける薄紫のアメジストの大きな瞳に雪のような肌、桜色の口唇……。
あのお兄様に近い遺伝子で不細工になるはずが無いとはいえ、多少、子供補正があったとして本当にこんな美少女なんだろうか?
……実感はないが、確かめる術は無い。
変な事に興味持つんじゃ無かった。
それにしても、この紙、丈夫ね。
もう少し小さくしたらカルタとか作れそう。
シェリは、絵を描くの上手だし。
ぼんやり眺めていたら、シェリに声をかけられ反射的にお礼を言って描いて貰った絵を渡す。
しまった。
自分の姿絵に見惚れてると思われていたらどうしよう。
何それ恥ずかしい。
「シェリは、絵も上手ね。」
フォークを握らせてくれるため、横にいた彼女に話しかける。
「他に何か描いて欲しい物有りますか?」
そうは言われてもこの部屋から出たこと無い私が、色んな物を描いて欲しがるのは地雷原ならぬ、墓穴原だ。
どこで覚えたんですか?って聞かれてぐぬぬってなる事受けあい。
でもこれ位は許されるだろうか?
「ねえ、シェリ、この果物、切る前はどんな見た目をしているの?」
食べた分だけ減ってはいる物の、瑞々しくて甘くて美味しい果物が三種類お皿に載せられていた。
彼女の侍女はにっこりと笑い、こう言った。
「リオルーチェ様、これはわが国の特産物の桃と言う果物です。桃には赤桃、黄桃、白桃の三種類が有ります。」
シェリの説明を聞きながら、芹花の記憶に引き摺られる。
……紅い花をくぐってみる記憶。
「百人一首には3枚の『秋の夕暮れ』があるのは知ってる?」
……そんなものは常識だと、死を迎える前の、最後の正月の芹花は思った。
彼女に質問をしたのは、叔父さん。
芹花の父の弟だった。
父の実家で、親戚が集まると、父は楽しそうに芹花の事をこき下ろした。
反論すればもちろん暴力が待っている。
だから、彼女の親戚は彼女の事を、父の言う様に出来そこないの失敗作で、行く高校もない様な死んだ方がましなバカだと思っている。
……多分。
だからその後にこう続けた叔父を芹花が嗤ったとしても仕方がないのではないだろうか?
「今から百人一首をして、3枚の札を取れた子に、1枚に付き、千円あげよう」
それは……。
知ってて言っているのだろうか?知らなくて言ってるのだろうか?芹花が知らないと思って言ってるのだろうか?
叔父さんには3人の子供がいる。
そのうち年が近く百人一首ができそうなのは二人。
お年玉を貰ってすぐに開封し、金額にケチをつけるような子たちだからきっとお金は好きだろう。
芹花は母親に取り上げられるだろうからどうでも良かった。
「その内二枚は確実に取れますよ?」
裏を見せない笑顔を作り、叔父の反応を伺う。
返って来た反応に、叔父は知らないのだと理解した。
叔父の嫁……叔母さんは何かと大人げない人で、すぐに張り合おうとするめんどくさい人だという認識だったが、叔父は毒にも薬にもならない人だという印象だったから
百人一首を覚えた従兄弟をけしかけて芹花をからかおうという意図が無いと解ればどうでもよかったのだけれど、叔父さんは知らないのだ。
百人一首には決まり字と言うものがある。
そこまで読まれればその札だと特定できる文字数の事だ。
秋の夕暮れの3枚の内、2枚は決まり字がたったの1文字。
決まり字が1文字の札はたった7枚しかない。
叔父はそんなことも知らずに、芹花をけしかける。
従兄弟で遊び終って、芹花は呆れた。
自分の事を馬鹿にしている人達の子は、芹花が百人一首を全部暗記していた年齢に達していたにも関わらす、まともに覚えてる札はないらしい。
途中で乱入してきた叔母さんですら相手にならず、手にした3枚の秋の夕暮れをババ抜きのように広げ持ち、芹花はため息をかみ殺した。
もちろん後で父親に絡まれないよう、4割程度の札が自分以外の手に渡る様に調整をしている。
札を取る際に上から爪をたててくる従兄弟には、フェイントで違う札をお手つきさせてから正しい札を拾う位余裕だった。
馬鹿に馬鹿にされるゆがんだ世界。
何故自分だけ苦しまなければいけないのだろう?
芹花が紅い花に包まれながら散るのはこれから一月後の事だった。
……つまり、お金は大事なのよ!!
リオルーチェは、先の記憶から突っ込み不在が嘆かれる結論にたどりつく。
あの兄がいる限り、リオルーチェが政略結婚の道具として、ひどい婚姻を強いられることはないだろう。
それでも、結婚無理、怖い。
芹花の母は、芹花の父を、まともな公務員だと思って結婚した。
その結果があれだ。
かといってこのままでは、国庫を喰い荒らす役立たずの害虫でしかない。
だからもし、この世界にないなら、学習用カルタ、作ろう。
あっても王女ブランドのカルタ作って貴族に売りつけるの。
若干悪徳商法っぽいけど、遊びながら文字が学べるのよ!
金の卵を産めるようになれば、ずっとこのお城に居ても良いはず。
「……ねえ、シェリ、絵をいっぱい描いて欲しいの。」
食器をかたずけてもらい、遊んで学べる学習用カルタの構想をシェリに話し始めた。
このままでは9月までに婚約者候補が出てこないので、ちょっとこっちに集中します。