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衝撃なる事実也

「は?」


 思わず、声が出てしまった。本当に意味がわからないのだから仕方がない。これは単に厚かましい女だと判断してもいいのだろうか。もうこれはそう判断するしかない気がする。

 藤間が理解出来ていないことがわかったのだろう。彼女はより一層呆れた表情になりつつ、それでも言葉を続けた。どうやら藤間が理解するまで言葉を追加していってくれるつもりらしい。それは良いことなのか悪いことなのか。


「だから私が友達の菊池(きくち) 俊輔(しゅんすけ)なんだって」

「……はい?」


 さらりと彼女が口にした名前は、藤間が待ち合わせている級友の名前に他ならなかった。やはり彼女は旧友となんらかの関係が…………いや、待て。今、彼女は何と言ったか。脳が理解するのを拒んで、聞き流してしまったような気がする。


「…………もう一回いいですか」


 もしかして、もしかすると藤間の聞き間違えかもしれない。むしろ聞き間違えである方が素直に納得出来る。確認するのも怖いが聞き間違えであることを確信するためには確認が必要だった。

 彼女は藤間の要望に応え、もう一度似たような内容を繰り返してくれる。今回はきちんと聞こえるようにという配慮なのか、声は大きめだ。


「だ! か! ら! 私が真司の友達の菊池 俊輔! OK?」


 パーにした手で胸あたりを叩きながら、彼女は言う。今回は流石に聞こえませんでしたと言うわけにもいかない。だが脳は未だに内容を理解することを拒んでいた。つまり、それはあれだろう。そういうことだろう。…………頭が痛い。どういうことだ。

 そんな藤間の気持ちなど知るよしもなく、彼女はどこか誇らしげにはにかんだ。


「見違えたでしょ」

「見違えたというか……もはや別人というか……」


 理解したくはないが、いつまでも現実逃避をしているわけにもいかないだろう。現実逃避に傾いているせいで幾分か回転が鈍くなってしまっているその頭で、なんとかそれだけ言葉を絞り出す。考えてみれば、言われてみれば、旧友もとい菊池の声と彼女の声は一致するような気がしないでもない。彼女が菊池なら、藤間の名前を知っていたのも当然。藤間の向かいへ断りもなく座るのも当然と言えば当然。旧友の名前を知っているのも、当たり前。筋は通る。通るが、理解したくはない。彼女はどこからどう見ても女子高生だった。しばらく会わなかった旧友が、再会を果たした時には女子高生になっていたなど信じたい事実ではない。出来るだけ目を逸らしたい事実だ。どうしてそうなった。そう言いたいが、それよりも言いたいことはある。とりあえずはそちらが優先だろう。だから藤間は数々のツッコミを押し留める。


「それならそれで最初にそう言え。言うべきことを言わずに悪戯に混乱を招くな。思慮が浅い。順序が滅茶苦茶だ」


 この際、旧友が女装青年になっていたことについて深くは触れまい。何か深い理由があってのことかもしれない。そうだとすれば藤間があっさり踏み入っていいものでもないだろう。だからその問題はとりあえず横に置いておく。だが、だからといってそれを黙っていたことは別だ。それは抗議してもいいだろう。否、抗議すべきだ。

 藤間が知りうる限りの菊池の性格で考える限り「見てわからない方も悪い」などと反論してくるのではないかと、構えていたのだが予想に反してそんなことはなかった。菊池は女性的に柔和な笑みを作る。叱られているのに何故か嬉しそうだ。菊池はマゾではなかったはずなのだが、ここ数年で目覚めてしまったのだろうか。そうだとしたら友人を続けることを考えざるを得ない。藤間がそんな感じに思考を飛躍させているところで、菊池は笑みの理由を明かした。

「相変わらず頭固いね。うん、でもそういうところが変わってなくて良かった。頭の固さがなくなったら真司はただの変人だもんね」


「その評価には納得がいかない」


 ただの変人とはどういうことだ。変人という時点で「ただの」と付属させるには不適切だろう。ただの変人というのは変わった変人と評価されるよりもより難しいことなのではないだろうか。ポジティブな捉え方をすればむしろ誇れることではないだろうかと思うのだが、そもそも変人という評価すら藤間にとっては不本意でしかない。そんなに勉強が趣味なのはおかしいのだろうか。

 菊池はどうやら久々に再会した友人が変わっていなかったことに安堵したらしい。叱られて喜んでいるマゾというわけではなくて良かった。心からそう思う。旧友がマゾになり果てていたなど笑えない。


「そういうところ、嫌いじゃなかったよ」

「うぐ」


 言うまでもないことだが、念のためにもう一度。菊池 俊輔。性別は男だが姿は女子高生。藤間の旧友であり、今日は藤間と会う約束をしていた。年賀状のやり取りだけは毎年あった程度の、微妙な交友があった旧友。

 そんな菊池に、思わぬ告白を受けてしまった。異性からの言葉なら素直に喜んでも良さそうなものだが、相手は同性だ。見かけに騙されてはいけない。菊池は紛れもない男だ。まあ、手術などをしていなければの話だが。

 気分的には微妙の一言に尽きる。素直に喜ぶべきなのだろうか。判断に非常に迷う。だから藤間は微妙に流した。気分が微妙なのだからやはり微妙にしか返せない。そんな藤間の何とも言えない反応に対して菊池は何を言うでもなく一方的に会話を続けた。何を言うでもなく、と、言うよりは単に藤間の話など聞いていない。そんな印象。


「いやー、真司もすっかりイケメンになったよね。なんて言うの? こう、ガリ勉系男子」

「それは貶しているんじゃないのか」


 そもそもガリ勉という表現自体がどこか小馬鹿にしているニュアンスが含まれている気がする。何度か言われたことがあるが誉め言葉ではないだろう。むしろ皮肉に相当するのではないだろうか。

 藤間がそう抗議したところで、やはり菊池の耳には届かない。間違いない。菊池は藤間の話を聞いていない。一方的に話を振り、展開させ、閉じる。藤間がどう返答しようとその流れは変わらないらしい。まるで読み込み専用のプログラムのようだ。こちらが何をしようと予定通りにしか動かない。菊池は人間なので全く話が通じないはずもないのだが。そうだとすれば意図的に無視されている恐れがある。それは由々しき事態だ。看過出来ない問題だ。

 さて、それをどう菊池に訴えるべきだろうか。そんなことを思案し始めたタイミングで、菊池はようやくシェイクのストローを口から離した。それからシェイクをテーブルへ置く。そうして明るい声をさせながら、また話題を百八十度転換した。


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