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もしもカサカサがUMAだったら 前編

もしもカサカサがUMAだったら 前編



 入浴中に怖いことを想像してしまうと、どうしようもなく後悔する。


 髪の毛を洗う時は、大概、人は目を瞑る。

 当たり前の行為だけど、実は『眠る』こと意外で、長時間目を開けないでいることは、日常生活ではほとんどない。


 目を瞑っている間は、何も見えない。そして、その分、別の感覚。聴覚だったり、触覚だったり、嗅覚もそうかもしれない。あるいはもっと別の特別な感覚。視線や気配を察知する感覚が研ぎ澄まされる。


 それは別に特別な能力ではない。人の遺伝子は、原始の時代から現代まで、たゆまなく引き継がれているとされている。現代人は、食物連鎖の中で、頂点、つまり捕食する側にいる。しかしそれは、長い地球の歴史の中で見れば、ほんのわずかな期間でしかない。


 原始においては、他の野生動物の餌になることも少なくなかったはずだ。


 人という生物は、野生の中で生き残れたからこそ今がある。ある者は集団で行動することで身を守り、ある者は自分を襲おうとする獣の気配に敏感になることで生き残ったに違いない。それが我々人類の祖先なのだ。


 シャワーを浴び、目を瞑っているときに誰かの視線を感じてしまうことがある。

 それは闇という恐怖が作り出す錯覚なのかもしれない。しかし、太古の昔から引き継がれた『眠った能力』がそのとき、丸裸で無防備な状況の中で目覚めることが、まれにあるのかもしれない。


 そう。それは必ずしも錯覚などではなく、確かにその気配の主はそこにいるのかもしれない。



 疲れた。できることなら、このままベッドに横になりたいところだが、明日も朝から慌しい。

 今のうちにシャワーを浴びておかないと、今度いつ風呂に入れるかわからない。


 藤崎信二は、ゲーム開発会社のメインプログラマーである。このプロジェクトにはもともと乗り気ではなかった。相次ぐクライアントからの仕様変更、サブスタッフも疲弊し、現場は一時期崩壊状態になっていた。そのたびに藤崎は持ち前のリーダーシップを発揮し、苦難を乗り越えてきた。


 藤崎は大学に入学するまではサッカーをやっていた。プロを目指すといったこともなかったが、それでも試合では常にレギュラーを張っていた不動の10番だった。藤崎がサッカーを始めたきっかけ。それは小学生の頃に兄と良く遊んだサッカーゲームの影響が大きかった。

 しかし、自分がプロで通用するレベルかどうかについては懐疑的だった。そして、何より藤崎はサッカーよりもサッカーゲームが好きだということに気付いた。そして彼は大学に進学すると、コンピューターを独学で学び、ゲーム開発会社に就職することができた。

 今回のプロジェクトが終わったら藤崎は念願のサッカーゲームの開発プロジェクトに参加する事が決まっていた。そのためにも、この仕事はしっかりと終わらせたい。そして、もう終わりは見えている。今日は3日ぶりに自分の部屋に帰ってきた。


 独身で28歳。交際している女性はいない。そんな暇はなかった。部屋はお世辞にもきれいだとはいえない。サッカー関係雑誌やDVD、そしてお気に入りのヨーロッパのクラブチームのユニフォーム、日本代表のユニフォームが壁一面に飾ってある。興味がない人間にとってはゴミの山かもしれないが、藤崎と藤崎と趣味を共有する仲間にとっては、理想的な部屋だった。しかし、そんな部屋に、変化が現れたのは、1月ほど前くらいからだ。


 藤崎が寝ていたり、或いは深夜のサッカー中継を夢中で見ているとき、ふと、視線のようなもの、或いは気配を感じる。そのうちの数回はあの黒くて光る嫌な虫だった。

 子供の頃は平気だったものが、大人にななったとたんに急に触れなくなるし、スリッパや新聞紙で叩くのも後始末が嫌なので躊躇するようになる。殺虫剤での駆除、死骸は掃除機で吸い取るといった具合である。

 しかし、何度かは音の方向がいささか不自然だと感じていた。カサカサと音がするからには、あの黒く光る嫌な虫なら、ビニールや紙の上を歩くことによって、カサカサと音がするはずである。

 つまりは床より高いところで音がするとすれば、せいぜいがテーブルの上ぐらいのものである。キッチンにはカサカサと音がするようなものは置いていないし、むしろ音は天井に近いところでしているような気がしたのである。

 おかしいと思いながらも、音の反響や、それこそ気のせい、疲れているせいだと理由をつけて基本的には無視していた。別にそれで困ることはなかったし、今後も困ることはないと考えていた。


 いったんはベッドに横になりながら、藤崎は強い精神力でプラスチック製の収納箱から着替えとタオルを取り出し、浴室へと向かった。

 ダイニングキッチンから扉ひとつ隔てて洗面所があり、洗濯機がおいてある。

 脱いだ服を洗濯機に放り込み、浴室の扉を開ける。

 ふと、浴室の反対側。トイレの中からカサカサと言う音が聞こえたような気がした。

 疲れていたせいなのか、藤崎は反射的にトイレの扉を開けた。

 普通なら少し躊躇したかもしれないし、慎重になっていたはずだが、このときの藤崎にはそんな余裕はなかった。

 トイレには窓がない。当然に電気をつけなければ真っ暗だが、洗面所の灯りで中を見渡すのには十分だった。

 たとえ、黒く光る嫌な虫がそこにいようとも藤崎にはそれを駆除するつもりはなかった。

 その程度にしか考えていなかった。


「なんだ、なんかいるのか?」


 がらんとしたトイレ。何もいるはずもない。あたりまえだ。そのままトイレの扉を閉める。閉めようとしたその瞬間、今度は藤崎の頭の上でカサカサという音が聞こえた気がした。別に何かが見えたわけではないが、一瞬なにかの羽音ではないかと思い、思わず少しだけ身をかがめた。


「へんだなぁ」


 しかし、天井には当たり前のように裸の電灯があるだけである。虫の類であれば灯りの周りに集まる習性があるが、そういったものは目に入らない。不気味というよりは不快感、そして自分が相当に疲れているに違いないという、あきらめとも嫌悪感ともいえない負の感情が藤崎を憂鬱にさせた。


「おいおい、大丈夫か? 俺」


 気を取り直して、藤崎は浴室の電気のスイッチのすぐ横にある給湯器の操作パネルのボタンを押し、いつもより少し熱めの温度設定にした。


「いったん目を覚ますか。ぬるい温度だとそのまま寝ちゃうかもしれないからな」


 いつもは41度くらいなのだが、44度に設定した。少し熱いがやけどするほどではないし、目を覚ますにはちょうどいい。浴室に入りドアを閉める瞬間にまた、あのカサカサという音が聞こえたような気がしたが、藤崎は無視することにした。きっと疲れて寝ぼけているだけなのだ。藤崎にはそれだけの心当たりがある。ここ数日は本当に疲れた。


 蛇口をひねり、シャワーから冷たい水が出る。ボッっという湯沸かし器が点火する音がする。お湯になるまで3~5秒。勢いよくシャワーの網の目から水が噴出する。

 水圧でシャワーを持つ手が押される。冷たい水が足にかかる。それはそれで心地いい。冷たい水から一気に熱いお湯になる。一瞬温度が高すぎたかと思ったが、躊躇せずに一気に熱いシャワーを体にかける。


「ふーっ」


 思わず悲鳴のような声を上げる。気持ちがいい。一気に目が覚める感じだ。

 浴室に湯気が立ち込める。腕、足、お腹、肩とシャワーを浴びかける。五感が刺激され、それまでボーっとしていた感覚が少しずつ鋭さを増してくる。目が覚めた。


「ふーっ」


 一気に頭にシャワーをかけ、そのままシャワーを壁にかけて顔を両手で洗う。気持ちがいい。床においてあるトニック入りのシャンプーを少し多めに手に取り、頭を両手で激しくかきむしる。一気に泡が立つと同時に、トニックのすーすーとした感じがさらに脳を活性化させる。泡は頭から顔中に流れ落ちてくる。それもまた心地いい。が、ふと、おかしな感覚にとらわれる。そのきっかけはやはり、あのカサカサという音だった。


 おかしい、視線を感じる。

 それもまるで蛇に睨まれているかのような嫌な感じ。

 子供のころに原っぱで虫取りをしているときに、カサカサ、カサカサ、という音とともに草群れが揺れて、その揺れる波がまっすぐこちらに向かってすべるように押し寄せてきた。見ると足元に一匹の蛇。マムシだ。やられる。自分は毒蛇に噛まれる。死んでしまうかもしれない。


 あのときは、身動きをしないようにじっとして、そして蛇を睨みつけたんだ。そしたら蛇は方向を変えて、来たほうに引き返していった。そのあと、泣きながら家に帰ったっけ。あのときの感覚に似ている。なんだ、やはりなにかいるのか?


 藤崎は考えた。ここ最近のカサカサという物音、あれはもしかしたら本当に何か得体の知れない生き物がいたのかもしれない。

 そして自分を捕食しようと虎視眈々と狙っていたのか、或いは、自らの成長を待っていたのか。

 いままでこんなに執拗に付回すようなことはなかった。

 もしかしたらヤツは、この部屋に侵入してからというもの、ダニや蚊やハエ、そしてあの黒く光る嫌な虫を捕食して大きくなった。

 そして今、自分を捕食しようとしているのではないか。


 いや、捕食以外にも可能性はある。もしかしたら……。そう。たとえばアシナガバチや一部の昆虫は、毛虫に自分の卵を産みつけて、幼虫を他の生き物に寄生させて育てるやつもいる。裸になったこのタイミングで、ヤツはそれを狙っているのではないか。


 藤崎は常に自分の立てた仮説を同時に反証し、もっとも可能性のあることと、最大リスクの両方を導き出し、ことの問題にあたることにしていた。

 今回、自分の置かれている立場、ひとつは自分はあまりにも疲れすぎ、神経が参って、幻聴に惑わされ、おかしな仮設を立てている可能性がもっとも高い。しかし、これがもし、本当に事実だとしたら、自分は生命の危機に瀕しているのかもしれない。


 幻聴なら別にそれでいい。ともかく今は最大のリスクを回避する方法をなるべく早く考えよう。

 まず、ヤツがもし、自分に危害を加えようとしているとする。こちらは今、多分ヤツに背を向けて、しかも丸裸で目が見えないという状況だ。

 ヤツは最大限にこの状況を利用しようと考えているに違いない。すぐに攻撃を仕掛けてこなかったのは、きっとこのシャワーのせいだろう。ヤツは多分、シャワーに戸惑っているのではないか。

 だとすれば、今こうしてシャワーの中はセイフティゾーンということになるのか。しかし、体全部が入っているわけではないし、シャワーが自分にとってたいした危害を加えるものではないと判断したら、すぐにでも攻撃に移るだろう。


 その危険性は……、高い。


 ならばどうする。ここから逃げるか? だがしかし、ヤツがどんな姿をしているかもわからない。ここでヤツから逃げたとして、そのあとどうする。むしろここは、ヤツを撃退することを考えたほうが得策ではないか。どの道リスクはあるのだ。問題は、どうやって駆除するかだが……。


 シャンプーの泡で目が見えない状況の中で、神経がどんどん研ぎ澄まされていく。身の危険を感じたことで、藤崎の五感は最大限まで高められ、自分を狙う謎の生き物が、どのあたりにいるのか、なんとなくわかるような気がしてきた。


 あとは武器だ。

 おそらくヤツは普通の人間の目には見えない、光学迷彩のような機能を持っているのではないか。

 その能力は、一般に地球上の生物では存在しない。カメレオンや一部の魚、昆虫は周りの景色に自分の模様を合わせたりすることで、敵の目を欺き身を守るし、捕食すべき敵に近づく。やつの能力は防衛のためなのか、それとも攻撃のためなのか。


 攻撃だ。

 しかし、攻撃力が高くないことを補うための能力。カサカサと音を立てなければ移動できない。そして、近くまで来て、姿を消し、相手の隙を窺う。一瞬で相手に致命傷を負わせることはできない。

 きっと針のような触手で一瞬のうちに相手を刺すのか。その部位は生殖器官となっていて、卵を植えつける。考えるだけでもぞっとする。

 問題は自分のどの部位を狙っているのかということ。音は常に上の方から聞こえてきた。まさか頭か。ということは、シャンプーが邪魔で今は攻撃を仕掛けてきていないのかもしれない。

 或いはもう少ししたか、いずれにしても脳に近いところを狙っている。あまり想像したくはないが、目や耳、鼻の穴、そして口が危険だ。


 目か。

 目の可能性が一番高い。つまり目を開ける瞬間を狙っていやがる。そうだ。そうに違いない。だとすれば……。


 藤崎はプランを立てたることにした。生き残るための、反撃するためのプランを……。



後編につづく

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