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Web派なのでは?

「まあ、お友達? ……泊める? ええ、そうねえ…………」


 帰宅して、母に泊めることを告げた途端に露骨に渋い顔をされた。だが菊池がいる手前、怒り出すこともなく困惑だけを滲ませた。予想出来ていた反応だ。母は菊池の前でなら強引に押し通すことが出来る。


「じゃ、そういうことだから」


 まだ困惑している母を置き去りに自室へ向かう。自室へ続く階段を上っていると菊池も恐る恐るそれについて来た。


「ねえ、今かなり嫌そうな顔されたけど」

「どれだけ咄嗟に繕おうとしても演技が上手い親じゃないからな」


 大根役者もいいところだ。菊池には気付かれてしまったが仕方ない。あれで歓迎されていないことに気付かない奴は相当に図太い神経をしている。別に気付いたところで一泊するには何の問題もないだろう。少々精神衛生上よろしくはないが、そう贅沢も言っていられない。そこは我慢してもらおう。


「まあ、第一関門は突破した。入れ」


 階段を上りきったところですぐに自室のドアが目に入ってくる。ドアノブを捻ってドアを開いたところで、菊池へ入るように促す。菊池はスクールバッグを肩にかけたまま、滑り込むように自室へと入る。それから迷いなくベッドへと俯せにダイブした。


「きゃっほーい!」


 スクールバッグごと菊池の身体がベッドへ沈み込む。短めのスカートがふわりと捲れ上がるが嬉しさは当然ながらない。むしろHPをがっつり削られた気がする。


「む。何でぐったりしてるの」

「旧友のパンチラ見せつけられる方の身にもなれ」

「ん? トランクスだけど?」

「そういう問題でもないだろ」


 スッパツやブルマでなかっただけまだダメージは軽減されているが、それでもダメージはダメージだ。何てことをしてくれるんだ。折角温存してきたHPが削られてしまっただろうに。

 とりあえず制服の上着をハンガーへかけて壁際へ吊しておく。そうしている間にも菊池はベッドの上でごろごろと寝返りを打っていた。何がしたいのかわからない。さっきまでの大人しさはどこに行ったのだろうか。上がり込んでしまえばこっちのものだとは確かに言ったが、上がり込んだ途端にこんなにはしゃがれても困る。そのテンションについていけない。


「ふふふふふ。さーて、恒例のエロ本探しの時間がやって参りました。ベタにベッドの下かなー?」

「馬鹿だろう、お前」


 ノリノリで菊池は本当にエロ本探しを開始してしまった。ベッドの下にはないので放っておこう。菊池に見つけられるとは思えない。


「お、あることは否定しないんだ」

「……そんなことよりだ」


 にまにまとした顔を向けられたので露骨に話を逸らす。別に今しなければいけない話でもないだろう。話を逸らしても菊池はエロ本探しを始めているが構わないことにする。


「とりあえず宿泊の許可は得た」

「許可っていうか無理矢理っぽかったけどねー。む、ベッドの下にはない。まさか本棚か! 辞典とかのカバーの中にぎっしり……新世界の神か!」

「よくわからないノリで会話するのは控えてくれ」


 本当に疲れる。勝手にハイテンションになって盛り上がっている。修学旅行の夜は盛り上がるものだが、それは他人の家でも同じように適用されてしまうのだろうか。いくらなんでもこれはテンションが高過ぎだ。付き合っていられない。早くもぐったりし始めたところで菊池が唐突に話題を変えた。未だにエロ本を探し続けてはいるが。


「そういえばお父さん元気?」

「ああ、ぴんぴんしてる。もうすぐ帰って来ると思うが」

「そう」


 話を振ったものの、大して興味はないのかそれだけ相槌を打ってエロ本探しに集中してしまう。国語辞書を取り出してみるがきちんと辞書が入っていて、すぐに元に戻す。よくわからないが当てが外れたらしい。そんなところに入れるわけがないだろうに。


「おっかしいなあ、確かにここに入れるはずなんだけど」

「その根拠は何だ」

「漫画」

「漫画の読み過ぎだ。フィクションと現実を混合するな」


 本棚の捜索を粗方終えた菊池は部屋の中を見回す。どうやら次なる隠し場所の見当をつけているらしい。


「天窓とか怪しくない?」

「捜索の許可は取らないんだな」


 言うやいなや菊池は椅子を引きずって天窓にまで持って行く。それから椅子の上に乗って、天窓へ手を伸ばした。


「あ、お父さんに挨拶とかした方がいい?」

「やめてくれ、余計にややこしいことになる」


 わかっていて言っているんじゃないだろうか。だがここはなんとしても止めておかなければ。菊池は本気で言ったわけではないらしく、あっさりと引き下がった。同時に天窓の扉をするすると横にスライドさせて中を見る。


「だよねー。久々に会うんだから挨拶しときたかったんだけどな」

「その格好を何とかするんなら会えないこともないとは思うが」


 父も母と同様に常識至上主義な人間だから、この格好の菊池なんぞを見た日には卒倒してしまいそうだ。父に挨拶する程度で格好が改善されるならもっと以前にどこかで改善されているだろう。だから返答はわかりきっていたのだが、それでも提案してみた。すると菊池は案の定困惑を滲ませた。


「うーん、いや、でもそれはなあ……。まあ、挨拶しないと死ぬってわけでもないんだし……別にいいかなあ」

「発想が極端だな」


 あっさり折れた。やはりこの格好を解除するには抵抗があるらしい。よくわからないこだわりだが、父への挨拶を阻止出来たので良しとしよう。


「天窓にもない!? そんな……じゃああどこに隠すっていうの!?」

「……熱中してるところ悪いんだが、そろそろ静かにしてもらっていいか?」


 天窓をいくら捜索してもエロ本は見つからなかったようで、菊池が愕然としている。というか、菊池は天窓にエロ本を隠しているのだろうか。天窓などに隠しても出し入れが面倒だろうに。エロ本が見つからなかったことが余程ショックだったのか、菊池は大人しく天窓のドアを閉めた。テンションが著しく低下している。


「天窓にもないとか……ないとか……。神を超越する存在……」

「エロ本如きで過大評価もいいところだな、是非ともやめてくれ」


 寧ろそれは菊池がエロ本を見つけ出す能力に欠けているのではないだろうか。藤間の能力がどうこうというわけではない気がする。これは藤間に対する過大評価というよりは菊池の自身に対する過大評価の結果だろう。まあ、そんなことはどうでもいい。

 菊池は椅子から降りると、椅子を引きずって元の場所へと戻す。それからようやく藤間を見た。


「静かにって……何で?」

「これから勉強をするからな。まあ、賑やかにしていてもいいが話し相手は出来ない」

「ふうん。じゃあつまんないねー」


 勉強をすること自体には何も突っ込まれなかった。もう散々指摘してきたから満足したのだろうか。まあ、何も言われないならそれにこしたことはない。

 文句を幾つか言ってくるかと思ったのだが菊池は意外にもあっさり納得した。椅子を定位置へ戻すと、ベッドへと再びダイブした。スクールバッグはベットの端に転がされている。エロ本探しは諦めたらしい。


「りょーかい。予習? 復習?」

「両方」

「へえ。……話し相手がいないんなら起きててもつまんないなー。寝ててもいい?」

「好きにしろ」


 ベッドを占領されても困ることはない。夜中まで起きないのなら布団を敷いて寝ればいい話。制服のまま寝てしまうと皺になると思うのだがそれはいいのだろうか。まあ、何も言わないからそれでもいいのだろう。着て行くのは菊池だ。藤間の関与するところではない。


「最近さー、毎晩ストーカー君が通い詰めてるから睡眠不足でね。窓の外を見てみたら目が合うとかどんなトラウマだっつー話ですよ」

「そうか。大変だったな」

「ふふふ」


 何が楽しいのか。菊池は布団を肩あたりまで引っ張り上げると藤間に背を向けて寝ころんでしまった。


「警察に相談したらどうだ?」

「それは嫌。じゃ、おやすみ」


 一方的に就寝を告げると菊池はそれきり静かになってしまった。本当にすぐに寝てしまったらしく、間もなくして規則的な寝息が聞こえてきた。余程張りつめていたのだろう。寝られないと言っていたのも本当らしい。確かに外に張り付かれていれば寝られないだろう。今は熟睡出来ているのだろうか。そうならいいのだが。


「……」


 背中を向けて眠る菊池をじっと凝視する。背中しか見えないがそれでも、見れば見るほど昔の面影はない。人は変わるものだがここまで変わっていようとは思いもしなかった。……などと考えても仕方がない。変わっているものは変わっているようにしかならないし、藤間が口を出すことでもない。


「……勉強するか」


 うだうだと考えても仕方がない。今は勉強でもして気を紛らわそう。勉強こそが全てを解決してくれる極上の手段だ。完全な現実逃避へ走った藤間は勉強机まで移動すると、参考書を引き出した。


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