表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/36

同一人物の正体

 家に来れば全部わかる。説明するよりそっちの方が断然早い。

 菊池はしつこくそう主張した。だからそれに押し切られる形で藤間は菊池の家へと招かれた。こういう時、つくづく自分は押しに弱いと思う。だが見ればわかるというのだから、今はそれを信じるしかない。


「そんなわけで菊池家到着!」

「どんなわけだ。言わなくてもわかる」


 菊池家を前にして、菊池のテンションは異様にテンションが高かった。帰宅出来るのが嬉しい、と普通は考えるべきだが菊池に限ってはそういうわけではないような気がした。菊池は緊張しているのだ。表情には出ていないが自然と気配で伝わって来る。菊池が緊張する何かが自宅にあるというのか。菊池が見ればわかると言ったことにも関係して来ているのかもしれない。


「じゃあ、行くよ」


 自宅のドアを開けるだけなのに菊池の動きはどこかぎこちない。決して気のせいではないと思う。

 菊池はぎこちない動作でドアノブを捻ると、自宅へと踏み込んだ。ただいまの声も、おかえりの声もない。静まり返っている。だが奥のリビングではテレビが音声を発して、存在を主張していた。誰かがいるにはいるらしい。些細な挨拶はしない家庭なのだろうか。そんなことを思いつつも、藤間は菊池の後に続く。靴を揃えることも忘れない。

 菊池は黙々と足を進めて、リビングへと行く。一体何をするつもりなのか。単に帰宅しているといった風でもない。菊池の様子を静かに窺っていると、菊池はリビングへと踏み込んだ。そして、リビングにいた人物を目が合う。


「あ?」


 リビングでテレビを見ていたのは青年だった。書店で見かけた、菊池によく似た男。ソファーの上で仰け反って、退屈そうにテレビを見ている。だが、リビングへ入った菊池と目が合った途端に殺気が帯びた。男はソファー近くに立った菊池の腕を掴む。菊池が抵抗することはない。


「おい、俺の携帯どこやったんだよ」


 男は藤間のことなど眼中にないようだった。ただ菊池にばかり殺意を飛ばす。菊池が男の携帯に何かしたのだろうか。間に入る度胸もなく、静かに二人のやり取りを傍観する。どうやら殺気立っているのは男だけではないらしく、わかりにくいが菊池も相当に苛立っていた。


「はあ? 携帯? ああ、アレね。逆パカして捨ててやったわよ」

「ああっ!? 壊した!? ふっざけんなよ、お前!」

「あ? ふざけてんのはアンタでしょ?」


 これまで怒りを見せたことのない菊池だったが、彼には怒りをあっさりと露わにした。殺気を隠すこともしない男へ怯むこともなく、怒気を返した。傍観している藤間の方が怯む。

 互いに一歩も譲らず睨み合う。だがそれは長く続くことはなかった。先に痺れを切らしたのは男の方だった。ソファーからおもむろに立ち上がると、何の躊躇もなく手を振り上げると菊池の頬へ炸裂させる。容赦なく拳を作って、だ。菊池はそれを回避することも防御することもなく、そのまま受けた。どちらを選択する余裕もなかったという方が正しいのかもしれないが。


「おい!」


 流石に目の前で友人が殴られてまで黙っているわけにもいかない。藤間は二人の間にはいると、男の腕を掴む。男はそこでようやく藤間の存在に気付いたようだった。


「何だよ、お前! ……あ? この前の奴か。何で女装野郎といるんだよ」


 怒りの矛先が今度は藤間へと向いた。こういう場合はどうするべきなのだろうか。藤間が内心戸惑っていると、殴られて頬が赤くなった菊池が動いた。菊池は静かに右足を思い切り振り上げる。


「げ。いや、待て菊池! 気持ちはわかるが落ち着け!」


 幾らか遅れて気付いて、慌てて制止するがもう遅かった。止める間もなく、菊池は足を遠慮なく振り降ろす。標的は言うまでもなく男だ。

 真っ直ぐに速度を増しながら降り降ろされた足は肩まで落ちると、急に方向を変えて薙いだ。菊池の足は男の耳へと直撃し、そのまま頭を蹴り飛ばす。男の方はそのまま転倒とまではいかなかったがバランスを崩して壁へ頭をしたたかに打ちつけた。


「うわ……」


 聞こえてはいけないような鈍い音が聞こえた。あれは痛そうだ。先に手を出したのは男の方だから自業自得と言えばそれまでなのだが、それにしてもあの音は痛いだろう。そしてやはり痛いのか、男はその場に蹲る。菊池はと言えばその場でけんけんをして体勢を持ち直していた。


「いくらなんでもやり過ぎだろう……」

「真司はどっちの味方なのよ」


 菊池は不満そうに頬を膨らませる。だがそれ以上文句を口にすることはなく、黙って藤間の手を引いた。来いということらしい。菊池は藤間の手を引いたまま、階段を上っていく。そして突き当たりの部屋へ辿り着くと中へ入って鍵を閉めた。菊池の自室らしい。


「放っておいていいのか」

「いいんじゃないの? 私だって痛いわ。お互い様でしょ」


 菊池は、蹴りの際に乱れた髪を手櫛で元に戻す。その動作だけを見ていると女子にしか見えないのだがやはり目の前の人物は菊池だと思う。さっきの蹴りも菊池のそれだった。もはや疑う余地はどこにもない。そう藤間が再認識していると、菊池は何気なく話を切り出した。


「で、わかってもらえた?」

「……わかるわけないだろう」


 来ればわかると菊池は言っていたが、全てを理解出来たわけではない。寧ろ謎が増えた気がする。だが菊池は大してその返答に驚いた様子を見せなかった。もしかすると藤間が理解出来ないだろうということを予想していたのかもしれない。


「だよね。じゃあ説明しようか。ちょっと長いけど聞いてくれる?」

 ここまで半ば無理矢理引っ張ってくたくせに、ここまで来て今更ながらに謙虚な態度を見せた。その態度の変化に呆れる。そういう態度はもう少し前に出しておくべきだろうに。

「今更何も聞かずに帰れるか。ここまで来たら全部聞いて納得するまで帰らないからな」

「意外に真司も粘着質ね。……じゃあ話しましょうか」


 粘着質という嬉しくない表現をするくせに、菊池はどこか嬉しそうに説明をようやく始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ