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信じてお願い

「あ、そういえばメアド教えてないよね」


 ポケットから自分の携帯を取り出しながら、菊池は言う。菊池の携帯は薄いピンクで、控えめにいくつかストーンシールが貼り付けられていた。水色のストーンは控えめながらにその存在を主張している。ストラップはひとつ。これまた女子らしく、食べかけのマカロンだった。いかにも女子らしい携帯だ。だが、これを持っているのは男だ。いや、個人の趣味に文句をつけるつもりはないのだがそれだけ改めて言っておきたかった。


「赤外線通信しようよ」


 さっきまでのイケメン云々の話はどこへやら、菊池の関心はメールアドレスの交換へとあっさり傾いてしまったようだった。だが藤間としてはあっさりそちらへ傾いてしまうわけにもいかない。


「知らない奴と連絡先を交換したくない」


 実のところ、彼女が菊池であることに大して疑いは抱いていない。だがそれでも最低限の証明はしてもらうべきだろう。何のメリットがあるかは知らないが、菊池の名を彼女が語っているということも有り得なくはない。ありとあらゆる仮説を立て、それらを潰してこそ本人証明が出来るのではないのだろうか。少々意地が悪いが、藤間は驚いたのだ。彼女が菊池だったとしてもこれくらいの仕返しは許されるだろう。菊池でなかった場合は、遠慮なんてしなくてもいいわけだし。

 藤間の言い分を聞いて、菊池(仮)は頬を膨らませた。その仕草自体はいかにも女子といった感じなのだが、本当に菊池なのだろうか。偽物だろうと本物だろうと、それぞれ別の意味で複雑になること受け合いだ。


「もう! まだ信じてくれてなかったの!?」

「旧友が女装男になっていてすぐに信じられると思うか? 信じてほしいならそれ相応の手段を取れ。証明しろ。俺を信じさせろ」

「はー! 命令ですか。いいわよ! そこまで言うなら証明してやろうじゃないの!」


 売り言葉に買い言葉。藤間の言葉にあっさり乗った菊池(仮)は胸を張る。何か証明する方法でもあるのだろうか。そういえば、彼女が菊池であるならば胸などないはずなのだがパットでもしているのだろうか。見たところ、胸があるようには見えないので貧乳ということで通しているのかもしれない。貧乳はステータスという言葉をどこかで見かけたことがあるので需要がないことはないだろう。それに胸ばかりが女性の価値でもない。


「じゃあこれから菊池俊輔でないと知らないようなことを言うわ。それで信じてくれる?」

「内容次第だな」


 どの程度の内容かは聞いてみなければわからない。だから聞く前から頷いてしまうわけにはいかなかった。わかりきった情報を得意げに話されても困る。

 慎重な藤間に対して、菊池(仮)は気分を害した様子もなく、考え込む様子を見せた。どの情報が本人証明に有効か考えているのだろう。それから思いついたのか、掌をグーで叩いた。動作が古典的だ。


「去年……違うな、今年の年賀状。あれなんて書いてあるかよくわからなかったんだけど」

「日本語で書いた以上、わからないということはないはずだが」

「使う言葉が難しすぎんのよ! しかも葉書にびっしり書くって何よ。怖い! 真司の年賀状だけびっしりしててすごく浮いてる! 常々言おうかどうしようかと思ってたけど怖い! 怖い!」


 三回も怖いと言われてしまった。確かに藤間は毎年年賀状をびっしり文字で埋めている。年に一度、年賀状でしかやり取りがないのにありきたりな一言二言で片付けてしまうのはどうかと思うのだ。それに、会いもしないのだが「今年もよろしく」は何の意味もない。交流が年賀状でしかないのに何をどうよろしくするのか。菊池は一体どうしてほしいのだろうか。


「充実した学校生活を送ってるって書いてあったけど内容から考えるにひたすらに勉強してただけだよね? それ学校性格が充実っていうより趣味が充実してるんだよね?」

「俺の場合は学業自体が趣味のようなものだからあながち間違ってもない」

「学業が趣味って言い切った!?」


 ツッコミまでノリノリだ。まるでここまでが予め用意されていた言葉であるかのように、スムーズに進む。藤間とやり取りをする際には大抵会話が詰まることが多いのだが、菊池はそんなことはないらしい。思えば昔菊池といた時も会話に困ったことはなかった気がする。菊池と一緒にいた頃にはもう既に学業が趣味になっていたはずで、とっつきにくかったはずなのだが。


「で、どうよ。これで私が本物だったってわかった?」


 まだ藤間は何も言っていないのだが、答えがわかっているかのように菊池は胸を張る。やはり胸があるようには見えない。パットは入れていないのだろうか。


「……まあ、本物だろうな。信じよう」


 会話の内容は年賀状を受け取っていなければわからないことだし、会話のテンポも独特だった。数年ぶりに会ったとは思えない見事なやり取りだった。こういうのを阿吽の呼吸と言うのだろうか。……いくら旧知とは言え、女装青年と阿吽の呼吸というのも複雑だ。

 藤間が信じると言い切ったところで、菊池は上機嫌に笑った。


「はっはっは」

「その笑い方だと女性味に欠けているわけだが、それは構わないのか?」


 外見を女性的にしているといるのだから、内面も女性らしくするべきだろう。その格好を責めるつもりはないがやるならやるで、それ相応の振る舞いはすべきではないのか。と、そんなことを言うから変人と呼ばれてしまうのかもしれない。口にするのは謹んでおこう。


「いんや? 別に」


 女性らしい振る舞いを心がけてはいないらしい。まあ、人にはそれぞれ考え方があるのだから藤間の考え方を押しつけることもないだろう。藤間もここ数年で妥協することを学んだのだ。

 彼女が菊池であることを信じたのだ。だから今後は彼女が菊池だという前提で会話をしていこう。本音を言うとまだ信じ切れていないのだが、そんなことを言っていればいつまでも信じられないのだから信じたことにしておこう。今は頭で理解しておくだけでいい。徐々に信じがたい事実は信じておこうと思う。


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