図々しくも彼女は言ふ
「藤間 真司君だよね?」
問いに答えるどころか、逆に質問されてしまった。見ず知らずの女子高生にフルネームを知られてしまうほど有名人なわけでもないのだが、確かに自分は藤間真司だ。それは否定しようがない。黙秘しようにも、彼女は何故か藤間が「藤間真司」であることに疑いを持っていないようだった。そんな人間に無言を貫いても無駄だろう。
「まあ、そうですが」
意気揚々と答える気には流石になれず、渋々といった体で藤間は答える。すると途端に、彼女は笑みを深くした。一体何だというんだ。
彼女は何かと不審だ。彼女は制服を着ているが、この近隣の学校ではないのだろう。見覚えはなかった。もっとも、藤間の関心が向いていなかったから記憶にないだけで案外近くの学校の生徒という可能性も捨て切れない。断定するには材料が足りなかった。彼女が何なのか。藤間の持ちうる情報で答えが出ない以上、彼女自身に聞くしかない。藤間の名前を知っているというのも気にかかる。今後のためにも是非問いただしておくべきだろう。だから彼女へ問いを重ねようとした。重ねようとしたところで、彼女は立ち上がる。逃走、というわけではないらしい。
「私、とりあえず注文してくるから鞄よろしく!」
彼女は何故か敬礼をする。それからレジカウンターへ向かって駆け出して行ってしまった。藤間が呼び止める暇もない。勝手にスクールバッグの見張りを頼まれてしまった。まあ、話なら戻って来てからでも出来るだろう。出来れば旧友がここに到着するまでには話をつけて穏便に帰ってもらいたいのだが、それも難しいかもしれない。もうそろそろ旧友が到着してもおかしくない時間だ。
しかし、彼女は一体何なのだろうか。少なくとも藤間に心当たりは一切ない。勉強が趣味というだけで藤間は随分と変人だと思われていて、そのせいか友人は少ない。いや、単に友人と戯れるよりは趣味を優先して勉強をしていたいと常日頃から思い、実行してきた結果なのかもしれないが。
藤間の方に心当たりがないということは、もしかすると旧友の知人だろうか。関係性として安易に考えられるのは旧友の恋人であるという可能性だ。それなら藤間の名前を知っていてもおかしくはないし、迷わずに相席してきたのもわからなくはない。しかし旧友からは恋人が同席するなどとは聞いていなかった。それに、同席するとすればそれはそれで野暮だろう。久々の再会なのだ。異性ならば何かと心配もあるかもしれないが同性の旧友との再会に恋人の同席が必要であるとはどうにも思えない。束縛するタイプなのだろうか。それにしたって一言くらいは断ってくれていても良さそうなものだ。
などと、思考に没入していたところで彼女が戻って来た。注文をして、受け取ってきたらしい。幸いにして人は少なく、番号札を持たされて待たされることもなかったようだ。彼女は盆の上にポテトとシェイクを乗せていた。旧友の彼女ならポテトとハンバーガーを譲れば良かった。どうせ食べるつもりもなかったのだから、食べたい人間が食べればいい。
「ごめん、お待たせ」
大して待たせてもいないのに、彼女はそう言う。それからテーブルへ戻った。そしてすぐにポテトを一本摘むと口へ運ぶ。その動作ひとつとっても可愛いと思ってしまうのは藤間だけだはないだろう。旧友も随分と可愛い恋人を作ったものだ。感心しつつも、一応確認しておくべきだろうと思う。彼女は十中八九、旧友の恋人だろうがそれでも確認はしなければいけない。思わぬ認識の違いが決定的な軋轢に繋がったりするのだ。だから確認を怠ってはいけない。
「で、どちら様ですか」
未だに年齢がはっきりしないので敬語で問う。答えがわかった上での質問というのも実に馬鹿らしい話だが。
藤間が馬鹿馬鹿しい問いを重ねたところで、彼女はシェイクにストローを突き刺す。それからシェイクを持ち上げて、ストローを口に咥えた。驚くことに、彼女はストローを口に咥えたままで、返答した。呆れ気味に。飲むか喋るかどちらかにすればいいのに。
「……あのさ、その他人行儀なのそろそろやめない?」
女子にしては低めな声。良く言えばボーイッシュで悪く言うなら女らしさにやや欠ける。そんな声に、物分かりの悪い子どもへ言い聞かすような色を含んで彼女は言う。
しかし藤間からしてみれば彼女の言葉の意味がわからない。他人行儀も何も、他人なのだから当たり前だろう。だが彼女には彼女なりの根拠があるようで、他人行儀はおかしいという。彼女と面識を持った覚えはないのだが。それとも今の短い時間でもう打ち解けたという認識になってしまっているのだろうか。そうだとすれば彼女はどれだけ人懐っこい性格をしているのか。飛躍的な結論へと行き着き、いっそ感心すら勝手にしていると彼女は追加した。今の言葉だけでは伝わらなかったと判断されたらしい。確かに彼女の判断は正しい。今の状態では何も正しく伝わってはいない。藤間が勝手に想像しているだけだ。
「友達でしょ」
友達なんだから他人行儀はやめましょう。
つまり、彼女はそう言いたいようだった。余計に意味が分からない。藤間は彼女と友達になった覚えは一切ない。やはり先程の仮説が正解なのだろうか。そうだとしたら相当に図々しいというか、何というか。これまで周りにはいなかったタイプなのは間違いない。彼女の思考回路は全くもって藤間には読めそうにもなかった。