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ワンパターンに巡る

 それから菊池からの連絡がぱったりと途絶えた。

 その代わりと言うのか、違うのか。菊池の代わりのように、ここ最近は妙な人間に付きまとわれるようになっていた。藤間に心当たりは全くないのだが。

 ストーカーと形容すべきか。それくらいにべったりと尾行されていた。しかも隠れる気があるのかないのか、尾行されていることがすぐにわかる。尾行するならせめて存在感を消してほしい。

 何気なく目をやってみればストーカーの相手は男で、菊池の学校の制服を着ていた。制服でストーカーとは恐れを知らない奴だと思う。もしくは浅慮の馬鹿だ。そんな身元があっさり割れそうな服で犯罪行為など有り得ない。

 特に実害はないので気味は悪いものの、ストーカーは放置している。警察を呼んで事情を聞かれる時間が藤間には惜しかった。そんな暇があるなら勉強がした。それに警察は何か事件が起きないと反応が鈍いというのはよく聞く。最初から頼りにするには少し弱い。


「……」

「……」


 だから今日もこうして藤間はストーカーの視線を受けている。ストーカーの視線は痛い。もう存在を隠す気は毛頭ないらしい。ストーカーはひたすらに藤間を睨むのだ。まるで恨みがあるかのような視線で。恨んだ末の犯行、という可能性も考慮して出来るだけ人の多い場所にいるようにはしているのだが、それでもやや不安ではある。そんな日々を藤間は過ごしていた。だから正直菊池のことばかり考えているわけにもいかない。問題は毎日のようにやや後ろから尾行して来ていた。そしてある日、その問題は確実な問題として動き出した。


「おい」


 これまで無言でつけ回していたくせに、その日に限ってはストーカーから声をかけてきた。もしかするとストーカーをしていたわけではなく、声をかけるタイミングをはかっていたのかもしれない。単なる仮説に過ぎないし、どれだけシャイなんだという話になるわけだが。


「おい」


 返事をしなかったせいなのか、もう一度名前を呼ばれた。そうして名前を呼ばれたことでひとつ気付いたことがある。今の今まで気付きようのなかった事実だ。それ以前は無視して走り出すべきか、などと考えていたのだが気が変わった。藤間は足を止めると振り返る。


「ストーカーさん、か」


 ストーカーをしている彼の声は、以前に菊池の携帯で離した「ストーカーさん」なる人物と同じだった。勿論、電話ごしの声は多少変化があるもので、断言が出来るものではないのだろうが。しかしストーカーさんと登録されていた男にそっくりな声をした男がストーカーをしている。これがただの偶然とは思えなかった。偶然とするなら都合が良すぎる。


「あ?」


 いきなりストーカーさんと呼ばれた彼は不機嫌そうに表情を歪めたが、それだけだった。なかなかに短気そうな男だ。これは言葉を選んだ方がいいかもしれない。そもそもにして最初からかなり苛立っているようだし、今更言葉を選ぶというのもどうかと思うが。

 藤間の警戒に気付いた様子もなく、彼は苛立った様子のままに藤間を睨みつけた。いや、睨みつけていたのは最初からか。

 ストーカーと呼ばれたことに対して、彼は大きく反応を見せることはなかった。そんなことはどうでもいいのかもしれない。単に予想外の反応を返されたことに対する苛立ち。そちらの方が大きかったように思う。言葉を交わすのが初めてである藤間でもそれが察せられるということは彼はかなりわかりやすいのだろう。感情直下型と言うべきか、感情のままに動いている気がする。そんな人間でなければストーカーをするはずもないか。

 彼は藤間に対してそれ以上のリアクションを見せることはなく、話を無理矢理に自分の思うようにと進めた。それが彼の自己中心的な性格を印象づける。彼は会話をしたいのではなく、自分の主張を伝えたいだけなのだ。藤間の意見なんて始めから求めていない。


「お前、彼女を泣かせただろ」


 いきなり、何の脈絡もなく。その割に発言は妙に断定的で、だからこそ戸惑った。咄嗟に理解が追いつかない。何の話だ。藤間に彼女はいないし、存在しないものを泣かせられるわけもない。

 その様子に苛立ったのか、彼はかつかつと歩いて藤間との距離を縮めると、至近距離で藤間を睨みつけた。


「何しらばっくれてやがんだ、ああん?」


 まるでヤクザのようだ。理解が追いつかなかったことが、しらばっくれていると解釈されてしまったらしい。誤解だ。しらばっくれる以前に藤間には心当たりがないのだ。


「人違いじゃないのか?」


 凶悪な視線を飛ばしてくる彼に対して、藤間は何とかそれだけ返す。至近距離で敵意を向けられて平然としていられるほど、藤間は強くない。そういう視線には慣れていない。平然としていられるか否かは、経験によって左右されると思う。

 彼は藤間の態度を本格的にしらばっくれていると受け取ったようで、額に青筋を立てる。むしろ今まで立っていなかった方が不思議なくらいだったのだが。


「だからしらばっくれんなって言ってんだろうがよ! 知らないとは言わせないぜ。俺は彼女がお前の家から泣きそうな顔で出て来るのをみたんだからな!」


 今にも噛みついてきそうな形相で、吠えられる。そこまで指摘されたところでようやく思い至った。彼女、とは菊池のことではないだろうか。菊池は知っての通り男だが格好が格好なので彼女と呼んでいるのかもしれない。もしくは性別を正しくは知らないのかもしれない。藤間の家を訪ねた者なんてここ最近では菊池くらいしかいないだろう。一家揃って交友関係の狭い家だし。


「それはストーカーと言うのでは……」


 菊池をストーキングしていて、その場面を目撃してしまったのではないだろうか。そうだとすれば目の前の彼はやはり菊池のストーカーだろう。何故ターゲットが菊池から藤間になっているかは不明だが、こうして文句を言うタイミングを見計らっていたのかもしれない。


「るせえ! 今はそんなことはどうでもいいんだよ!」


 良くはないと思うのだが。ストーカーは犯罪だろう。正式には何という犯罪だったか。…………いくら考えても思い出せそうにないということは元から脳に入っていない情報なのかもしれない。


「何で泣かせてんだよ!」


 何で、と言われても困る。泣きそうだった、から泣いていた、に変換されているのも気にかかるところだ。彼は感情が昂ると情報がどんどんと脚色されていってしまうのかもしれない。そうだとしたら、泣きそうだったという情報さえ怪しくなってくるのだが。しかし心当たりがないわけでもないのだ。藤間はあの日、菊池が菊池であるかどうかを疑った。それから菊池が姿を見せなくなったということは何かしらの心境の変化があったのだろう。傷付いていない、ということはないと思う。だからと言って泣きそうになっていたという情報を鵜呑みにしてしまう気にはなれないが。

 とりあえず、彼の今にも爆発してしまいそうな怒りをどうにかする必要があった。どう宥めるべきか。藤間には荷が重いとは思うのだが、矛先が藤間に向けられている以上、藤間がやるしかない。だが、既に彼は藤間が止められるようなものではなかった。


「っ!」


 何かを口にするよりも早く、それは来た。素早く固められた彼の拳は真っ直ぐに空を切って藤間を狙う。偶然にもそれを回避することが出来たが二度目はないだろう。確実に二度目は当たる。まぐれが二度も続くほど、藤間は強運ではない。

 ここで幸運なことに、彼は体勢を崩した。拳を完全に当てるつもりで体重を傾け過ぎていたらしい。まさかの空振りで体重が前へ傾いで、前のめりになる。何度か前へけんけんをすることで転倒することは回避出来たようだった。そしてその時間こそが藤間にとっての幸運。何よりのチャンスだ。


「あっ、おい! 待てコラ!」


 迷いなく、藤間は逃走を選択した。彼が立て直している隙にそれこそ全力で逃げた。腕に覚えがあるわけでもない藤間が無事に生還するには逃げるしかなかった。彼の怒声を無視して、走る。足を止めればどうなるかわかったものではない。だから走る。臆病者と罵りたいなら罵ってもらっても構わない。

 学業最優先。下手に捕まって、学業に差し障りがあっては問題だ。結局のところ、藤間の思考はそこにしか行き着かないのだ。我ながらワンパターンだとは思う。


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