質の悪い冗談
「随分と待ってたみたいだが学校はどうした」
「んー? ほら、真司は進学校じゃない。だから七時間授業だけど私の方は底辺学校だからね、六時間。一時間の猶予が私にはあるわけですよ」
「猶予なんて難しい言葉をよく知ってたな」
「む。馬鹿にしないでくれる?」
成る程、藤間の学校では七時間授業が当たり前だがそうでない学校もあるらしい。菊池の学校は毎日六時間授業らしく、それなら門で待っていられるのにも納得だ。学校を途中で抜け出て来た、などといった場合には説教のひとつでもしてやろうかと思っていたのだがその必要はなかったらしい。菊池の学校は菊池の学校なりにメリットがあるらしかった。
「まあ、それならいいんだが……仮に俺が部活に所属していたらどうするつもりだったんだ」
藤間は幸いにして帰宅部だが、何らかの部活に所属している者は多い。部活所属は絶対ではないが、学校側が文武両道を掲げているので帰宅部というのは好まれないのだ。数ある部活の中でも特に運動部への入部が定期的に勧められる。藤間はそんなことをしている暇があったら勉強をしていたので断り続けて来てはいるが、度重なる勧誘にうんざりして受けてしまう者も多いらしい。
そう指摘されたところでようやくその可能性があったことに思い至ったらしく、菊池は考え込む素振りを見せた。その際に顎に添えられた人差し指は、男にしては非常に細い。何度見ても男のそれとは到底思えなかった。そんな外見をしているから女装をしていても悪目立ちすることがないのかもしれない。
「どうって、そりゃあ……待つしかないよね」
「何時間待つかもわからないのにか?」
そもそも正門から藤間が出てくる保証もないのだ。下手をするとどっぷり日が暮れるまで待ちぼうけという可能性もあった。菊池はそんなことは考えていなかったらしいが、そんなこともまで考えるべきだろう。そんな考えのなさがいつか大きなミスに繋がってしまうのではないだろうか。そう思うと不安になってくるのだが、当の菊池本人が不安視していないのだからどうしようもない。
「私、待つの嫌いじゃないんだよね」
「……ああ、そう」
何か言うのも馬鹿らしくなってきた。無計画過ぎてものが言えない。まあ、菊池本人が改善する気がないうちはどうしようもないだろう。放っておこう。
「それにしても……」
一緒に帰るのはいい。連絡がなかったのもまあいいだろう。それよりも、だ。
「目立っているな」
「そうねえ」
一時間前とは言わないまでもかなり前から菊池はここで藤間を待っていたのだろう。今こそかなり人が少なくなってしまっているが、下校時間にもここにいたということはかなり目撃されてしまっているだろう。いくら目撃されても平気だと強がってみたところで、あまり目立つのは避けたい。目立つこと自体はどうでもいいのだが、目立つことによって生じる厄介事が面倒なのだ。
「……まあ、いい。とりあえず場所を変えるぞ」
ここにいれば同じ学校の生徒に目撃されてしまう。今でも決して多くはないが視線を浴びている気がする。目立たなければ目立たないに越したことはない。目立たないためにはここを離れた方がいいだろう。
校門に背を預けたまま、菊池はなかなか動く様子を見せない。そんな呑気な菊池の腕を掴んで、藤間は歩き出す。それに引きずられる形で菊池も続いた。
「……どうせなら手を繋ぐ方がいいんじゃない?」
「冗談も休み休み言え」
これでも譲歩しているのにこれ以上のことが出来るか。思わず菊池を睨みつけるが菊池は堪えた様子もなくそっぽを向いてしまった。藤間の記憶では、菊池はここまで童心ある性格ではなかったはずなのだが。つくづく時というのは人を変えてしまう恐ろしいものだと思う。既に記憶の中でのかつての菊池俊輔は消え去りつつあった。それくらいに現在の菊池俊輔からの情報は濃い。情報過多で消化不良を起こしてしまいそうだ。
菊池は女の格好はしているものの、男なので歩調を気にする必要はないだろう。だから遠慮なく足を進めていく。とにかく今は学校から離れるべきだ。友人Aが後日何か言ってくるかもしれないがその対応は後々考えよう。今は菊池の方だ。