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結局こうなる

 本題から逸れた雑談が一段落ついたところで、菊池はもう一度同じ言葉を繰り返した。


「さて、かんわきゅーだい」


 甘ったるい発音は変える気がないらしい。


「真司とこうして久々に会うことにしたのは頼み事をしたかったからなの。同じ学校にも頼れる男の子はいるんだけどね、やっぱり内部の人に頼るとごたごたが余計酷いことになったりしかねないし、内容が内容だし? で、私の格好見ても引かない子って誰がいたかなーとか考えたら「ああ、真司がいるじゃん」ってことになって」

「……過大評価は結構だがな、俺は引いたぞ」

「あれ? そうなの? んー、まあいいんじゃない? 露骨に気持ち悪いなーって顔してないでくれただけでも全然」

「基準が低いな」


 菊池は菊池なりに、その格好で大変なこともあったのだろう。それならその格好をやめればいいのかもしれないが、それはしたくなかったのだと思う。そこは菊池なりのこだわりがあるのだろうし、藤間が口を出すべきことでもない。とりあえず過剰な情報に修正を求めるだけに留めておく。すると菊池はもう一度繰り返した。


「真司様、一生のお願いです!」


 大袈裟なくらいの言葉で菊池は始めた。目の前で両手を合わせて、祈るような姿勢になる。菊池なりの精一杯の頼み方なのだろう。土下座などされても困るからそれくらいが精一杯で良かったとするべきか。女子高生が手を合わせて何かを頼み込んでいる。それだけでも人目を集め始めていたが、そんなことは次の瞬間には吹き飛んだ。



「私と付き合って下さい!」



 ……頭痛がする。


「……別に、俺……いや、男と付き合わなくてもいいだろう。普通に女に恋人になってもらえ」

 男を振るために男と付き合うというのは些か本末転倒ではないだろうか。そんな藤間の反論に、菊池は人差し指を左右に振って何故か得意げな表情を見せた。

「ちっちっち、わかってないな真司は。もう、これだから勉強ばっかりしてる堅物さんは想像力がなくて駄目ね」

「そうか。俺は確かに堅物だからな。堅物な俺には同性と交際なんて考えられないからその頼み事は断らせていただこうか」

「きゃー! 嘘です、ごめんなさい! ホント真司は柔軟な発想力を持った聡明な方です!」

「そうか」


 得意げな顔が癪に障ったので頼みを蹴る素振りを見せてみれば、菊池はすぐに態度を改めた。本気で退席する気はなかったので腰を浮かせてはいなかったのだが、菊池はわかった上で態度を軟化させたのだろう。その辺りも阿吽の呼吸を言えば聞こえはいい。

 態度を軟化させたところで、菊池は話を再開した。雑談を挟むつもりはないらしい。藤間にはこれといった予定もないのでいくら話が長引いても構いはしないのだが。いや、あまり話が長引くと勉強に割く時間が減ってしまう。それは惜しい。


「イメージしてみて。私が彼女を作ったとする。そしてそれを理由にその子を振って、納得してくれるかしら」

「偽彼氏を引っ張り出してくるよりは可能性は高いと思うが」

「そうね。でもその方法って彼女になってくれる子のリスクが高いじゃない?」

「まあ、そうだな」


 彼があっさりと諦めてくれればそれでいい。だが、問題はそうなってくれなかった場合だ。彼は菊池か恋人か、もしくは両方を逆恨みするだろう。そして復讐行為へ及ぶ恐れも、決してないとは言い切れない。言い寄られている菊池が危惧するということは、それほどまでに彼に危険性を感じているということだろう。そこまではいい。


「だから、真司に彼氏役をしてもらおうと思って。ね、いい案でしょ?」


 まるでその策に穴がないかのように誇っているところ申し訳ないのだが、藤間としては穴だらけだ。いや、菊池にとって穴はないのだろうが藤間からすれば大きな穴が空いている。


「それは俺のリスクが高過ぎないか?」


 先にも述べた通り、恋人がいることを証明したところで彼が大人しく引き下がる確証はない。むしろ悪化する恐れの方が高いだろう。だから女性は巻き込めない。そこまではいい。確かにその判断は正しいだろう。無闇に協力を乞えばとんでもないことになりかねない。

 だが、それは藤間が相手でも言えることだった。彼が逆恨みを始めれば、藤間は勿論標的となるだろう。これまで菊池に言い寄ってきたことからわかるように相当粘着質に逆恨みし続けるに違いない。それなのにこの策は全く藤間のことを考慮していない。それは一体どういうことか。端的にそれを指摘してみれば菊池はきょとんとした表情を見せた。何をわかりきったことを聞くんだ、とでも言いたげだ。


「真司なら大丈夫でしょ?」

「そこ根拠のない信頼はどこから来るんだ」


 どうやらしばらく会わない間に菊池の中での藤間はかなり上位に君臨してしまっているようだった。これは本格的に情報修正の必要がありそうだ。藤間は卓越した身体能力もなければ特に何に秀でているわけでもない。趣味が高じて進学校に通えているだけの、どこにでもいる男子高校生だ。そんな無敵のヒーローに対するかのような信頼をされても過大評価も甚だしい。しかし菊池の中では何故かその信頼は確固たるもののようだ。


「あははっ、心配し過ぎ。大丈夫よ」

「だからそう根拠のないことを……」

「えー? じゃあ女の勘ってことで」

「お前は男だろうが」


 頭が痛い。どうやら菊池は策の穴を穴だとは思っていないらしい。しかもどうやら本気らしいのがまたどうしようもない。これを論破するのは難しそうだ。論破は諦めるべきか。


「で、どうするの? 引き受けてくれる?」


 気軽に菊池は聞いてくる。さっきまでの真剣に頼み込む態度はどこに行ったのか。問いただしてやろうかと思ったがまた真摯に頼まれてしまえばいよいよ断れなくなってくる。まあ、真摯に頼まれるまでもなく藤間の選択肢などあってないようなものだが。


「真面目で堅物な真司君は困っている人を見捨てることが出来ませんでした」

「童話風に話を進めようとするな」


 しかも勝手にこちらの結論を決定するな。とは言うものの、的外れなわけでもない。


「……計算してたな」

「計算なんて人聞きの悪い。私は引き受けてくれそうな人に頼んだだけよ」


 それを計算と呼ぶのではないのか。藤間の性格を見越した上で菊池はわざわざ数年振りに再会し、頼み込んだのだ。しかし穴があると言えば穴のある杜撰な作戦だ。


「俺の性格が数年で様変わりしている可能性は考慮しなかったのか」

「それはないね。言ったでしょ? 年賀状にびっしり何か書くのは真司くらいなの。それが変わらない限りは性格なんて変わってるわけないじゃない」

「……」


 律儀に年賀状を出していたのが悪かったのか。己の失態を呪うが時既に遅し。どうせ藤間に選択肢はひとつしかないのだ。


「…………仕方ない。今回だけだからな」

「やっほー! さっすが真司! 愛してるわ! 大好きよ!」

「お前が言うと軽口に聞こえないからやめてくれ」


 厄介な頼まれごとをしてしまった。まあ、引き受けてしまったものは仕方ない。とりあえず今は注文するだけして冷え始めてしまっている品物を菊池に押しつけてやるとしよう。


「ああ、学業の妨げにならない範囲でな」


 危ない危ない。これを忘れてしまうところだった。


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