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案の定誤解

「よっしゃ! 彼氏確保! きゃーい!」

「奇声を上げるな、見苦しい」


 頼みを引き受けてもらえるかどうかは実のところ半々だったらしい。そんな不確かな藤間に頼るということはかなり切羽詰まっているのだろう。その証拠に引き受けた時の菊池の喜びようは正直大袈裟だった。

 その割には、引き受けたからと言って別段何かを要求させるわけでもなかった。メールアドレスを交換したのでやり取りは頻繁にあるが、会うこともない。藤間が学業の妨げにならない程度に、という条件を出したから遠慮しているのかもしれない。まあ、菊池はそれくらいの条件を出しておかないとどこまでも図々しく頼み込んできかねない。若干拍子抜けはしたものの、何もないならそれはそれでいい。偽とは言え彼氏らしい行動など何も進んでしたくはなかった。

 そんな日々を過ごす、ある日の放課後。生徒は大抵、放課後になると脱力する。ようやく拘束から解放されて自由に過ごせる。その感覚に脱力するのだろう。藤間はむしろ落胆しているのだが、これはあまり共感される感情ではないらしい。授業は億劫で一刻も早く終わって欲しいもの、だそうだ。藤間からすればあれ以上に至福の時はそうそうないと思うのだが。

 数少ない友人も例に漏れず、放課後になると共に解放感を味わっているようだった。そしてその解放感を味わいきる間もなく学校を後にしてしまった。忙しい奴だ。


「ふう……」


 とは言え、藤間もいつまでも学校に留まっているわけにはいかない。学校にはしばらく教師が留まっているものの、それでも数時間後には閉め切ってしまわなければならない。何より、用もないのに学校に留まるというのは傍から見ればかなりの奇行のとして映っているようだった。勉強好きの変人として既に名を馳せ始めているのでこれ以上目立つは避けたい。人目はそれなりに気にしているのだ。無闇に目立とうと思っているわけでは、決してない。

 しかし、学校を離れがたいというのも事実。学校は学業を修める象徴的な場所であり、藤間からすれば離れがたいのも無理はないだろう。それに学校から家までの帰宅の時間が惜しいというのもある。歩きながら参考書を読むという手もないではないのだが、周りへの警官心が薄れてしまうので危険だ。それは躊躇する。


「はあ……まあ、考えても帰宅しないといけない事実に変わりはないがな」


 どれだけ粘ったところで結局は自分の足で帰らなければいけない。せいぜい早足で帰って空いた時間を勉強に充てるとしよう。藤間がようやく鞄を肩にかけたところで、人気のなくなっていた教室に人が戻って来た。戻って来たのは他でもない、藤間の友人だった。既に帰宅したと記憶していたのだが。名前を紹介する手間が惜しいので友人Aとでもしておこう。

「ちょっ、藤間! お前! おっまえ!」

「落ち着け、どうした」


 駆けて戻ってきたらしい友人Aの言葉は要領を得ない。どうやら藤間に何か言うべきことがあってわざわざ戻って来たらしい。それは足労をかけてしまって申し訳なかった。これはこちらが詫びるべきなのだろうか。そんな詮無いことを考えていると友人Aは乱暴に藤間の肩を掴んだ。痛い。それから容赦なく肩を前後へ揺さぶる。痛い痛い。


「何だ、落ち着け」


 どうやら友人Aはかなり落ち着きを失っているらしい。わざわざ学校に戻って来たのだからそれなりのことがあったのだろうが、それにしたって要領を得ない。されるがままにされているものの、このままでは話が聞けるようになるまでかなりの時間がかかりそうだ。とりあえず友人Aの興奮を収めるべく、両手を軽く挙げて降参のポーズをとる。それから続けざまにその両手を更に挙げて、思い切り友人Aの頭へ振り降ろした。


「うぐっ!」

「安心しろ、パーだ」


 流石にグーで殴れるほど友人Aへ憎しみを抱いてはいない。目を覚まさせるにはパーくらいで充分だろう。現に友人Aはその一撃でいくらか正気を取り戻したようだった。肩から手が離れたので制服を正す。滅茶苦茶に揺さぶられたので制服が乱れてしまった。


「普通、そこは峰打ちだって言うところだろ……」

「峰打ちでない以上、峰打ちと言うわけにもいかんだろう。それより、落ち着いたか?」


 聞くまでもないことだが、友人Aは落ち着いて来たようだった。短時間で一時的なものとは言え、あそこまで興奮することとは一体なにがあったのか。藤間に訴えて来るということは藤間絡みの何かなのだろうか。これ以上目立つのは避けたいのだが。どうにも最近、変人の名前が一人歩きしている気がする。不本意だ。


「おう? お、おう。落ち着いた。ああ、落ち着いた」

「……まだ若干立ち直ってないな。まあ、話が出来る状態ならそれでもいいが」

「相変わらず話し方堅苦しいな……」


 落ち着いてきたらしい友人Aは早速藤間に駄目出しをしてくる。いくら話し方が堅苦しかったところで日常生活には何の支障もないのだが、友人Aからすれば定期的にツッコミたい案件ではあるらしい。そんなにおかしなことだろうか。


「で、何だ」


 いつまでも友人Aが切り出すのを待っているつもりはない。藤間は早くに帰宅して勉強をしたいのだ。帰宅して寛ぐことを生き甲斐にしている友人Aとは違う。いや、価値観は人それぞれなので否定するつもりはないが。

 藤間が問ったところで、友人Aはようやく本題を思い出したようだった。また興奮し始める。


「そう! そうだった! お前、どういうことだ! この万年勉強野郎!」

「それは罵倒と受け止めるべきか、賞賛と受け止めるべきか」

「罵倒だこの野郎おおおおおお!」


 もう一度、肩を掴もうとしたので数歩退いてそれを回避する。友人Aは動きが単調な上に同じ挙動を繰り返すので予測が出来ているなら回避することも決して不可能ではない。友人Aは興奮冷めやらぬまま、本題へと入った。どうやらお怒りらしい。


「どういうことだ! 毎日勉強勉強のくせに、畜生おおおお! 俺にも紹介しろ!」


 何のことを言っているか、理解出来ない。そんな藤間を置き去りに、友人Aは一方的に話を進めていく。


「何だその顔は! おー、さてはしらばっくれるつもりだな? 甘い、甘いぞ藤間! 証拠は挙がってるんだぞ!」


 証拠とは何のことか。証拠と言われるような真似をした記憶は一切ないのだが、友人Aは何やら本当に知っているらしい。にんまりと得意げな笑みを貼りつけた友人Aはその表情を崩すことなく、外を指さした。窓の向こうにはグラウンドが広がっていて、友人Aが指しているのはどうやら正門のようだった。わけがわからないまま言い合っても埒があかない。ここは友人Aが何を言いたいか理解するべきだろう。そんなことを考えながら、渋々窓の外へ目をやった。


「……げ」


 友人Aが示すまま、正門へ目をやって思わず苦々しい声が漏れた。仕方がないだろう。正門には何と菊池がいた。他校の制服のまま、正門へ背を預けている。誰かを待っているのか。この場合、誰を待っているかは予想がつく。


「ほら! やっぱり知り合いなんだろ! 可愛い子だったからさー、誰待ってんの? 呼んで来ようか? って言ってみたら「ありがとう。藤間真司って人わかる? 真司に会いたいの」だと!? 真司って! 何ちゃっかり名前で呼ばれてんだこの野郎!」

「落ち着け」


 どうやら勉強一筋の藤間に美人な彼女がいるという事実が気にいらないらしい。まあ、彼氏は彼氏なのだが菊池を彼女とするには些か語弊が生じる。菊池は彼女ではない、二重の意味で。

 わざわざ待っているということは恐らくは藤間を待っているのだろう。目立つ真似は避けてほしかったのだがもうやってしまってもの仕方がない。事前に言っておかなかった藤間にも責任はある。しばらく窓から正門を眺めていると、視線に気付いたようで菊池が笑顔を浮かべた。それから大きく両手を振る。軽くジャンプしたりして挙動が一々大きい。無視するのもいかがなものかと思うのでとりあえず小さめに手を振り返しておいた。気付いた以上は早く向かってやるべきだろう。だが足を向けようとしたところで、思い出した。


「いつの間にあんな可愛い子ゲットしたんだよお……」


 そうだった。友人Aのことをすっかり忘れていた。無視して進むのも有りだが、それでは今後の関係に亀裂が入りかねない。あまり社交的ではないものの、数少ない友人と争うことになるのは流石に辛いものがある。出来れば回避しておきたいところだ。よって、無視をするという選択肢はない。無駄だとは思うが弁解くらいはしておこう。


「……あれは男だぞ」

「そんなわけあるか! あんな可愛い子が野郎なわけないだろ! あの子が男なら俺だって男だよ!」

「…………言いたいことがよくわからないんだが」


 会話が成立していない。なんとなく、言いたいことはわからないでもないような気はするのだが、それでも会話出来るレベルの理解度ではない。とりあえず信じてもらえなかったのは確かだ。まあ、いくら友人と言えどもそんなことをいきなり言われて鵜呑みに出来る人間が一体どれほどいようか。仕方のない反応ではある。信じてもらえることを信じていたわけでもない。弁解は一応した。これ以上藤間から話せることはない。別に友人Aを納得させる必要はどこにもないのだ。いつから待っていたのか知らないが菊池をこれ以上待たせるのも悪い。


「付き合ってられん。俺はもう帰るからな」

「あっ、待て! この裏切り者おおおおお!」


 何故か裏切り者になってしまっていた。友人Aの心の中でどんな流れになったのかは知らないがそうなってしまったのなら仕方ない。今は何を言っても無駄だろう。藤間は、追いかけてくる友人Aを振り切って菊池の元へと向かった。


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