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同一人物ではない?

 電車でいくつか駅を渡って、行きつけの書店にやって来た。この書店は幅広い参考書が揃っているのだ。藤間が行きつけにしている理由はそこにある。むしろそこしかない。


「……ふむ」


 いつもと同じように、書店にはずらりと参考書が並んでいた。あまりにも量があってどれにすればいいか悩む。それを選ぶのが楽しみでもあるのだが、かなりの時間を要するであろうことは安易に予想出来た。

 参考書を手に取っては開いてみて、中身を確認する。その本にどんなメリットがあるのか、それを記憶してから戻す。そして違う本を手に取ってみる。そんなことを何度も繰り返してみて、どの本が最もメリットが多いかを比較してみる。それを何度か繰り返したところで、ようやく顔を上げる。どれくらい時間が経過しただろうか。その確認も兼ねて顔を上げた。油断していると何時間もあっさり経過してしまったりするのだ。気を付けておかなければいけない。


「……二時間」


 腕時計を携帯していないので、携帯電話を取り出して時間を確認する。この場所からは書店に設置されている時計が見えないのだ。わざわざ見に行くのも面倒臭い。

 二時間というのはそう珍しい経過時間でもない。そろそろ参考書を決めてしまわなければ夕飯に間に合わなくなってしまう。どうせなら休日に来れば思う存分悩めたのだが。いや、休日は人が多い分集中して悩めない。藤間がそんな感じであれこれと思考を散らしていると、不意にある人物が目に入った。


「……ん?」


 藤間の目に留まった彼は、少年漫画のコーナーで漫画を物色していた。何か買うものを決めているわけでもないのだろう。品定めをするようにそのコーナーをうろうろとしている。藤間と同じくらいの歳だろう。単なる同年代なら目にも留めないところだが彼は藤間の中で引っかかった。具体的に言うなら似ていたのだ、菊池俊輔に。


「……いや」


 似ている、と言っても今の菊池にではない。今の菊池に似ている男子などそうそういないだろう。藤間の差す菊池とは年賀状だけの交流になってしまう前の菊池で、その記憶は小学時代にまで遡る。その薄れ始めてしまっている記憶の中の菊池と、彼は似ていた。いや、数年の空白を想像で埋めている部分はあるがそれでも似ているように思う。少なくともあの菊池よりはかつての菊池の面影がある。他人の空似と言われればそれまでだが、それでも気になるものは気になる。


「……まさか」


 他人の空似だとは思うが、それでも足が動いた。不審でない程度の速度で自然に彼に歩み寄って行く。彼は漫画を吟味することに忙しいらしく、藤間に気付く様子はない。彼のスラックスのポケットからは携帯のストラップと思われるものが覗いていた。彼が少し動く度にふらふらと左右に揺れる。そのストラップを何気なく見て、思考が止まった。そして思考が止まったまま、思わず口を開いた。


「菊池俊輔」

「っ!?」


 気付けばかなり距離を詰めてしまっていたため、無意識の呟きでも彼の耳に入ってしまったようだった。彼は漫画にばかり向けていた目を一気に藤間へと向ける。その表情は驚愕に満ちていて、とてもではないが声がしたから振り返っただけといった感じではなかった。思わぬところで名前を呼ばれて驚いた、という印象を受ける。まさか。


「菊池なのか?」


 藤間が問いかけた途端、彼の表情が歪んだ。例えるなら失態を犯してしまってような、見つかってはいけない人間に見つかってしまったかのような。その反応に藤間は感じ始めていた確信めいたものを深めた。


「菊池俊輔だろう?」


 彼は、菊池俊輔だ。それなら今日まで家に上がり込んでいたのは誰だ、という話になってくるがその話は一旦横に置こう。それよりも今は目の前にいる菊池に話を聞いた方がいい。

 藤間が詰め寄るような形になってしまったため、彼は仰け反るようにして身を引く。それでもすぐ後ろに漫画が陳列されているため、藤間と大きく距離を取ることは出来なかった。二人のやり取りを見ている客が数名、何事かと視線を投げてくるが今はそんなことに構ってもいられなかった。混乱している。


「はあ、まあ……そうだけど」


 藤間に気圧されながらも彼は自分が菊池であることを認めた。肯定を口にされるまでもなく、藤間の中では確信になってはいたが、それでも肯定されると安堵する。だって、あのストラップを菊池以外が持っているはずもないのだ。

 彼こと菊池がスラックスのポケットから覗かせていたのは正方形のストラップだった。時間の経過と共に色褪せてきている記憶の一部。それでもはっきりと記憶している。少々、過去の回想となるが勘弁してもらいたい。


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