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カサカサ パート1

カサカサ パート1



 妖怪といわれているほとんどの怪異の元ネタは、何かの気配だったり、よく耳にはするが、意味不明の物音だったりする。


 そんな怪異の代表的な存在に小豆洗いという妖怪がいる。確かに水辺で耳を済ませてみると、水の流れる音に混じって、「シャカシャカ。シャカシャカ」と、小豆を洗うような音が聞こえることがある。もし人気のない山の中で、どこからともなく水の流れる音が聞こえてきたら、耳を済ませて聞いてみて欲しい。


 小豆洗いは、一般的に無害であり、地方によっては縁起の良い妖怪だと言われている。ただし、そうでないのも、いるらしい。「小豆、洗おうか、人取って、喰おうか。」と言いながら近づいてくるようなら。すぐにその場から立ち去らないと、恐ろしい目にあうという言い伝えもある。


 しかし、現代においては、小豆洗いを見たという話も、とんと聞かない。山に神が住み、妖怪が人を脅かしていたのは遥か昔の話で、そのような怪異は、もうこの世には存在しないのだろうか。


 これからご紹介する奇妙な出来事は、都会ではありふれた、ある物音にまつわる話。昔の人が、水辺で耳にする小豆を洗うような音から、小豆洗いという妖怪におびえたように、現代にも同じような怪異があるのかもしれないというお話です。その音というのは……。


 カサカサ、カサカサ


 そんな物音、しませんか?


 カサカサ、カサカサ……


 終電が行き過ぎた、駅のホームで。非常階段の下で。一人暮らしの、部屋の隅で。


 そこは都会の片隅の、どこにでもある古くも新しくもないアパートの一室。その部屋に住む男は、特別な霊感があるわけでもなく、注意深くもなければ、神経質でもない。もちろん鈍感でもなければ、無鉄砲でもない。ごく普通の――そう、あなたとなんら変わりのない普通の人です。


 あの奇妙な音に、気がつくまでは……。


 カサカサ、カサカサ


 その音に気づいたのは、3日ほど前のことだった。夜、あまりの寝苦しさに目が覚め、冷蔵庫に冷やしてある麦茶をコップ一杯飲み干した。それでも物足りず、もう一杯、コップに注いで、ベランダに出た。もちろんタバコとライターを忘れたりはしない。5月。外に出れば涼しい風が吹き込んでくる。部屋の中だけが妙に生暖かく感じられた。アパートの1階であり、あまり窓を開けっ放しで寝る気にはなれない。備え付けのエアコンは、まだ掃除をしていない。そろそろフィルターを掃除しないといけない。


 エアコンの室外機の上に灰皿が置いてある。部屋の中では極力タバコを吸わないようにしている。台所で換気扇を回しながら吸うか、ベランダに出て吸うことにしている。これがマンションの三階以上ならば目にとまる景色もあるのかもしれないが、1階では景色と呼べるようなものは何ひとつ見えなかった。たいがい、手すりに背中をもたれて部屋のほうを見ながらタバコを吸う。ベランダでタバコを吸いながらテレビの画面を見ることができる。このような位置にテレビを配置できるかどうかが、この部屋を選ぶときの条件のようなものだった。ベランダの外からは見えないが、ベランダのこの位置からは、テレビが見える。なおかつ、できるだけベランダに出ている自分の姿が、外から見えないこと。多少日当たりが悪くても気にならない。


 灰皿にタバコの灰を落とそうとやや身をかがめたとき、不意にどこからともなく音が聞こえる。


 カサカサ、カサカサ


 スーパーやコンビニのレジ袋がこすれあうような音が、アパートの外なのか、ベランダの中なのか、あるいは部屋の中なのか、わからないが、確かに聞こえたような気がする。もしかしたら、風で飛ばされたビニール袋が、ベランダに入り込んだのかもしれない。それは迷惑な話である。気になってあたりを見渡すが、それらしいものは目に入らない。音も聞こえない。気のせいであろうか。タバコを吸い終え、コップに残った麦茶を一気に飲み干す。窓を閉めて寝ることにした。


 再び例の『カサカサ』という音を聞いたのは、次の日の夜、知人と携帯で話をしているときだった。二人の共通の友人から、8月に結婚すると連絡があり、結婚式に招待された。東京近郊ならばよかったのだが、転勤先の札幌では、そう簡単ではない。出欠をどうするか相談をしていたのだが、タバコが吸いたくなり、ベランダに出ようとサッシをあけた瞬間だった。


 カサカサ、カサカサ


 携帯電話を左の耳と肩で挟みながら、右手で鍵を開け、左手でサッシを開ける格好である。音がした瞬間、私の視界は自由が聞かなかった。携帯をどちらかの手に持ち変えれば首は自由に動いたのだが、とっさのことだったので、十分な視界を確保することはできなかった。左側に首を傾けた不恰好な状態であたりを見回したが、知り合いとの会話もあり、十分に注意してその音の出所を探すことはできなかったし、会話をしているうちにすっかりそのことを忘れてしまった。


 カサカサ、カサカサ


 なぞの音の正体を知るときがついに来た。最初にその音を聞いてから3日目の夜のことである。


 カサカサ、カサカサ


「おかしい。また、あの音だ」

 仕事から帰り、シャワーを浴びようと、着替えとタオルを用意しているときだった。周りを見渡す。部屋の隅に白いレジ袋のようなものが目に入る。どうやら音はそこから聞こえてくるらしい。


「風もないのに……。虫でも、中に入っているのか?」


 普段であればまったく気になる音ではない。部屋はわりときれいに使っているほうだが、レジ袋のひとつやふたつ、うっかり捨てるのを忘れてしまうこともあるだろう。しかし、この音は3日も前からしているのである。さすがに放っておくことはできなかった。


「いつからあったんだ。こんなもの」

 必要以上に警戒しながら、レジ袋のようなものに近づいた。部屋の明かりが完全には届かない。ほんの少しの暗がりにそれはあった。そして相変わらず『カサカサ、カサカサ』と、音をさせている。もはや疑いようがない。数日前から聞こえている奇妙な音の正体はこのレジ袋――、いや、白いレジ袋のようなものの仕業である。

 

「なんの袋だ?」

 素手で掴むか、あるいは何か棒のようなもので突っついてみるか、思案をめぐらしているところに、思わぬことが起きた。その白いレジ袋のようなものが、風にでも吹かれたように、ふわっっと、浮き上がる。


「あれ? なんでだろう?」


 そして次の瞬間、目の前は急に真っ白になる。


「どうなったんだ。なにが起きたんだ」

 慌てて歩き出す。すると……


「カサカサ、カサカサ」っと、音がする。

 足を止め、身構える。音はしない。もう一度ゆっくりと、恐る恐る歩き出す。


 カサカサ、カサカサ


「おい。何だよこれ。なんの冗談だよ」


 カサカサ、カサカサ


「もしかして、自分が今いるのは……、まさか、まさか、さっきの白いレジ袋みたいなものの中なのか!」


 大声で助けを呼ぼうとした瞬間、外側から人の声がする。自分の声ではない。聞き覚えもない男の声である。


「よかった。やっと出れた!」

 そう叫ぶと、声の主は、駆け足でその場所から立ち去ってしまった。


 ギーー、ガチャン!


 扉が開き、しまる音。


「待って! 待ってくれ!」


 しかし、その声に答える者はいない。そしてすぐに気づく。今、出て行った男は、おそらくさっきまでこの袋の中に閉じ込められていたにちがいない。そう、この白い袋の中に閉じ込められた者は、次の誰かにその存在が気づかれるまでの間、


 カサカサ、カサカサ


 と音をさせながら、ずっと夜の街をさまよわなければならないのだ。



 カサカサ……

 カサカサ……

 カサカサカサ……


 そんな音、聞こえませんか?





おわり


2012年9月、大幅に書き直しました。

このお話、実は、実際にあった話をもとにしています。

とは、いっても、もちろんこんな妖怪は登場しません


部屋の中に妙な物音がして、それが怖くて知り合いを呼び出したけど、何もいませんでした


というのが元ネタなんです。どうしようもなく、些細なことが気になってしまうことって、ありますよね


そういう心境をいろんな形で表そうという試みが、このカサカサシリーズなんです


2013/02/16

前段の気になっていた部分を修正

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