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乱れがちな高校生活

 藤間の朝は早い。進学校に通っている、というのもあるのだが藤間に関してはそれだけが理由ではなかった。藤間はいち早く学校へ到着すると決まって自習室へ向かう。そして始業されるぎりぎりまでそこで勉強に励むのだ。学校という空間はそれだけで藤間の集中の手助けをしてくれている。要するに学校で勉強をした方が効率がいいのだ。

 そんなわけで、日も昇りきらないうちから藤間はいつも登校の準備を始める。それは菊池が泊まっている今日も例外ではなかった。


「ん……」


 目覚ましをかけるまでもなく、決まった時間に目が覚める。まだ眠いがこれも勉強のためだ。油断するとまた眠りに落ちてしまいそうな自身を内心で叱咤しながら、藤間は布団から這い出す。菊池の方を一瞥してみたが菊池はまだ熟睡していた。どれくらいにここを出れば始業に間に合うのかは知らないが、流石にこんな時間に起きる必要はないだろう。ストーカー被害で寝不足気味だとぼやいていたことだし、そっとしておこう。

 菊池をうっかり起こしてしまわないように、極力音を殺して制服を手に取る。袖に腕を通す際に布擦れの音が生じたが、これくらいは勘弁してもらいたい。それすら発生させるなというのは流石に無理だ。


「……」


 もそもそと袖を通して、制服を着終わったところで鞄に参考書を入れるのを忘れていたことを思い出した。それでは何のために学校に向かっているのか分からない。慌てて勉強机へ駆け寄って、机上に置かれたままになっていた参考書を手に取る。それからそれを鞄へ詰めようとしたところで、目が合った。


「…………起きたのか」

「うん? ……うん、まあ」


 いつの間にやら菊池が起床していた。枕に肘をついて、ぼんやりと藤間を見ている。まだ眠いのか目は完全には開いていなかった。つい今しがた目が覚めたらしい。


「悪い、起こした」

「いや、大丈夫。どうせこれくらいに起きるつもりだったし。化粧とか色々私も忙しいのよー」

「……そうか」


 それなら謝ることもないのかもしれない。起きるつもりだと言ったのはあながち嘘でもないらしく、菊池はベッドから半ば落ちるように出てくると、スクールバッグへ這い寄った。それから緩慢な動作で鏡とポーチを取り出す。恐らくはそのポーチの中に化粧品が入っているのだろう。


「もう行くの?」

「まあ」


 藤間からすればこれが普通なので「もう」という言い方には些か引っ掛かるものがあるのだが、菊池からすれば早いのだろう。曖昧に返せば、それでも納得はしたのか菊池は「ふうん」と返してそれきり黙り込んでしまった。聞いてみただけでそこまで深い意味はなかったらしい。あるのもどうかと思うが。

 起きてしまったのなら物音を立てないように注意する必要もないだろう。静かにする必要がなくなったおかげで支度も早く進む。参考書を鞄へ詰めて、肩にかけた。そうして、部屋を出ようとしたところで菊池が仰け反る形で藤間を見る。突然の奇怪な動きに驚きつつも足を止めてみれば、アイロンのプラグをコンセントに差し込みながら菊池が口を開く。器用だな。


「今日はちゃんと帰るから安心してね」

「当たり前だ」


 流石に二日続けての宿泊は許可出来ない。一日だけでも散々親には嫌みを言われそうになっているというのに。藤間の即答にもめげることなく、菊池は続ける。


「で、今日も迎えに行っていい? 私の方が学校終わるの早いし」

「それは遠慮してくれ」


 菊池の続く言葉に思わず即答すれば、菊池は頬を膨らませた。その表情を作るのは癖なのだろうか。そうだとしたら興味深い癖だ。興味深い、があまり見たいものでもない。


「む。何で? 目立ちたくないなら目立たない所で待ってるけど」

「今日は参考書を買って帰りたい。長くなりそうだから突き合わせるわけにもいかない」


 藤間の参考書選びは熟考に熟考を重ねるため、かなりの長時間に及ぶ。だからそれに菊池を付き合わせてしまうのは申し訳なかった。いくら友人で、付き合っている振りをしていようと申し訳ないものは申し訳ない。だが菊池は納得しなかったのか食い下がる。


「私、待つの嫌いじゃないわよ?」

「お前が構わなくても俺が構う。待たれていると思ったらゆっくり悩めないしな」


 そこまで言ったところでようやく納得したのか、菊池は渋々といった体で引き下がる。どこか不満そうではあるが引き下がってもらえたので良しとしよう。


「じゃあ、明日は迎えに行ってもいい?」

「目立たないところでならな」


 何故そこまで迎えに来たいのかはよくわからないが、理由もなく許可をしようとは思わない。必然的に多少なりとも目立ってしまうが仕方ないだろう。菊池の頼みを引き受けた時点で目立ってしまうことは回避しようがないのだから。潔く諦めるということも時には大切だと思う。

 許可が出たことで菊池も諦めがついたのか、それ以上何かを聞いてくることはなかった。単に化粧に集中したかっただけかもしれないが。まあ、それでもいい。いつも余裕を持って家を出ているものの、あまり引き止められては勉強時間が削られてしまう。そんな藤間の密かな焦りなどには気付くはずもなく、菊池はポーチに手を入れながらひらひらと手を振った。


「じゃ、行ってらっしゃい」


 ごく自然に、まるで当たり前かのように送り出しの言葉を菊池は口にした。それがどうというわけでもないが、なんとなく久々な気がして一瞬思考が止まる。


「……ああ、行って来る」


 ようやくそれだけを返せば、菊池は充分に温まったアイロンを手にしてからにんまりと笑った。その笑みは僅かに男らしさを感じさせたがすぐに外見に女々しさに掻き消されてしまう。


「こんなやり取りしてると新婚さんみたいじゃない」

「…………鳥肌が立ったんだが」


 冗談でも笑えない。そんな藤間の反応を他所に、どこまで本気なのか菊池は楽しげに笑った。……からかって遊ばれているのかもしれない。


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