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部屋探し

部屋探し



 パーン!


「あれぇ?おかしいな」

 とあるアパートの一室、僕は手を叩いた音を聞いて違和感を感じていた。


 3月のよく晴れた週末、僕は部屋を探していた。今の事業部に配属されて2年が過ぎたころ、僕はついに一人暮らしを始めることにした。親元から会社までは一時間ちょっと。電車通勤は、それほど苦にはならなかったが、同僚と酒を飲んだ後、帰りの電車を気にするのは、どうにも性に合わない。かといって、毎度のように同僚のアパートに厄介になるのも気が引けた。


 アパートを探す作業は、それほど手間はかからなかった。ソフト開発会社の総務課に配属された僕は、地方から上京してくる従業員の部屋探しを手伝うこともあり、会社周辺の不動産事情には詳しかった。不動産屋の評判や、物件の相場、どのエリアが買い物に便利なのか、そういった物件選びに必要な情報はだいたい頭に入っていた。


 いくつかの不動産屋から条件にあった物件のFAXをもらい、その中から3件に絞り込んだ。その3件目、最後の物件を見に行った時のことである。

「鈴木さん、その手を叩くのは、何か意味があるんですか?」

「いや、そのぉ、たいしたことじゃないんです。ちょっとした、まじないみたいなもので……」

「まじない…ですか?」

「えー、まぁ、あまりそういうことを信じるほうじゃないんですが、一応、念のためにと思って」

「はぁあ、今ので、なにか、わかるんですか?」

「えー、実は僕もよくわからないんですが、なんていうんですか、知人に霊感が強いっていうか、詳しい人がいて、その人に聞いたことがあるんです。アパートを借りるときに、部屋に入ってこういうふうにパーンって」


 パーン!


「こんな感じで手を叩くんです。そうすると、まぁ、霊とかその類のものがいる部屋っていうのは、音の響き方が違うって言うんですけどね」

「はぁあ、それで、なにか気になることでも?」

「この部屋、この部屋だけ、音の反響が微妙に違うというか……まぁ、構造とか、湿気とか、いろいろあるんでしょうけど」

「そうですか?」


 パーン!


 同行した不動産屋は、長いことこの地域で物件を扱っているベテランである。物件のいろいろな陰の噂も知っている。一見よさそうな物件でも、たとえば物騒な人や、面倒な人が他の部屋に住んでいたりすると、そういう情報を教えてくれる。しかし、そんな彼でも幽霊のたぐいのことは、一度も経験がないという。


 パーン!パーン!


 玄関からダイニングキッチン、風呂場、トイレ、そして奥の部屋で手を叩く。確かに、奥の部屋だけ、反響がおかしい気がする。家具の置いていない部屋は大概、手を叩いた反射音がまっすぐ帰ってくるものだが、この部屋では、すでに家具が置いてあるかのように、音が壁や床、天井に吸い込まれたかのように返ってこない。特に部屋の形がいびつというわけでもなく、壁や天井の材質もほかの部屋と何ら変わりはないように見えた。


「この部屋、日当たりもいいですし、別にそんな嫌な感じはしないですけどね。ほら、まぁ私も長くこの仕事をやってますから、確かに何か嫌な感じがする部屋というのはありますけど。この部屋はそういった変な感じはしないと思いますけどねぇ」

「えぇ、確かに、僕も嫌な感じは全然しないですけどね。」


 僕はしばらく気になる部屋を静かに眺めていた。『重苦しい』というよりは、なんだか気まずい沈黙が続いた。

「鈴木さん、どうです?もう少し見ますか?」

「いえ、ここはもう、これで。じゃあ今日、お見せていただいた物件の中で検討しますので、明後日にはこちらからご連絡します」

「宜しくお願いします」


 不動産屋は戸締りを確認し、僕が先に部屋の外に出た。僕は気になって外から部屋の様子をうかがっていた。不動産屋はスーツのポケットから携帯用の靴べらを取り出し、玄関にきれいにそろえた革靴の踵の部分をつぶさないようにして履き、玄関のドアを閉めようとした。僕は一歩下がり、不動産屋の肩越しにドアが閉まるぎりぎりまで部屋の中を覗いていた。


 ガチャ!


 と、ドアが閉まる瞬間。


「チィっ!」

 と誰かが舌打ちをするようなな音が聞こえたよな気がした。


「あれ?」

「どうかしましたか?」

 不動産屋の彼は、客の前で舌打ちをするような失礼なことをするような男ではない。それは間違いない。だとしたら、今の音は一体誰の……


 結局僕は、その3件目のアパートを借りることはなかった。別に手を叩いた音のことが気になったからではないが、しかし、そのことを無視することもできなかったのは事実である。


 それから5年の月日が経ち、そんなこともすっかり忘れた頃に、そのときの不動産屋とばったり近所のバーであった。彼はこの町を離れ、独立して別のエリアで店を構えたという。僕も担当が変わり、近所の不動産屋と仕事の上でやり取りをすることもなくなっていた。


「今でも、あのアパートに御住まいなんですか?」

「えー、とても気に入ってます。独身貴族とは行かないまでも、まぁ、快適な暮らしができていますよ。あの時はお世話になりました」

「いえいえ、こちらこそ、あー、そういえば、あの時の候補だった……たしか最後に見た物件、覚えてますか?」

「えー、あの、僕が手を叩いて……」


 パーン!

 僕はあのときのように、手を叩いてみせた。


「おかしいって言って、やめたやつですよね」

「もう、時効なんで、お話ししますけどね」

「え?やっぱり、何か出たんですか?」

「いえ、そういう話は聞いてません。幽霊が出たとかおかしな噂とかは聞いていないのですが……」

「どうしました?」

「私、聞こえたんです」

「聞こえた?何が?」

「あの部屋を出るときに確かに聞こえたんです。ドアを閉めて、カギを掛けようとしたとき……実は聞こえたんです」


「チィっ!」

 僕は、舌打ちをして見せた。


 不動産屋は目を丸くして、僕を見つめた。

「え?もしかして、鈴木さん、舌打ちをしたみたいな音が聞こえましたか?」

「えー、僕はあなたが舌打ちをしたのかと……。でも、そんなはずはないとも思ったんですが」

「私も聞こえたんです。で、鈴木さんが舌打ちをするはずもないとは、思ったんですが、実はずっと引っかかってたんです」


 二人は、あの当時のことを頭の中で思い浮かべた。そして、どちらからともなく身を寄り添い、小さな声で話した。

「でも、なにもなかったんでしょう?あの物件」

「えー、実は気になって、他の業者にも聞いてみたんですがね。そういう話は全然なくて」

「本当ですか?」

「本当です。少なくとも、私は嘘を言っていません。ですが、ほかの事はわかりません」

「そうですか」

「そうです。そういうものです」


 パーン!


 不動産屋の男が手を叩く。人や家具が置いてある部屋は、そう、こんなふうに音がぬけて行く。


「これ、なかなか、いいですね。わたしも自分の部屋を選ぶ時は、やってみることにします」

「お客さんには勧めないんですか?」

「えぇ、勧めません」

「そうですか」

 不動産屋はにんまりと笑いながら言った。

「えぇ、そうです。そういうものです」


 それから30分ほど他愛もない話をして、不動産屋は店を出ていった。


 パーン!


 店の外で、もう一度、手を叩く音がした。

 僕は不動産屋のいやらしい笑顔を思い出し、少しだけ悪寒を覚えた。



おわり

おそらく何かのテレビだったと思う。もしかしたら、霊感のついよ知り合いから聞いたというのは、作り話ではなくて、本当の話だったかもしれません。


僕は実際にこれを実践したことがあります

宿泊先のホテルの部屋がなんとなく君が悪かったりしたときにやります。


手を強くパーンとたたくと、弱い霊なんかは逃げ出してしまうとか・・・

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