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悪用されないといいね!

「ぷはー! いいお風呂だった!」


 一杯飲んで来たのかお前は、と思わずツッコミたくなる台詞と共に菊池は部屋へ戻って来た。藤間の家のハンドタオルでわしわしと髪の水分を拭き取っている。寝間着は女性らしくピンクで華やかな花が散りばめられていた。いや、女性ではないが。菊池はそんな服装をしていても何の違和感もなかった。化粧も落としたはずなのだがそこまで変化したとは思えない。これが噂に聞く化粧してもしなくても大して変わらない女性というやつか。いや、菊池は男だが。


「ん? なーに、じっと見て。私が美人で見とれるのはわかるけどね、あんまり見られると照れるわー」

「……自意識過剰もほどほどにしておいたらどうだ」


 見とれていた、というのは否定させてもらおう。驚いてはいたが、決して見とれていたわけではない。

 戻って来て早々に騒がしい。勉強には集中出来そうになかった。食事前は眠そうにしていたが入浴したことによって眠気は完全に取れてしまったらしい。そのまま静かに眠っていてくれればそれが一番良かったのだが、そう上手くはいってくれないようだ。


「あれ? まだ勉強? だったら静かにしてるけど」

「いや、風呂に入ってくる」

「そう?」


 いくら趣味とはいえ、根詰めすぎるのは良くない。休憩も兼ねて入浴して来るのがいいだろう。いくら半ば無理矢理に泊まり込んで来たとはいえ、客人に過度に窮屈な思いをさせてまで勉強をしようとは思わない。あくまで勉強はそこそこにやるべきだ。あまりやりすぎても次に使う参考書を買うお金がないわけだし。


「まだ誰も風呂に入ってないのか」

「ん? 多分。私たった今出たばかりだし」

「そうか」


 それならまだ誰も入っていないだろう。あまり急いで入浴する家庭でもない。

 参考書を一旦閉じて、入浴するべくタンスから寝巻を引っ張り出す。そこまでいったところでようやく菊池に言っておくべきことがあるのを思い出した。菊池はハンドタオルで髪を拭きながらベッドの上の携帯を手にしていた。うっかり部屋に置いていてしまっただけだったらしい。かちかちと何度かボタンをプッシュしている。言うならこのタイミングだろう。藤間は自分の寝巻を抱えながら菊池を見た。


「そういえば、電話がきてたぞ。あんまりにもうるさいんで出てしまった。まずかったら悪い」


 マナーモードにも出来なかったのだから不可抗力だとは思うのだが、それでも他人の携帯を許可なく弄るという行為は決して褒められたものではないだろう。今や携帯は個人情報の塊だ。迂闊に触れていいものではない。

 藤間はそう思うのだが、菊池は案外そこまで気にしていないのかもしれなかった。ベッドに寝転がりながら何度か操作をする。着信履歴でも見ているのだろうか。濡れた髪で転がるのはベッドが濡れてしまうので是非ともやめてもらいたいのだが。


「んー? ああ、ストーカーさんね。うん、それなら別にいいよ」


 本当に着信履歴を見ていたらしかった。まあ、着信があったと言われれば着信履歴を見るだろう。何も不自然ではない。どういう理由でかは知らないがストーカーさんからの着信ならば勝手に出てもいいようだった。イマイチその許可の基準がわからない。やはりストーカーさんとは菊池が被害に遭っているというストーカー気味な男のことなのだろうか。聞くべきかと思うが、菊池が自ら言ってこない以上は追及しない方がいいのかもしれない。ストーカーさんというあだ名の友人という可能性だってゼロではないわけだし、決めつけての追及は良くない。

 そうとなれば藤間は風呂に向かうしかない。ドアへ向かった藤間はドアノブへ手をかける。菊池はまだ携帯を操作していた。そんなに携帯でやるべきことがあるのだろうか。まあ、藤間には関係のないことだ。外泊だといってテンションを上げて騒がれるよりはいい。そこまで考えたところで菊池が唐突に声を上げた。


「あ、そうだ。ちょっと真司こっち向いてー」

「……は?」


 よくわからないが呼ばれた。別に急いでいるわけでもないので非常に面倒臭くはあるが、渋々振り返ってみる。すると菊池は何故か携帯を構えてこちらを見ていた。


「へいっ!」


 おまけによくわからない掛け声と共にシャッターを切られた。どうやら携帯をカメラモードにしていたらしい。菊池は携帯のディスプレイをじっと凝視する。恐らくは突然に撮影されて微妙な顔になってしまっている藤間が写っているのだろう。いきなり友人を撮影して何が楽しいのか。菊池の考えることはどうにも理解出来そうにない。


「……何だ」

「んー?」


 藤間の言葉を聞いているのかいないのか、菊池は携帯を操作する手を止めない。もう藤間は入浴に向かってもいいのだろうか。菊池からの返答がないので戸惑う。そんな藤間を一瞥することもなく菊池は操作を続けた。それから、突然に携帯を振り上げる。


「そーしんっ!」

「…………送信?」


 何を、どこに。わざわざ藤間に言うということは藤間に関連した何か……。いや、菊池がそんなことまで考えて発言しているか怪しい。寧ろ何の意味もないのに声を上げてみたという可能性だって充分にある。濃厚すぎるくらいにある。だが、今はそれよりも浮上してくる可能性があった。


「おい、まさかさっき撮影した写真を送信したのか?」

「うん」


 即答された。やはりか。写真を保存するだけにしてはやたら作業時間が長いとは思っていた。しかしまさか送るとは。共通の知り合いなどもういないだろうに。送られた方の困った顔が安易に浮かぶ。


「誰に送ったんだ」

「ん? まあ、それはおいおい……」

「何だ、その曖昧な返答は」


 追及してみようとは思ったのだがそれよりも早く菊池が言葉を遮った。


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